231豚 地割れのロイヤルナイト
「……私、知りませんからね。何か言われても私、止めましたって言いますからね」
シャーロットの呆れたような目を無視して、俺は目の前に大皿に置かれた豚の丸焼きの虜となっていた。
豚一頭を丸々と贅沢に使ったこの店のメイン料理、だがそのでかさ故に注文する客は皆無だろう。
「頂きますぶひ」
「アリシア様が見たら絶対に怒りますよ」
「ぶひぶひ」
「……もう!」
王都ダリス、入り組んだ石畳の道を数分歩いた先。商人や観光客で一際賑わう裏通り、王都に住まう住民はあまり訪れなさそうなB級グルメの店が軒を連ねている通りの一角。
やる気の無さそうな店員が欠伸をしながら店先を箒で掃いていた。
窓の外から店内を確認すると広さは充分、それにお客も数組しか見えない。
お昼のピークがとっくに過ぎ去った時間帯。
今までは掃除も兼ねて呼び込みをしていたのだろうぼさぼさ頭の店員が準備中の札を入り口に掛けようとした瞬間、俺はあそこがいいと言ってもっと吟味するべきだとのアリシアの静止も無視して強引に中に入った。
俺たちが入ったと同時に店員によって入り口に準備中の札がかけられ、呼び込みをしていた店員もお役目御免とばかりにそそくさと店の中に入ってきた。
今店内にいる客以外は店に入って来る心配が無いからとアリシアを説得したのだが、本当の理由は出ていた看板に豚の丸焼きが描かれていたのが決め手だった。
店内はもう食事を終え談笑している客が数組いるだけで、予想通り広さも上々。
端っこの席に着席すると、メニューを開いた。
「……あいつがトイレから戻って来るまでに店員に皿を返すとするじゃん。そしたらあいつ、最後にお金を払うまでは気付かないじゃん。でもそこでアリシアが俺の食べた量に気付いても後の祭りじゃん。ほら、パーフェクト」
肉料理を中心に。
本当は豚の丸焼きなるメインディッシュを食べたかったのだけど、あれ食べたいぶひと言ったらそんなもの食べたらダイエットの甲斐がないじゃないとアリシアに跳ね付けられた。
俺はあいつを破産させる勢いでこの店の料理を食べるつもりだったのに、俺に与えられたのはパンとスープと一切れの肉。
……ぶひ?
あれを目の前にした時の衝撃ったらなかったよ。
こんだけかよってさ。
あれだけ鬼ダイエットさせといて、こんだけですかって。
酷過ぎる待遇に身が震える思いだった。
「……どこがパーフェクトなんですか。私、前から思ってたんですけどご飯を目の前にしてるスロウ様は一気に幼くなるような気がします。悪ガキって感じです」
「シャーロットはアリシアと加担して俺を強引にダイエットさせたよね」
「もしかしてまだ根に持ってるんですか?」
「ぶひぶひ。むしゃむしゃもぐ」
「根に持ってるんですね……。でもスロウ様、確かにお客さんは入ってこないかもしれないですけど……今、お店の中にいる方々に怪しまれたら意味ないんですよ? ……あっ。アリシア様、出てきました」
手をハンカチでふきふきしながらトイレから出てくるアリシアは店内を軽く見渡して満足そうに頷いた後、俺たちが座っているテーブルを一瞥。
そして。
「あっーーーーーーーーーーーー!! そのでっかい豚は何よー!!!」
目をキッと見開いて、喚き出した。
うるせえ。
押しの弱いシャーロットと俺を二人っきりにしたお前のミスだ。
「うーん、それにしてもまだ耳しか食べれてないや。いけると思ったんだけどなぁ」
「……いけるわけないじゃないですか。この豚さん、スロウ様の身体と同じぐらい大きいんですよ? はぁ……だから言ったんです。アリシア様が戻って来るまでにその量を食べきれるわけないって」
アリシアは豚の耳にはむはむと喰らいついていた俺の元へ即座に駆け寄ると、俺の服を思いっきり締め上げる。
ちょ、脱げる脱げる。
脱げちゃうから、フード脱げちゃうから!
「何で貴方っていう豚はいっつもいっつも欲望に忠実で変に尖ってて、……こら、どこ見てるのよーー!! ……むがっ……」
どこからともなく飛んできた風の精霊が目に入る。
様子が可笑しい、俺はガミガミと喧しいアリシアの口を即座に風の魔法で縫い付ける。あいつは口を両手で抑えてぷかぷかと息を吸うと、顔を真っ赤にさせて激怒した。
悪いとは思ったけれど、理由があった。
巨大な豚の丸焼きの上にぴたりと止まった風の精霊の囁きに耳を傾ける。
「
「アリシア……緊急事態発生だ」
想定外の事態はいつだって、突然に。
思い通りにならないからこそ、俺は生きていると実感出来る。
「
「地震ですアリシア様! こういう時はすぐに机の下に隠れないと!」
シャーロットとアリシアは頭を抑えながら机の下にひょいと隠れる。他の客たちも突然の揺れに驚いて立ち上がったり、二人のように机の下に隠れたりと慌て出す。
だけど、俺だけは狼狽えることなくとある一点を見つめていた。
机の上に飛び乗った黒猫、風の大精霊アルトアンジュが目を細めて口を開く。
「――スロウ。これは魔法、かなり強力な土の魔法にゃあ」
「さっきよりも大きくなりました! アリシア様、もっと頭を下げて下さい!」
……ああ、お前に教えられるまでもない。
分かってるよ。
ついさっき風の精霊に教えられた。
……これは地震じゃないし、お前の言いたいことも分かってる。
「何が起きてるか調べてくるにゃあ、嫌な予感がするにゃあ」
「おい! お前は手を出すなって! っち、相変わらず人の話を聞かない奴だな!」
颯爽と身を翻し風の魔法でドアを僅かに開け、尻尾をふりふりと振りながら出て行く一匹の黒猫。相変わらず器用なやつだ。
そしてシャーロットとアリシアは今なお続く震動に慄き、未だ机の下で身を寄せあって震えている。
無理もない、地震なんて十年に一度起きるかってぐらいの超常現象だ。
――だけど俺は知っていた。
――王都さえ揺るがすこの魔法はあの人のとっておき。
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