開幕のシューヤ・マリネット
274豚 はじまり、はじまり
「ふー。まさか、こんなことになるとはなぁ。人生って思い通りににはいかないもんだ」
誰に聞かれるでもない独り言だ。
俺は今、大の字に寝転がって空を見上げている。
青天の下に流れる白い薄雲、頬を撫でるそよ風。
校舎の屋上に寝そべって、久しぶりに感じるクルッシュ魔法学園の空はどこまでも澄み切っていた。
物思いにふけるには、ちょうどよい。
「ぶひぶひぃ」
あっという間に再建を果たした母校。
老朽化している施設も多いのだからこの際立派に仕上げようと言い出したのは、女王陛下だったとか。そして、女王の機嫌をとる為にこの国の貴族たちは莫大な金を捻出した。
その金を元手に出稼ぎの魔法使いや南方中の職人、芸術家を集め、建て直された幾つもの学園施設。中でも豪華絢爛な大講堂は新たな魔法学園の観光名所と言って差し支えないだろう。
「……」
四方を堅牢な壁に覆われたクルッシュ魔法学園。
すっかり綺麗になった敷地内は今、嘘のような静けさに包まれている。
「もぐもぐぶひぶひ。くっちゃくっちゃ」
今の姿をシャーロットに聞かれたらきっと叱られるだろう。
寝転がってお菓子に手を伸ばし、だらだら。
堕落の限りを尽くしているんだ。
「もぐもぐぶひぶひ」
さて、クルッシュ魔法学園は再建を果たした。
だと言うのに、この学園の正式な生徒である俺はやっと戻ってくることが出来た。
勿論、帰ってくるのはクルッシュ魔法学園のほうだ。
断じて公爵家のほうじゃない。
本当は皆んなと一緒に再建を果たした学園生活を迎えたかったが、それは叶わぬ夢になった。
再建が想定よりもかなり早い段階で終わったのだ。
国中から集めた大勢の職人連中や土の魔法使い、皆んなが頑張ってくれたからだろう。
そして、学園の主役である生徒達も徐々に戻ってきた。早めに学園に着いた生徒は自習って形で一足早い学園生活を楽しんでいたらしい。
さて、俺はというと。
王都で起きたカリーナ姫誘拐事件。
あれの事後処理など、いろいろやることがあり遅れてしまった。
全くさ。
影の主役である俺を差し置いて、学園生活始めるなよと言いたいところだ!
俺は知ってるんだからな!
あの学園を襲った黒龍の身体がとんでもない大金で世に出回り、再建費用になったってことをな!
学園がこんなに綺麗になったのは俺のお陰なんだからな!
「まっ。いいけどさ。公爵家の俺を受け入れてくれて、これまで掛けた迷惑料って考えれば少ないぐらいだ」
だって、こうして。
学園関係者が勢ぞろいする今日に間に合ったのだから良しって事にしておこうか。
さてはて。
俺が今、どこにいるかというと。
全校生徒や関係者を一同に収容出来る、大講堂の屋上だ。
ここからなら学園全体を見渡すことが出来る。
だけど、今。
俺がいる場所からクルッシュ魔法学園を見渡しても、誰の姿も見当たらないだろう。
「ぶひぶひもぐもぐもぐもぐ」
下だ。
俺が寝転がっている屋上の下に、大講堂の中に生徒は皆集められているのだ!
ちょうど今は式典の真っ最中。
皆、学園に集まったお偉いさん達による肩苦しい話を長々と聞いているんだろう。学園再会の経緯とか再建の苦労とか、モンスター騒動の顛末とか、新しく着任することになった先生の紹介とか、色々。
俺には長ったらしい話を聞きながらも精一杯姿勢を正すアリシアや、居眠りに勤しむシューヤの姿が簡単に想像出来るのであった。
「あ、食堂からくすねてきた食い物が全部無くなっちまった……取りに行くか? でも二度も行ったら俺が卑しいやつみたいに思われそうだしなぁ」
そして――俺はというと。
たった一人でこうして、屋上にいるのであった。
退屈な式典に出席すらせず、ちょうどよい温度に熱せられた屋上で寝ていた。白い外套を下敷きに、ぽかぽかとする日差しを全身に浴び、脱力中だ。
だって退屈だからな。
それに、俺が式典で話を最初から最後まで聞く必要性はどこにもない。
これから行う大役を思えば、これぐらいのサボりは許されることだろう。
「ぶひぁ」
目を閉じた。
すると真っ暗になる俺の視界に、走馬灯のように流れる幾つもの記憶。
シャーロットと行ったあてのない旅。ヒュージャックからダンジョン都市。物騒なワンシーンが浮かんでは消えていく。
物騒なワンシーンが浮かんでは消えていく。
あんなことやこんなことがありましたけど、俺は元気です。なんてね。
「はぁ、どこにも姿が見当たらねえと思ったら、こんな場所に隠れてやがったか」
事実として、世界は平和に向かっている。
ドストル帝国と大陸南方諸国家との間に起こる筈だった戦争は起こらない。
未来を知った俺の、やらねばならぬ義務は終わったのだ。
「デニング――
うぉ。
おわ! 何だこれ!
――屋上が揺れている、ぐらぐらと。
突然、現れた声の主による魔法行使。きっと、土の魔法だろう。だけど、敵意は感じない。ただ振動を発生させる、軽い魔法。
小刻みに揺れる地面に気持ちが悪くなり、俺は目を開けた。
折角いい気分で寝てたのに……俺のお昼寝を邪魔するやつは一体誰だぁ!
げ。
爆発したアフロが目に飛び込んできた。
こんな前衛的な髪型、思い当たる人なんて一人だけ。
ロコモコ・ハイランド。先生だ。クルッシュ魔法学園の教師。魔法演習学を担当しており、元
いつもはハイカラな恰好をしているのに、今はかなり整えられている。
所謂、正装というやつ。
あー、なるほどな。
さすがのロコモコ先生も今日という日を迎えるに当たっては、気を遣うらしい。
俺はのそりと起き、あぐらをかいた。
先生は腕を組み、がしがしと頭をかく。
「良いご身分だな、デニング。面倒な式から抜け出して、お前は一人で爆睡か」
そう――今日は。
新たに再建されたクルッシュ魔法学園、
今、大講堂で行われている式典は、明日から始まる魔法学園の日常を迎えるにあたっての――
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