240豚 英雄の帰還 前編Last

 王室騎士団ロイヤルナイツの中でも序列高き誉れの騎士。さすがの対応力に舌を巻いたが、花の騎士といえど住人を守りながらではこちらに分がある。

 しかし、代償もまた大きい。

 多量の魔力消費、老体には中々堪える披露感。


「それにしても――激しくやり合ってるのう」


 雷魔法エレクトリックは、全てを承知で王都ダリスにやってきた。

 あの錆びた英雄マルディーニが、王女を餌に裏社会の一掃を計画、それによって王室騎士団ロイヤルナイツの権威を高めることも。

 騎士国家は二大勢力の拮抗バランスによって安寧が保たれていたが、龍殺しドラゴンスレイヤーの登場にとって、傾きが公爵家に向かっていることをマルディーニは危惧していた。


「英雄のおらぬ大国の運命は、過酷な修羅の道。王女よ、何故出てきた」


 そんな王室騎士団の狙いと、雷魔法の狂気が噛みあった。

 歪んだ思想により、祖国を追放された雷魔法エレクトリックは復帰の道を探っていた。

 国に恩赦を迫るための供物は誰でも良かった。

 北方の三銃士、迷宮に住まう竜種、異人種区域に生える薬草、異能を持つ者などが考えられたが、やはり最も望ましいのはあの少年。

 竜殺しドラゴンスレイヤー風の神童ハリケーン全属性の魔法使いエレメンタルマスターといった二つ名を持つ少年。冒険者ギルドと同じく、全土に根を張る魔導協会アカデミー。全属性の魔法使いを研究対象として提供すれば、恩赦は確実。

 王室騎士団と金にものを言わせ集めた傭兵共をぶつからせ、二つの勢力が拮抗したその隙に王女を掻っさらい、その後は――。


帝国ドストルの三銃士、水龍サーキスタの韋駄天、だが、この国には誰もおらん。騎士国家ダリスを南方の盟主へと押し上げた三英雄は既に年老い、国の顔たる守護騎士ガーディアンも平民が候補筆頭に名を連ねる始末。英雄のいない国など恐れるに足らず、故に――今が絶好機」

 

 当然、全てが首尾よく行くとは夢にも思っていない。

 王室騎士団と光の大精霊によって守られた王女を手に入れるには、金に釣られるような傭兵ではどうしようもない、そんなこと百も承知。

 実際、決起からすぐに幾つもの懸念事項が現れた。予期せぬ女王クイーンの帰還や統率の取れたダリス軍の動き。女王クイーンが突然訪問先から帰還した理由はやはり、娘の安否が気になる親心というやつか。戦鬼コクトウに関しては、公爵家直系の専属従者サーヴァントが軍を掌握していることに驚いたが――今更、後には引けないのだ。

 王女奪取に失敗すれば、王都という監獄の中で死あるのみ。

 全てを承知した上で実行に移した。だがこれは、……一体どういうことか。


「……では……殿下の…………候補」


「ふふふ……ふふふ」


「いいえ…………自分から…………望ん…………考えられません……」


「……あはははは。はははははは」


 カリーナ・リトル・ダリスの後ろ姿が見える。

 今すぐにでも捕まえる必要がある。そんなこと分かっている。

 しかし。


「幻覚に、幻聴……吾輩は一体……何を見ているのだ?」


 二人の姿が――消えるのだ。

 視界から一瞬で消滅、次の瞬間。異なる場所に王女が、また次の瞬間、姿を消す。

 雷魔法は目を瞬いた。

 二人に向け、試しとばかりに魔法を放っても、発現すらしない。己の魔法すら、全てが幻想のように消えゆくだけ。二人に近付けば近付くほど、距離の感覚すら曖昧に、見ている光景さえも別世界に迷い込んだかの如く変貌する。


「五感が狂っているのか……? 王女は……気付いておらぬ…………これは王女を狙う者だけに――成る程、これが光の大精霊による加護…………あれは、猟犬ハウンドか」


 夢見心地の中、一人の男の姿が見えた。

 裏の世界では顔役としても知られている傭兵、猟犬ハウンド

 猟犬ハウンドはしっかりと王女に狙いを定め、ゆらりと立ち上がり、驚愕に目を見開いた。恐らく王女達の姿が突然、目の前から消えたのだろう。

 違う。いるのだ。王女は確かに、いるのだ。ただ五感の狂いによって、見えなくなっているだけ。何故なら雷魔法の目にはしっかりと店内に入る扉を開こうとする王女の姿が映っているのだから。

