265豚 サーキスタの大迷宮

「くく……はは! その格好……似合わないにも程がありますよ……だって俺が見た王室騎士の中では一番ダサいっていうか……くく、平民である俺が王室騎士になったことよりも可笑しいですって!」


 目の前で笑い転げる男。

 随分失礼な平民であるが、ムカつくと同時に懐かしさも込み合げる。


「おい、いい加減笑うの止めろ。それにシャーロットは滅茶苦茶カッコいいって言ってくれるぞ。俺史上最高のカッコよさらしい」


「シャーロットちゃんは坊っちゃんには甘々ですから。それに昔から事実を言うのは俺の役目だったじゃないですか」


 でも確かに……昔からこうだった。やたら自信満々で、俺の父上にも物怖じしない可笑しな平民。でも、俺はこいつのそういうところが好きだったんだ。

 シルバは、風の神童と呼ばれた時代に父上から俺に与えられた騎士の一人。

 俺が大貴族、デニングの当主となれば――両翼の騎士ツインナイトと呼ばれた二人も輝かしい未来が待っていた筈なのだが、俺の決断と共に二人の将来も潰えた。栄光の未来を失ったシルバは俺を恨んでいても可笑しくないのに、この男はそんなことはもう忘れてしまったと言わんばかりに、と変わらぬ態度で俺に接してくれる。


「しっかし坊っちゃん……見事、陛下クイーンに嵌められましたね。俺は地下牢どころか随分と良い扱いを受けてましたよ。まっ、このダリスじゃなくサーキスタで、ですけど」


「そこだよシルバ。幾ら他国にいたと言っても、お前は結構な有名人だろ? ダリスでお前に関する情報が一つも出てこないなんて可笑しいぞ」


 サーキスタ、それはアリシアの故郷の名前だ。

 水上都市とも水龍国家とも呼ばれる大陸南方の四大国を占める一角。王族の統治から、大多数の貴族による政治に移行しつつある革命国家。


「多分――俺が地下にいたからでしょう。それに俺がサーキスタに滞在していたことは極秘事項扱いらしいですから。坊ちゃんも誰にも言わないで下さい」


「別に構わないけど、地下ってお前、迷宮ダンジョンに潜ってたのか?」


「詳しい話をする前に……坊ちゃんはアリシアちゃんと一緒だったって聞きましたがあの子は今、どこに?」


「アリシア? あいつは王都に着くなりサーキスタに連れ戻された」


「あー、入れ違いっすか……困ったな。アリシアちゃんに聞きたいことがあったんすが……でも、こればかりは仕方ないか」


 アリシアは王都ダリスに到着すると同時に、待ち構えていたサーキスタの貴族に身柄を拘束された。

 あいつは他国からの留学生だ。

 クルッシュ魔法学園が休校になってすぐ、サーキスタはあいつに即時、国に帰還するよう連絡をしていたらしい。だけどあいつは国からの召喚を完全無視して、シューヤを連れてダンジョン都市に向かっていたらしい。

 王族にしてはあるまじき振る舞いだけど、あいつらしいと言えば

 サーキスタはあいつがダリス王都にやってくるとの情報を掴むと同時に、国から貴族を差し向けてアリシアを待ち構えていた。 

 さすがのアリシアも観念したのか、抵抗することなく故郷に帰っていった。

 ……いや、今のは嘘。俺の懸賞金がどーのこーの、最後まで噛みついていた。つーか、俺に言われても知らんがなって話だ。


「シルバ。アリシアのことより、お前の方だ。サーキスタで何をしていた。それに極秘ってどういうことだ。陛下は何を目的に、サーキスタにお前を派遣したんだ」


「一体、どこから話せばいいか……えっと、そうですね。向こうの民を不安にさせぬよう表には出てませんが黒龍討伐の直後、あっちで大きな事件があったんです。坊ちゃん、話の前提としてチーム・ヨロリンズは知ってますか?」


「S級冒険者、ヨロズが率いるパーティだろ。ふざけた名前だが、潰した迷宮の数は確か……十三だったか」


「そうです、冒険者ギルドの中で圧倒的な実績を誇るパーティの一つ。命知らずな迷宮踏破アタックで知られる奴らですが……黒龍討伐の直後。冒険者ギルドの規則ルールを破り、サーキスタの大迷宮『悪魔の牢獄デーモンランド』未踏破区画に強行突入――」


 未踏破区域アンタッチャブル

 それは南方で最もデカい迷宮、悪魔の牢獄デーモンランドを支配する迷宮主ダンジョンマスター。今よりずっと昔、北方より降りてきた人型モンスター、南方魔王ハンニバルの生活区域を意味する言葉だ。

 

「そして、消息を絶ちました――」


 言葉の意味を理解し、鳥肌が立った。

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