239豚 英雄の帰還 前編⑥

 《顔の無い女ノーフェイス》、《巨体豪傑ジャイアントマン》を初めとして。

 この国には多くの戦いを生業とする者達がいた。


王室騎士団ロイヤルナイツ全軍と守護騎士ガーディアンの襲来を確認! さらに公爵家デニング戦鬼コクトウ率いるダリス軍! 可笑しいぞ、どうして俺たちの動きが筒抜けになっているんだ!」


 放たれる魔法、使用されたマジックアイテムは一体、どれだけに上るだろうか。

 あちこちで立ち上る黒煙、そして民の怒号と悲鳴が戦闘の激しさを物語っている。

 金に釣られ王都に集った者達が一人、また一人と騎士国家ダリスの騎士に狩られてゆく。猛獣が獲物を狩るように、粛清は淡々と。


「まだだ。王女を手に入れてないっ」


「《猟犬ハウンド》、いい加減にしろ。撤退すべきだ!」


 言われるまでも無い。

 此度の首謀者の一人、《猟犬ハウンド》さえ絶叫したい気分なのだから。


 裏社会に出回った奇怪な噂。

 騎士国家の王女カリーナ・リトル・ダリスが近日、僅かな護衛と共にお忍びを計画しているとの触れ込み。

 この世界には利用出来る情報と触れてはいけない情報がある。

 此度の話は紛れの無い後者。

 それに信じる者もいなかった。

 そもそも騎士国家の王女をどうにかしよう等、考えることすら畏れ多い。


 だから自分には価値の無い情報だと思っていた。

 ――莫大な金を持つ老人が、目の前に現れるまでは。

 

「見ろ、《猟犬ハウンド》! あれは落雷サンダーボルト、あの奇人が動き出したってことはもう俺たちでは拉致が明かないと認識したからだ。依頼主エレクトリックはここで死ぬつもりだ!」


「金は受けとった。王女を捕まえるまで俺達の仕事は終わらない」


 魔道大国ミネルヴァからの追放者。

 この世に十といない大魔導士グレイトメイジの称号を与えられた異端の徒からの依頼。

 礼儀として、話だけ聞く。それで終わりの筈だった。

 ”王女を人質に取り、あの全属性の魔法使いスロウ・デニングを誘い出す”。

 耳を疑った。

 《猟犬ハウンド》は率直に目の前の老人を――イカれてると評価した。


「ならどうやって王女に近づく! 王室騎士ロイヤルナイトをかいくぐって王女に近づこうにも、訳の分からぬ魔法が邪魔をしやがる!」


 王女誘拐だけでも至難の業。

 それからどうやってあのドラゴンスレイヤーを引っ張り出す?

 だが、全ては目の前に置かれた金貨の山が疑問を押し留める。仕事の不出来に問わず莫大な金が前金として与えられた。

 雷魔法エレクトリックの生涯に金は無価値だったのか。

 貴族領の年間予算にすら匹敵する金を目にし《猟犬ハウンド》は承諾した。

 依頼内容は雷魔法エレクトリック、それだけだった。


「現実を認めろ《猟犬ハウンド》。情報はブラフ、俺たちは泳がされていた!」


 騎士国家ダリスの王女誘拐。

 最後まで内容を徹底的に伏せ、裏の人間を集めに集めた。《猟犬ハウンド》の人脈を使い、引退した者達にも声を掛けた。

 そして前代未聞のバカげた企てに王都に潜んでいた多くの勢力が立ち上がった。

 誰も噂など信じていなかったが、可否に関わらず金を頂けるならとやってきた。


 けれど雷魔法エレクトリックと並び立つ実行者、《猟犬ハウンド》すら信じていなかった。

 王都の日常に紛れ込み、半ば形骸化した毎日を過ごしていた。

 だが、一報。

 ――カリーナ・リトル・ダリスが王城の外に出てきた。

 ――それも護衛はたった二人。

 再び、耳を疑った。


「引き際を見誤った《顔の無い女ノーフェイス》や《巨体豪傑ジャイアントマン》がどうなったか覚えているだろう。奴らは消されちまったんだ! 悪いがこれにて《監獄ガスパニック》は撤退し、暫く王都から姿をくらます! 《猟犬ハウンド》、お前の幸運を祈っている――」


