270豚 うるせー、暇だったんだよ

 俺とシャーロットが出会う一年前。 

 シューヤとビジョンの親父が治める――ニュケルン男爵領地とグレイトロード子爵領地の真横にでん! と存在するウィンドル男爵領で起きた事故。

 グレイトロード子爵領があれだけ貧乏になった切っ掛けであり、シューヤ・ニュケルンが火の大精霊エルドレッドに見初められた始まりの地終わりの地

 今では口にするのも憚られる、汚染尽くされた大地。

 冒険者ギルドで出会えば即死亡の災害種ディザスターに指定されるドラゴンの出現が天災なら――ウィンドル男爵領地で起きたのは出会えば己を呪えって類の不運の事故アンハッピー


「……あー、そっか。だから盗んだアレを返すために地下牢獄に行ってもノーフェイスが地下牢獄にいなかったのか。兵士に聞いても口を濁していたしな」


「坊ちゃん。王都に帰ってきたのにやることが地下牢巡りっすか。なんていうか、さすがです」


 うるせえ。

 最初は王城の外に出れなくて暇だったんだよ。今や俺はこの国一番の有名人だからな。


「で、ノーフェイスはどこ行ったんだよ」


「さぁ、どこに行ったんでしょうねぇ」


「さぁって……」


「本当に分からないんですよ。最後までノーフェイスの釈放に反対してた数人の王室騎士がアイツを暫く追跡していたみたいですが、撒かれたらしくて」


「ていうか……ノーフェイスはお前の望みで釈放されたって知ってるのか?」


「いえ。知りませんよ。だってそんなの、カッコ悪いじゃないですか。だから、こっちは命の賭け損。やっぱり俺は坊ちゃんの言う通り後先考えない、バカなんですよ。これじゃあ笑われたって仕方ない。正直、何度大迷宮の中で後悔したことか」


 ……後悔しただって?

 なら、お前何でそんな明るい顔でノーフェイスの解放を喜んでいるんだよ。

 折角の叙勲の機会が消え、これでもうお前が貴族になれることはないんだぞ。

 悪魔の牢獄デーモンランドは今まで何人ものS級冒険者が挑み、死んでいった魔境。この俺だって潜れば命の保証はない。

 

 自分の命を代償に、見ず知らずのノーフェイスの解放を願うなんて……。

 やっぱりバカ野郎だ、それ以外の言葉が見つからない。

 ……。

 ……バカだ、大バカ野郎だ。

 なのに俺は、どこかで――。


「ノーフェイスは消え、もう人前に姿を現すことはないだろう。でも、シルバ。俺たちはノーフェイスが打つだろう次の一手を知っている。――?」


「ええ、坊っちゃん。だから俺は、アイツの釈放を願ったんです。地下牢獄じゃあまともな会話なんて無理ですから」


 ――嬉しさを感じている。

 未来を知る俺以外に、気付けた者がいた。犯罪者とはいえ、アイツの境遇を知り手を差し伸べる者がいる。ノーフェイスはまだ気付けてはいないだろう。自分が何故、釈放されたのか。

 この国に、自分のために、危険を冒した者がいる事実。

 まっ、ノーフェイスはプライドの高い女だ。恐らく真実を知れば、情けを掛けられたと怒り狂うだろう。


「何故、犯罪者である自分が釈放されたのか。アイツは知りたくてたまらない。そしてアイツは持ち前の情報網を使って、お前が命を賭けて自分の釈放を願ったことにいつか気付く。いや、もう気付いているのかもしれない」


 俺は白外套のポケットから、黒いボタンを取り出した。

 何の変哲も無い装飾品。道端に捨てられていても、誰も拾わない価値無きもの。 

 だけどこれはヒュージャックに侵入するために使ったノーフェイスのお宝お守りで。


「気付いているのならば、今ここで俺とお前が出会っていることも当然、アイツは知っているだろう。そして、思い出すんだ」


 光の大精霊レクトライクルが造り上げた付与剣エンチャントソード火の大精霊エルドレッドが鍛え上げた焔剣フランベルジュに匹敵する、闇の大精霊ナナトリ―ジュが生み出したマジックアイテム。


「ノーフェイスの全て過去が――俺の手の中にある事実事実をな」

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