272豚 やっぱ、取るべき?
「ノーフェイスの件は分かった。お前より俺の方が遥かに強いしな」
「そう言われると、ちょっとムカつきますね。坊ちゃんはほぼ才能任せじゃないっすか」
「あぁ⁉ …………お前。今、言っちゃいけないことを言ったな」
シルバの決断。
最初は冴えた考えだと思ったのに、今では不安になっている。
しかし、俺の必殺睨みつけを受けてもこいつはどこ吹く風で、あ~、迷宮疲れたっすわ~なんて言いながら椅子にだらしなく座り直す始末だ。
……俺の部屋なのに俺以上にくつろいでやがる。
はー、今回だけはシャーロットが近くにいなくてよかったかもな。
シャーロットは魔法の練習のため、公爵家でみっちり教育を受けているのである。多分、鬼のようなスパルタ教育をな。
ノーフェイスは大切なモノを取り返すためなら人質を取るなんて手段も辞さない傭兵だ。俺の大切な者がシャーロットだと気付けば、即座に行動に移すに違いない。だけどシャーロットは今、この国でも抜群の安全を誇る公爵家の――俺の家族達と共にいるのである。
それに、俺がノーフェイスの相手をするってのも道理だろう。
そもそも
「それよりシルバ、サーキスタでの話が聞きたい。結局、あっちで何があったんだ」
「えーっと――実はですね……」
だけど、シルバは開きかけた口を閉じた。
扉が開いて、俺の部屋に入ってきた奴に目を奪われたからだ――。
即座に佇まいを直し、立ち上がるシルバ。何事かと背後を見れば、そこには威圧的な眼差しで俺を見る者の存在。肩に掛かる圧の重さ、それはこの国を背負ってきたというその生き方に、俺が多少なりとも敬意を払っているからだろうか。
「枢機卿。俺の部屋に許可無く入る権利は、例え貴方にだって無い筈だ」
「あるだろう。この身は
「それで……何の用ですか?」
「スロウ・デニング。充分な時間は与えた」
騎士国家の重鎮――ヨハネ・マルディーニ。
この国に尽くす王室至上主義者であり、
そして、恐らく誰よりも――。
「カリーナ姫殿下がお前を呼んでいる」
――俺を次代の
● ○ ●
仏頂面の枢機卿さんはそれだけを言い終えると俺の部屋をすぐに去っていった。
でもまぁ確かにあいつを伝言役に添えることができる人物なんて、このダリス広しと言えども女王陛下かカリーナ姫しかいないだろう。
さて、カリーナ姫が一体何の用なのか。
「ぶひぶひ」
ん?
いつの間に俺たちがそんな仲になったのかって?
あの日だよ、あの誘拐事件。
あれから俺は結構な頻度で彼女の部屋に呼ばれ、雑談を交わす仲にはなっている。
一国のお姫様が生活する部屋に呼ばれるなんて、少し前の俺からすれば想像もできないことなんだけど。
正直、あまり嬉しくない!
未だに違和感を覚えるこの白マント。
服が馴染まない理由というか、俺はどっからどう見ても他の王室騎士達から嫌われている。
俺が奴らの近くを通り過ぎれば、親の敵のような目で俺を見てくるし。全くさ、いったい俺が何をしたって言うんだよ。
そんなにカリーナ姫の守護騎士になる話を断ったことが許せないのかよ。
つまり、そういうことだ。
カリーナ姫はまさに王室騎士達が守るべきその人なんだから、騎士達の心情を考えても余りカリーナ姫に近寄りたくなかったりするんだ。
でもまぁぶっちゃけさ、あの人自身には興味はあるよ。
なんて言ったって、俺の故郷であるダリスの次期女王様となるべき人だからさ。
今から恩を打っておけば、将来俺が窮地に陥った時に助けてくれるかも。
そんな打算的な感情がないわけじゃないけれど。
とりとめのない思考を頭の中に浮かべながら、俺はカリーナ姫の居室に辿り着く。
ゆったりとした椅子に座って俺を待っていたのは、長い金髪のちょっぴり大人びた王女様。
「カリーナ姫。また王都に新しく出来た甘味処にこっそり連れていって欲しいって相談ですか? それなら前に言った通りーー」
「違うよスロウ君。今日は君に、大事な話があるんだ」
「大事な話ですか?」
こっくりと頷く彼女はいつもよりも雰囲気がどこか違っていて。
何やら嫌な予感がすると、俺は一歩後ずさる。
アニメの中で、英雄となったシューヤには数々の災難が降り注いだ。まさか俺にも似たような依頼がやってくると言うのか。
体を硬くして、カリーナ姫の声を待っていると。
「お母様が、スロウ君。君を呼んでいるんだ」
嫌な予感は的中した。
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