 大陸南方に存在する四大国の一つ。

 騎士国家ダリスの王女に対する護衛にしては余りにも手薄。

 元王室騎士ロイヤルナイトの存在があったが、たった一人。あんなもの敵にすらならない。こちらがどれだけの数を揃えたと思っているのだ。


 一瞬で捕えられる筈だった。

 だが、襲い掛かろうとした瞬間。

 市民の中に完璧に擬態していたらしい王室騎士ロイヤルナイトが一斉に決起。金にモノを言わせて揃えた傭兵達が平民に紛れた奴らに狩られてゆく。

 熟練豊富な自分たちが王室騎士の変装に気付かないなど、そんなことがあり得るのか。

 《猟犬ハウンド》は思考する。

 何らかの魔法か、マジックアイテムか。けれど王女の動揺は偽物フェイクに非ず。

 この事態は王女にも、護衛の二人にも知らされていない。次期女王までも計画の一部に取り込み……反逆にも近しい大胆な策を実行することが許される男。


「そうか。また、お前に俺たちは殺されるのか――王室騎士団長マルディーニ


 だが分からない。

 目的は何だ。何故、あんな情報を流した――。


「……あれは、まさか」


 その時、《猟犬ハウンド》が捕えた足音。

 姿を見て、ぞくりと鳥肌が立った。

 金髪の少女が周りの様子を伺いながら、こちらにやってくる。

 隣には頼りなさげな少年の姿。カリーナ・リトル・ダリスが選んだ護衛の一人。何も知らされていない哀れな学生。


「――まだ、天は俺を見放していないのか」


 二人はどこか安堵の表情を浮かべ――視線の先には、俺? 違う、俺の背後か。

 ちょうど自分が立っている真後ろの店を目指している様子。

 店前に置かれた看板には豚の丸焼き。窓から店内を覗くと、奥にでっかい本物が見えた。腹が減りそうになり、再び王女に目を戻す。

 外はこんな有様なのに……中の奴らは随分と呑気なものだな。

 それにカリーナ・リトル・ダリスはこちらを一般人と思っているのか。

 確かに自分の姿を見て街中で暴れている一団の一人とは思わないだろうと《猟犬ハウンド》は一人納得。

 顔に張り付いた笑みは職業柄。

 体躯も監獄ガスパニックとは比べものにならない小柄だ。《猟犬ハウンド》は幸運を神に感謝しつつ、少年少女ターゲットを射程に収める。

 王女を捕えれば、形勢はひっくり返る。

  王室騎士団ロイヤルナイツは手出し出来ず、もはや勝利は揺るがない。

 もう少し、そうだ。こっちに来い。

 この身は猟犬。至近距離からの狩りハントは絶対に――逃さない。


「忠告。お前、あの娘に手出すのは止めといたほうがいいにゃあ」


「…………猫ちゃん。今、俺に話しかけたのは君か?」


 足元に目つきの悪い太ったデブ猫。

 ぞっとする冷たさを目元に湛えたまま、真ん丸な黒猫が自分を見上げている。


「あれは精霊の偏愛を受けてるにゃあ。お前如きじゃ触ることすら出来ないにゃ」


 敗北濃厚の戦いの中、ついに幻聴まで聞こえ出す。

 まずい兆候であったが、その問いに《猟犬ハウンド》は応えた。 

 カリーナ・リトル・ダリスがやってくる。

 それまでの暇つぶし。時間にして十秒にも届かない。

 話し相手にはちょうどいい。それに王女も、まさか猫に話しかけている男が自分を探していた傭兵だとは思わないだろう。

 《猟犬ハウンド》はしゃがみ込み、猫の頭を撫でた。


「猫ちゃん。恐ろしい猛獣の向こう側に御馳走があれば、君ならどうする」


「ぶっ殺してご飯食べるにゃあ。あいつのダイエットに付き合わされてにゃあのご飯も減らされたにゃあ。シャーロットは厳しいにゃあ」


「俺も同意見。他に生き方知らねえんだ、こればっかりはどうしようもねえ」


「なら止めないにゃあ。後は好きにするといいにゃあ」


 中々に偉そうな物言いだが、時がきた。

 数歩先に王女の姿。

 完全に油断している。今だ――《猟犬ハウンド》は立ち上がった。

 



 ――随分と哀れな人間だ。

 精霊から激しい偏愛を受けているあの娘を捕まえようなど、愚の骨頂。

 せめて最後の瞬間ぐらいは自分が見届けてやるか。

 これも尊い大精霊様の仕事の一つにゃあなんて思いながら、行動に移った《猟犬ハウンド》の姿をじっと風の大精霊は見つめ、はたと気付いた。

 少年少女の後ろから、現れた老人の姿。

 異様な目つきで、手に持つ大きな長杖が光を放つ。

 風の大精霊が目にした光景はまさに


「これは面白い結果になったにゃあ……光の大精霊クソガキ――」


 追放者エレクトリックには栄光を捨ててでも、命を削ってでも求めるモノがあったのだ。

 枯れた巨木にも似た老人から、想像も出来ぬ怒声。


猟犬ハウンドッッッ! 目を瞑れぇぇぇぇぇええええ!」


「お前の敗北で――あの爺の勝利にゃあ」


 風の大精霊アルトアンジュだけが雷魔法エレクトリックが持つ杖の正体に気付き、舞台は佳境から終盤へ。

 次の瞬間。

 大魔導士グレイトメイジが引き起こす狂乱によって、王室騎士団ロイヤルナイツ光の大精霊レクトライクルの敗北は確定した。

 

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