269豚 貴族への道を捨ててでも
おいおいおい、ちょっと待て。
シルバ、お前。
いま何て言った?
……聞き間違いだよな、なぁ。俺の聞き間違いだよなシルバ。だけど、至極まっとうな顔つきで二度も言われれば、血の気が引いていく。
冗談にしてもタチが悪い。シルバの要求は、叙勲を望むよりも問題がある。
「……女王陛下はお前の要求を飲んだかのか? いや、受ける筈がないよな」
「それが、坊ちゃん。俺もダメ元だったんですが――あっさりと女王陛下は了承してくれました」
やはりその現実離れした提案に吹き出したいほどだ。
いやいや、まさかな。全く。心臓に悪いったらありゃしないよ。
だって、お前とアイツの間には接点が無いし……いきなり、そんな要求、通る筈が無いんだ――え……?
今、こいつ。女王陛下が了承したって言ったか?
その後もシルバは、女王陛下とのやり取りをペラペラとしゃべり続ける。
……冗談だろ?
空いた口が塞がらないとはこのことか。俺はもうぐわーんと大口を開けるほかないよ。だって常識で考えれば、シルバの要求は現実的じゃないんだ。
「一蹴されることを覚悟していたんですが、むしろ女王陛下は命の代償だと言うのに、そんなことでいいのかと。こう言っちゃあなんですが、何でも言ってみるもんすね」
いや、待てよおい。
了承ってどういうことだよ!
でも……シルバは女王陛下の懐の深さを称え出す。
あの光の大精霊から、男として生まれていればと惜しまれる才能の持ち主。南方四大同盟の締結者にして、あの気位の高い守護騎士すら崇めるカリスマ。
……彼女なら、シルバの提案を面白いと評する可能性も多いにあるか。何せ――あのシューヤを巧みに操り、アニメの中で本物の救世主へと育て上げたぐらいなのだから。
「だけど、シルバ。お前は理解してるのか。これで叙勲の機会は消えたんだぞ」
こめかみを押さえ、久しぶりに会えたことで浮かれた気分が一瞬で吹き飛んだ。
シルバの要求は余りにも馬鹿げていて一体何を考えているんだと言いたい。だって、この大馬鹿野郎はよりにもよって――
「それもダリスに数々の泥を塗ったノーフェイスの解放なんて……。これでもう、お前に叙勲の機会なんて未来永劫、来ない。そこをお前は分かってんのか。それにどうしてノーフェイスなんだよ。アイツは立派な犯罪者でお前が肩入れする理由はどこにもないだろう」
「坊ちゃん、貴方もとっくに気付いている筈です。俺に奴が持つマジックアイテムの正体を教えた貴方なら――」
だけど、シルバの選択は俺にも責任があったりするんだ。
何故なら俺は、シルバにノーフェイスの正体を間接的に告げていたからだ。
「へえ……シルバ。ならば奴は、一体誰だっていうんだ」
理由はたった一つ。
奴は俺が未来を知った直後に気付いた――初めての敵で、アニメの中ではシューヤの恋人に執着した哀れな
紛れの無い敵、そんなことは分かってる。
だけど黒龍討伐の直後。俺は思ったんだ。
この記憶で、数奇な過去を持つ奴を救えるかもしれないと思ったんだ。
だから、シルバにだけは奴の正体に繋がる欠片を一つ、伝えておいた。俺がダリスに帰ってくるまでに、奴が処刑されている可能性は低くはなかった。俺はそんなに何でもかんでも出来るわけじゃない。目につく者全てを救うなんて、不可能だ。
それに奴は犯罪者、それもまた紛れの無い事実であって。
「坊っちゃん、あいつは――いえ」
それが、こんなことになるとは――。
だけど勿論、直接的に伝えていたわけじゃない。でも聡い者なら彼女の魔法、そのからくりを知れば、その正体に自ずと気付く可能性があった。
「……あの方は低迷を続けた
そして
ノーフェイスが持つマジックアイテム。
たった、あれだけのヒントで辿り着いた。誰も気付かなった、姿を変える闇の魔法。あの闇の大精霊でも独力では為し得ない闇の極地。何故ノーフェイスにそれが出来るのか。頭の中に浮かぶ微かな可能性、しかし誰もがアリエナイと決めつけ、想像だにしなかった。
だけど、
「ウィンドル男爵家の――生き残りです」
想定を超えて――俺の知らぬ所で、奴を釈放に導きやがった。
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