267豚 平民、シルバ

 冒険者が迷宮の中で死ぬのは特に珍しいことじゃない。

 むしろ、常に死と隣り合わせの奴らにとってそれが一般的アタリマエ

 光の当たる地上が俺達人間の住みかで、地下迷宮は彼らモンスターの領域だ。わざわざ人ならざる者達の世界に向かい、自分の命を糧に金を稼ぐ。

 冒険者としての人生は、幾つ命が合っても足りやしないんだ。

 それでも、そんな生き方を選択した冒険者の存在はこの世界にとって必要不可欠で、俺は自ら命を賭して迷宮に潜る奴らの存在を尊しと思っている。


「どうした?」


「……」


「答えられないことだったら、別に言わなくてもいいぜ」


 S級冒険者に率いられたパーティ、迷宮の虐殺者チーム・ヨロリンズは死んだのか否か。

 たった一言で答えられる問いなのに、シルバは何故か黙り込む。

 珍しいこともあるもんだな。シルバは昔から、竹を割ったようなあっけらからんとした性格をしている。たった一言の問いを躊躇うなんて。悪魔の牢獄で余程思い出したくないことでもあったのか。それとも、ヨロズの件は俺には言えないことなのか。

 王城に与えられた自室に、嘗ての両翼の騎士ツインナイト

 あの頃はまだ十代中盤という年齢でありながら、俺の護衛として父上に雇われていたあいつが目の前に座っている。今思えば、それがどれだけなことか。

 それに黒龍討伐の時は、色々ありすぎてゆっくりと話をすることも出来なかった。俺は逃げるようにシャーロットと学園を立ち去ったから。

 だから、これが十年振りにはっきりと見るシルバの姿。

 目に掛かる黒髪とぼさぼさの髪。王城にいるには余りにも不釣り合いなその姿。

 もうあの頃の少年の面影はどこにもないのに、だらしなさげに見えるとこはあんま変わんないだなと一人思う。でも、こいつはやる時は。人殺しだって、護衛だって、何でも。時には盗賊の真似事だって、何でもやれる。じゃなくて、男と言ったほうがいいのかな?

 だからこそ、若くして俺の父上に認められた。

 そして、今は。この国、ダリスにさえ認められた平民の守護騎士筆頭候補。


「……坊っちゃんが言うように。南方中から冒険者として一線級の腕利きが集められ、救出隊セイバーが結成。現地で集まった面子を見た時、驚いたと同時に、理解しました。迷宮の虐殺者チーム・ヨロリンズは、言い過ぎではなく南方の治安に一役買っていた。だから、南方の一国家としても助ける必要がある。それにダリスは南方四大同盟の盟主、動かない訳にはいかない。そう告げた女王陛下の意見には全面的に同意です。だけど、何故俺が――。しかもあの悪魔の牢獄デーモンランド。これは俺は付与剣エンチャントソードの属性替えに対する責任を……女王陛下から暗に、死で償えと言われているのかと思ったぐらいです」


「シルバ、それは」


「いえ、俺は別に坊ちゃんを責めているわけじゃありません。救出隊にダリスの貴族を、王室騎士を差し向けることが出来ない事情はよく分かっているつもりですから。坊っちゃん、俺は平民だ。守るべき家族もおらず、愛する者もいない。サーキスタへの派遣に、これ程都合が良い存在もそうはいない」


 だけど、それは間違いなく……この国からの制裁だろう。

 祖国ダリスから逃げ出した俺の代わりに、シルバが――死地へと送られたんだ。幾らでも俺を恨んでいい筈なのに、シルバにはそんな気配が一切無い。


「あー、坊ちゃん。そう、暗い顔をしないで下さい。ぶっちゃけ言いますと、これは俺にとって悪い話でもなかったんですよね」


「……そうか? 今のところ、お前が女王陛下に苛められたって流れにしか見えないけど」


「ははっ! まあ、その通りなんすけど。だけど、俺だってただであの地獄に行くはずもないっていうか。国のメンツよりは自分の命の方が遥かに大事ですからね」


 確かにこいつは、そういう人間だ。

 最悪の時はシルバは何も持たず、ダリスからあっさりと消えるだろう。自分では天蓋孤独というが、守るべき者がいないという利点を最大限謳歌し、生きている。


「女王陛下は言ってくれました。救出隊に加わる見返りに、俺の願いを一つだけ聞くと。もし俺が望むなら、騎士国家の正式な貴族に叙勲するとさえ言ったんです――坊っちゃん。平民の俺が、貴族ですよ? しかも、公爵家で与えられた一代限りの身分じゃない。サーキスタ派遣の恩恵は、俺みたいな根なし草の平民に与える条件として余りにも破格のアリエナイ条件だったんです」



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る