268豚 俺と並ぶ大バカ野郎

 爵位を与えられ、貴族となれば――人生は一変する。

 子孫代々、繁栄し、民からは敬意を抱かれる。

 女王陛下からの叙勲に、心動かぬ者なんていないだろう。

 戦時なんかでは稀に。だが、ここ数十年は平民から貴族になった者はいない。才ある者が大好きな俺の父上がよくやるように、一代限りのならざらにあるが、女王陛下からの叙勲、子孫に受け継がれる名誉となれば話は別だ。

 平民が格式ある貴族社会の一員になるためには、国に必要な人材だと、絶やしてはならない血だと、女王陛下に認めさせる必要がある。

 シルバは選ばれた。その若さで、成し得たんだ。


「……お前はこうして生きて、五体満足で大迷宮から生きて帰ってきた。そうか、貴族か。今日は祝杯だな、シルバ。シャーロットも呼んで、ぱあっと行こうぜ。あ、そういえばお前。ロコモコ先生と知り合いなんだろ? 先生も呼んでさ」


 立ち上がって、何か気の利いた飲み物が部屋にないか用意する。

 叙勲となれば、シャーロットもすぐに駆けつけてくれるだろう。今は王都にある公爵家デニングの邸宅にいる俺の従者。

 シャーロットとの間ではばっちりだ。王城にいなくてはいけない俺の代わりに――俺たちが今まで何をしていたか、彼女がきちんと公爵家デニングの者達にをしてくれているだろう。

 でも、叙勲。貴族か。何だか俺よりも凄い人生を歩んでるよな。

 ……だけど、相応しいと思うんだ。

 こいつは、俺と違う。公爵家という貴族社会の頂点から始まった俺と違い、何も持たない底辺からのし上がった。


「でもシルバ。貴族になったんだったら、もっとましな服装をした方がいいぞ。俺が言えた話でもないけどさ。んー、何もないな。ちょっと、なんか美味しい物でも持ってきてくれるよう、お願いでもしようかな。シルバ、今の俺は王室騎士だから、専属の召使がいるんだぜ」


「――坊っちゃん。俺が貴族になったって、何を言ってるんすか?」


「何って叙勲だろ」


「坊ちゃんは今の俺の姿を見て、貴族になったと本当に思ってるんですか?」


「思ってるよ。だって女王陛下から直接言われたんだろ。よかったな夢が叶って」

「夢? 誰の夢ですか?」


「お前のだよ。あの頃、よく言ってただろ。貴族は金が勝手に入って来るから最高だって」


「あー。そういえば、そんなこと言ってたような……ていうか、坊ちゃん。俺でさえ、忘れてたのに。よく覚えてましたね」


 こいつは俺の騎士になったあの頃。

 いつか貴族になれれば最高だと語っていた。あれが照れ隠しだったのかは知らないけれど――貴族になることは、嘗ての夢の一つだった筈。

 だけど、シルバは首を振る。 


「違うのか? だってお前……叙勲のためにサーキスタへ行ったんだろう?」


「ええ、行きました。本当に地獄のような迷宮ダンジョンで、確かに俺がやっていることは叙勲の対象に成り得るかもしれないと思いましたけど、俺は女王陛下に貴族にしてくれなんて頼んでいません」


 理解出来なかった。俺には、それ以上の望みなんて思い浮かばない。

 もし俺が平民であるシルバの立場であったなら、間違いなく叙勲を受ける。そんな機会なんて二度とないのだから。

 だって貴族だぞ、貴族。クルッシュ魔法学園にも大勢の平民生徒がいたけれど、彼らが何かの行事の度に、貴族の生徒をどんだけ羨ましそうに見てたことか。


「じゃあ、シルバ。お前は大迷宮派遣の見返りに、何を要求したんだ」


「笑わないで下さいね……坊ちゃん、俺は――」


 シルバの言葉を聞いて、確信した。

 こいつが女王陛下に願った内容。王室騎士にも劣らぬ才能を持つがために、死地へ送られたって言うのに……。

 でも……そうだった。

 どれだけ要領がよくても、どれだけ力があっても。

 こいつは、この男は、俺と並ぶ大バカ野郎――だった。

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