243豚 英雄の帰還 後編③

 俺と金髪おべっか野郎との出会い。

 思えば、あれは真っ黒リアルオークから真っ白細マッチョへと移り行く転換期において、象徴的な出来事だったのかもしれないな。 

 真っ暗豚公爵として暗黒面に堕ちていた俺は、摩訶不思議のアニメ知識を手に入れて、新しく生まれ変わることを決断した。


 そして、記念すべき一日目。

 まずは痩せたるぞ! 俺は生まれ変わったんだ! とシャーロットに宣言し、クルッシュ魔法学園の運動場で俺はただひたすらに走り始めた。

 クラスメイトから驚愕の視線と、多大なる陰口を頂戴し、それでも俺はぶひぃぃぃぃぃぃと手足をばたばた鳥のように動かし続けた。

 そんな中、まず俺の変化に気付いた一人のモブキャラ。

 アニメの中では顔さえ出なかったモブが、朝の食堂で話しかけてきた。

 クルッシュ魔法学園第二学年、つまり俺と同学年。

 グレイトロード子爵領の嫡子、つまり公爵家である俺より格下。


 以前は顔も見えないモブだったあいつが今は確かな存在感で、そこにいた。

 騎士国家ダリスへの帰還もまた、俺のやり直しに相応しい一ページ目と言うならば。

 なるほど確かに。

 俺の帰還にまず気付くのは、お前以外にいないとさえ今なら思える。

 なぁ、ビジョン・グレイトロード。

 でも、何でお前ボロボロなん? というか、何でお姫様と一緒にいんの? 


「……あれは……シャーロットさん? どうしてこんな場所に……それにあれは豚の丸焼き……シャーロットさん、貴女は意外と大食いだったんですね……」


 自分に問いかけるような貧乏っちゃまの声。

 あいつは床にぶっ倒れたまま、情けない体勢でシャーロットをぽかーんとした顔で見つめている。クルッシュ魔法学園の知り合いがなんでこんな場所に、初めはそんな顔だった。

 それにしてもまー、見事な間抜け顔である。

 だけど、顔つきは以前よりも引き締まって見えて、どこか逞しい。

 俺が一ヶ月ぐらい、シャーロットと新婚旅行という名の世界救済の旅をしていた間にこいつも大人の階段を一歩上ったってこと。

 むむ。

 クルッシュ魔法学園では誰よりも初めに俺の変化に気付いたあいつは、やっぱり洞察力が鋭いようで、シャーロットときて、今度はアリシアの存在に気付いたようだ。


「あれは……アリシア様? そんな、アリシア様も、シャーロットさんと同じく大食漢だったのか……」


 あいつが余程のバカでなけば、シャーロットとアリシアの存在から俺に連想させることも可能だろうが……。

 俺はフードをすこし深めに被り、顔を隠した。

 ――まだ、早い。


「無礼者! この手を離しなさい!」


「そ、そうだ! 君たち、無礼だぞ! このお方は! ……このお方は、とっても高貴な方で……君たちのような下賤な者が触れていい方ではないぞ!」


 カリーナ姫の声にあいつはそっちに顔を向けた。

 よしよし、それでいいのだ。

 敵の正体も、そこにいる少女が何者なのかも、お前たちが多分光の大精霊に仕組まれてこの場に呼ばれたってのも全て分かっている。

 だけど、もう少し。

 ――もう少しで、分かりそうだ。


「旦那。これで俺の仕事は終わりだ。後は王女を人質にしてこの国の竜殺しドラゴンスレイヤーを呼び出そうが何をしようがあんたの自由――」


「――んほぇ?」

  

 今のは俺の声。

 でも…………えっ? 

 猟犬ハウンドの言葉に、戸惑った。

 俺の両隣に座り、ちょっと前までは大食いじゃない! と貧乏っちゃまの言葉に震えていたシャーロットとアリシアも、ゆーっくり俺を見た。二人とも目を細めて何か言いたげである。

 いや、ちょっと待ってくれよ…………冗談だよな?

 俺、ここにいるんですけど。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る