 それだけでなく、街並みに潜む王室騎士達の姿も確認出来る。


『光の魔法、幻惑ビジョン。少年に与えた加護は完成した。彼がカリーナの傍にいる限り、二人の姿は幻想に消え、誰も二人を捉えられない。――だからさ、お爺さん』


 王室騎士団と光の大精霊。

 これが――王女を守る鉄壁の防壁か。

 

『――ふふふ。いい加減に、諦めなよ?』

  


 目が覚めた。

 それは直観だった。

 言葉に出来ない何かを今、感じた。

 この瞬間が、未来を分かつ分岐点ターニングポイント

 時を逃せば、二度と手に入らない。 

 大精霊の妨害があることは織り込み済み。

 そのためのを、自分は持っているだろう。

 何を、出し惜しみしている。

 全てを捧げる覚悟で、この場にやってきたのだ。


猟犬ハウンド! 目を瞑れぇぇぇぇぇええええ!」


 祖国から追われる盗賊にまで身をやつし、それでも価値があると信じて騎士の国にやってきた。

 光の大精霊による魔法を打ち破った先に、王女がいる。

 カリーナ・リトル・ダリス。

 騎士国家の未来にして、魔法使いの極地に至るであろう光の担い手。

 光の大精霊。

 騎士国家の王室を守る守護精霊。

 王女をかけて、勝負の時。


「英雄の血は未だこの身に」


 雷魔法エレクトリックの右手、人差し指に嵌められた指輪はただのアクセサリーに非ず。

 魔導国家ミネルヴァに総本山を置く魔道協会アカデミーが秘匿せしマジックアイテム。

 魔道の家系に生まれ、魔導に生き、迷宮ダンジョンに魅入られた変わり者は冒険者ギルドが所有する秘匿迷宮の最奥に辿り着き、神託を求めた。

 数百年、大精霊による戦乱の時代。

 それはまだ、闇の大精霊がドストル帝国を起す時代の前に生きた魔法使いの悲願。

 それは嘗て、魔導大国ミネルヴァに存在したS級冒険者。

 炎の魔王に挑み、その生を終えた敗北者。


「我は、神託を継ぎし魔法使い」


 ――嘗て、祖は大精霊に挑んだ。

 火の大精霊エルドレッド見初みそめられた人間の宿命は総じて哀れなもの。

 大精霊との命の共有。

 大半は自我さえ失い、ただ戦うだけの運命を背負う狂人と化す。

 ドラゴンを超える獣となり、もはや人と言えぬモノ。

 人魔一体、炎の魔王エルドラインを打ち負かす力を、祖は望んだのだ。


「大精霊に二度目も敗れるなどッ、あり得ぬわ!」


 そう、あり得ない筈だった。

 英雄の種シェルフィードが、使用者以外の声に応えるなど。


「いつまで眠っておる英雄の種シェルフィード!」


 されど未だ神託は達成されず。

 受け継がれた血の滴りが、在るべき姿を遠い過去から呼び寄せる。


「貴様は大精霊を打倒せし、名無しの怪物パレ=ドールであろう!」


 古に生きた英雄の願いがここに顕現けんげん、長杖に新たな命が吹き込まれた。

 まるで生を共にした相棒であるかのように、雷魔法エレクトリックの意思のままに魔法が発現。

 少年に掛けられた光の加護を、名無しの怪物パレ=ドールによって強化された落雷が打ち砕く。

 何事かと驚きに染まりながら、だがギリギリで彼らは店に踏み込んだ。


光の大精霊ダリスの守護精霊! 貴様の加護、打ち破ってやったッ‼」 


 しかし。

 猟犬は少年を、老人は王女の肩をしっかりと掴んでいる。

 店を取り囲んでいた王室騎士ロイヤルナイト達さえ動けぬ刹那の間に、全ては終わった。

 魔法使いなら誰もが憧れる到達点。

 こうして雷魔法エレクトリックは魔法使いが目指すべき一つの到達点。

 S級冒険者トップランナーに至った英雄、無詠唱の魔法使いノーワンド・マスターたる領域に上り詰めた。

 


   ●   ●   ● 



 店内は沈黙。事態は静止。

 突然の来訪者に、動く者すらいない。 

 転がるようにして店内に入ってきた者達の姿を、じっと少年は見つめ続け。 


 立ち上がろうとした、亜麻色の髪の少女を手で制す。

 視線に込めた意味はたった一つ――動くな、それだけだ。

 

 次章 英雄の帰還 に続く。

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