247豚 英雄の帰還 後編⑦

「――誰も動かないでくれ」


 俺が喋ると、猟犬ハウンドはブルッと身体を震わせてあからさまに怯えを示した。

 むむ、あいつ……俺のことを化け物か何かと勘違いしてるんじゃないか? 

 でもどこか懐かしい反応だ。あ、そうか。

 俺がリアルオークと呼ばれ、暗黒のクルッシュ魔法学園時代によく同級生達からされていた反応と瓜二つなのであった。


「あれは龍殺しドラゴンスレイヤーだ……まさか王都にいたとは……」


「スロウ様! 僕です! なんで貴方がここぐええ」


「黙ってろ金髪! 勝手に動くなと言っただろうが!」


「――安心してくれ。俺は公爵家デニングの人間として、皆の安全は保証する」


 俺が公爵家デニングの名前を出した途端、店内の空気は僅かに柔らいだ。

 公爵家デニングという名前はやっぱりこの国では特別らしいと実感する。 

 騎士国家における公爵階級はたった一つ、デニングだけ。貴族でさえも恐れる武の家系、公爵家デニングの名前には長年騎士国家の民との間で築き上げた信頼関係が存在する。

 王室騎士団ロイヤルナイツが王室の剣と盾なら、公爵家デニングは民の剣と盾。

 この反応こそがうちが護国の家系とか何とか呼ばれている所以である。


「で、だ。そこの爺さん、今すぐに殿下を解放してくれないかな」


 しっかりと肩を捕まれたカリーナ殿下は爺さんに対して嫌悪感丸出しで、今にも卒倒して倒れそう。ああ、爺さんも可哀想に。俺も昔はそうだったっよ、クルッシュ魔法学園では女子生徒に避けられ、会話を交わせるのはシャーロットだけ……うっ、頭が痛くなってきた……。

 あれ……でも、何だかさっきとカリーナ殿下の様子が違うな。

 青白くなった顔は不快感が理由だけでなく、何かを心配しているような。

 言うなれば、恐怖の質がさっきの枢機卿マルディーニの声が聞こえた前後で変化している。

 あの様子だともしかして、王室騎士団がやろうとしている鬼畜の所行にカリーナ殿下は気付いているのかもしれない。


「スロウ・デニング。この者を解放すれば、猟犬と我輩は王室騎士団に嬲り殺されるであろう」


「当り前だ。というかカリーナ殿下に何かしようと考えただけでお前らの人生は終わりだよ。大陸南方が誇る四つの大国、騎士国家ダリスの王室騎士団に真っ向から喧嘩を売ってんだぜお前らは。……だけどここで提案だ。今殿下を離せば俺が逃がしてやる。外にいる王室騎士団にも手出しはさせない。そこの傭兵、お前はどうする?」


「っっっ――俺は、乗ったぞ!」

 

 猟犬がビジョンを蹴飛けとばし、すぐさま雷魔法の首にナイフを突きつけた。息も付けぬ早業で、雷魔法の薄皮一枚に血が滲む。

 さすが猟犬。傭兵ってのは損得勘定に敏感で、分かりやすくていいな。

 だけどカリーナ殿下はひっと声を上げた。顔の横に突然、ナイフが来たんだからビビったようだ。

 それにしても猟犬は本気だ。依頼主である雷魔法を捨てて、俺に与しようとしている。目が血走り、どうにかしてこの状況から逃れようと全力だ。頑張れ、猟犬。俺に付いたらいいことあるぞ。多分。


「形勢逆転。お仲間らしいそこの傭兵さんはその気みたいだけど、爺さん。あんたはどうだ? 無駄な争いはしたくないんだけど」


「旦那! あんたの目的は確か、そこの龍殺しドラゴンスレイヤーを呼び出し国に連れ帰ることだろっ!? 本人が目の前にいるんだからもうそこの王女は必要ねえはずだ、俺の言ってること、間違ってるかっ!?」


「……は? 俺を連れ帰る? そこの爺さん、俺とバト戦いりたかったんじゃないの?」


「猟犬、余計なことを言いおるな貴様はっ‼」


 その時、世にも奇妙な出来事が起きた。

 猟犬が呻き声を上げてその場に崩れ落ちたのだ、見ればあいつのナイフを持っていた手が焼け爛れている。

 雷撃。あの気持ち悪い杖による、無詠唱の魔法が実行されたのだ。

 ひぇ〜、早い早い。詠唱無しノータイムでの魔法行使。

 こうして見ると無詠唱ってまじ破格だな……チートかよ。


「――魔導大国ミネルヴァに来いスロウ・デニング。この国は騎士ナイトの幻想を追い求める古き国、貴様の居心地ではなかろう」 


 それは決して無視出来ない言葉だったが……。

 俺はそんなことよりも今の魔法に驚いたらしいシャーロットが椅子から転げ落ちたっぽいことが心配であった。

 頭、打ってないだろうか……。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る