240豚 英雄の帰還 前編Last
しかし、代償もまた大きい。
多量の魔力消費、老体には中々堪える披露感。
「それにしても――激しくやり合ってるのう」
あの
騎士国家は二大勢力の
「英雄のおらぬ大国の運命は、過酷な修羅の道。王女よ、何故出てきた」
そんな王室騎士団の狙いと、雷魔法の狂気が噛みあった。
歪んだ思想により、祖国を追放された
国に恩赦を迫るための供物は誰でも良かった。
北方の三銃士、迷宮に住まう竜種、異人種区域に生える薬草、異能を持つ者などが考えられたが、やはり最も望ましいのはあの少年。
王室騎士団と金にものを言わせ集めた傭兵共をぶつからせ、二つの勢力が拮抗したその隙に王女を掻っさらい、その後は――。
「
当然、全てが首尾よく行くとは夢にも思っていない。
王室騎士団と光の大精霊によって守られた王女を手に入れるには、金に釣られるような傭兵ではどうしようもない、そんなこと百も承知。
実際、決起からすぐに幾つもの懸念事項が現れた。予期せぬ
王女奪取に失敗すれば、王都という監獄の中で死あるのみ。
全てを承知した上で実行に移した。だがこれは、……一体どういうことか。
「……では……殿下の…………候補」
「ふふふ……ふふふ」
「いいえ…………自分から…………望ん…………考えられません……」
「……あはははは。はははははは」
カリーナ・リトル・ダリスの後ろ姿が見える。
今すぐにでも捕まえる必要がある。そんなこと分かっている。
しかし。
「幻覚に、幻聴……吾輩は一体……何を見ているのだ?」
二人の姿が――消えるのだ。
視界から一瞬で消滅、次の瞬間。異なる場所に王女が、また次の瞬間、姿を消す。
雷魔法は目を瞬いた。
二人に向け、試しとばかりに魔法を放っても、発現すらしない。己の魔法すら、全てが幻想のように消えゆくだけ。二人に近付けば近付くほど、距離の感覚すら曖昧に、見ている光景さえも別世界に迷い込んだかの如く変貌する。
「五感が狂っているのか……? 王女は……気付いておらぬ…………これは王女を狙う者だけに――成る程、これが光の大精霊による加護…………あれは、
夢見心地の中、一人の男の姿が見えた。
裏の世界では顔役としても知られている傭兵、
違う。いるのだ。王女は確かに、いるのだ。ただ五感の狂いによって、見えなくなっているだけ。何故なら雷魔法の目にはしっかりと店内に入る扉を開こうとする王女の姿が映っているのだから。
それだけでなく、街並みに潜む王室騎士達の姿も確認出来る。
『光の魔法、
王室騎士団と光の大精霊。
これが――王女を守る鉄壁の防壁か。
『――ふふふ。いい加減に、諦めなよ?』
目が覚めた。
それは直観だった。
言葉に出来ない何かを今、感じた。
この瞬間が、
時を逃せば、二度と手に入らない。
大精霊の妨害があることは織り込み済み。
そのための武器を、自分は持っているだろう。
何を、出し惜しみしている。
全てを捧げる覚悟で、この場にやってきたのだ。
「
祖国から追われる盗賊にまで身をやつし、それでも価値があると信じて騎士の国にやってきた。
光の大精霊による魔法を打ち破った先に、王女がいる。
カリーナ・リトル・ダリス。
騎士国家の未来にして、魔法使いの極地に至るであろう光の担い手。
光の大精霊。
騎士国家の王室を守る守護精霊。
王女をかけて、勝負の時。
「英雄の血は未だこの身に」
魔道の家系に生まれ、魔導に生き、
数百年、大精霊による戦乱の時代。
それはまだ、闇の大精霊がドストル帝国を起す時代の前に生きた魔法使いの悲願。
それは嘗て、
炎の魔王に挑み、その生を終えた敗北者。
「我は、神託を継ぎし魔法使い」
――嘗て、祖は大精霊に挑んだ。
大精霊との命の共有。
大半は自我さえ失い、ただ戦うだけの運命を背負う狂人と化す。
ドラゴンを超える獣となり、もはや人と言えぬモノ。
人魔一体、
「大精霊に二度目も敗れるなどッ、あり得ぬわ!」
そう、あり得ない筈だった。
「いつまで眠っておる
されど未だ神託は達成されず。
受け継がれた血の滴りが、在るべき姿を遠い過去から呼び寄せる。
「貴様は大精霊を打倒せし、
古に生きた英雄の願いがここに
まるで生を共にした相棒であるかのように、
少年に掛けられた光の加護を、
何事かと驚きに染まりながら、だがギリギリで彼らは店に踏み込んだ。
「
しかし。
猟犬は少年を、老人は王女の肩をしっかりと掴んでいる。
店を取り囲んでいた
魔法使いなら誰もが憧れる到達点。
こうして
● ● ●
店内は沈黙。事態は静止。
突然の来訪者に、動く者すらいない。
転がるようにして店内に入ってきた者達の姿を、じっと少年は見つめ続け。
立ち上がろうとした、亜麻色の髪の少女を手で制す。
視線に込めた意味はたった一つ――動くな、それだけだ。
次章 英雄の帰還 に続く。
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