232豚 ロイヤルブラッド

 長引く揺れ。

 先ほどの揺れが本震だとすればこれは余震だ。断続的に続く揺れ。テーブルで下で目を瞑りプルプルと震えている二人を尻目に俺は思考に没頭した。

 脳裏に蘇るあの人の魔法。

 だけど、分からない。一体どうしてこのタイミングで? クルッシュ魔法学園は休業中、だから先生が王都にいるのは理解出来る。それでも先生があれを使うのは大きなトリガーがいる筈だ。

 くそ、考えようにも判断材料が少なすぎる。



「一体、今の揺れ何だったんでしょう。地震にしては、長すぎたような気がしますけど……あ。ス……スローブ様、揺れに気にせず豚の丸焼き食べてると思ったら、そんな難しい顔されてどうされたんですか?」


 まずはシャーロットが机の下から這い出てくる。

 スカートについた埃をパンパんと払い、微動だにしていない俺を見てシャーロットはちょっどだけ驚いた様子だった。


「いや、ちょっと考え事を。それより懐かしすぎるでしょその名前」


「偽名を使うなら、これしかないと思いまして。でも、ついこの間のことですよ?」

 

 スローブ、スローブねぇ。

 どこかまぬけな響きを持つその名前は大陸中央部に存在する彼女の故郷、今は人の住まぬ自然に包まれた大地と化した彼女の故郷、皇国ヒュージャック跡地で使った偽名だ。

 オークにオークにオークに、たまにピクシー。

 それにしてもあいつら、元気にしてるだろうか。――うん、間違いなく元気だろうな、彼らならきっとどんな環境でも逞しく生き抜くに違いない。

 本当は彼らとも交流を持たないといけないのだが、そんな余裕はまだまだ無さそうだ。ウィンドル領を本当の意味で救うにはシューヤや火の大精霊の協力が必要不可欠だが、まだ俺は火の大精霊と、特にシューヤとの間に強固な信頼関係を築けているとは言い難かった。

 


「けほ、けほっ…………埃が……けほ。さっきのまるで先生が言ってたロイヤル、、ブラッドみたい…………本気出せば王都も揺らせるって言ってましたし……ていうか汚すぎですわこの床。このお店、ちゃんと掃除してるのかしら、そういえば店員もやる気なさそうな感じでしたわね」


 場所も、姿も、近くて遠い彼らに思いを馳せていると、アリシアがごほごほと咳をしながらテーブルの下から這い出してくる。お人形のように整えられた顔がちょっとだけ歪んでいた。

 ……ていうか、ちょっと待て。

 聞き捨てならない言葉が聞こえたぞ。


「アリシアお前今、何て言った?」


「え、別に何も言ってませんけど。……まぁ汚いとは言いましたけど。うわ、床に手なんかつくんじゃなかったですわ、黒くなってる。またトイレ行かなくちゃ……」


「いいや、確かにお前はロイヤルブラッドと言った。聞き間違いとは言わせないぞ」


「ロイヤルブラッド? 確かにそんなこと口走ったかもしれませんけど…… 」


 店内にいた客たちが二人を見習ってテーブルの下から出てきて、あの揺れで止まった時間が再び動き出した。


「でも、あり得ませんわ。だってここはダリスの王都。騎士国家の中枢でそんなことあり得るのかしら。外に出れば兵隊も沢山、王都に入るための手続きだって大変よ。王都は安心、そうですわよね。シャーロットさん」


「ええと、安全だと思いますよ。でも、私たちはちゃんとした手続きも無く王都に入ってきちゃいましたけど……」


「私が連れてきたんだから問題ありませんわ――」


「――違う、そういうことじゃない。アリシア、俺はどうしてお前がロイヤルブラッドを知っているんだ」


 二人の会話を遮るようにして、ぴしゃりと言い放つ。  

 アニメ化知識の有無に関わらず、俺はロイヤルブラッドの存在を知っている。

 ロイヤルブラッド、それはダリス建国者の子孫である王室や光の大精霊、そして彼を守る彼らと深い関わりがある言葉である。

 一時でもデニング公爵となるための教育を受けてきた俺の頭にはこの国の根幹に関わる様々な機密が詰まっている。

 だけど、アリシアは違う。

 こいつは知る由が無い筈の言葉だ。

 ロイヤルブラッドはダリスの機密、幾らアリシアが王族と言ってもこいつは他国の王族だ。本来、知っていい言葉ではない。


「な、何ですのそんな怖い顔して」


「ロイヤルブラッドはこの国の機密だ。何故、お前が知っている」


「それはええと……あれ、あれですわ! く、クルッシュ魔法学園がモンスターに襲われた後、先生が言ってましたわ。本気出せば、俺だってあのサイクロプス。ダンジョンマスターなんか瞬殺出来たって。その時に教えてもらったんですわ! べ、別に悪いことしたわけじゃないですわ! ……シューヤが先生にどういう意味かしつこく何度も聞いてて、たまたま私も傍にいたから聞こえてきただけ!」


「で、どこまで知っている」


「えっと…………先生は光の魔法が使えないけど王室騎士になった。だから先生のために光の大精霊が特別に力を与えたって、俺は特別なんだぞって」


「っち。口軽すぎるだろ先生……機密だぞ、あれは」


 そうか、そういうことか。

 それならアリシアがロイヤルブラッドを知っていても不自然じゃない。

 けど、先生。さすがに口が軽すぎるよ。


「でも、豚の……、豚も知ってましたのね」


「これでも俺は昔、デニングで英才教育を受けていたんだよ。後、その略し方はやめろ。俺のことを呼びたいならスローブと呼んでくれ」


 クルッシュ魔法学園で魔法演習を担当している異色の経歴を持った先生。

 ロコモコ先生の人生は少しだけ貴族の道から外れていた。

 家を飛び出し冒険者となった後、先生は大陸南方各地のダンジョンを巡り、どのような難局でも対応出来る力を手に入れた。そして、その力を買われ王室騎士ロイヤルナイトとなった。

 だが、それも長くは続かない。

 結局、先生は王室騎士を辞し母校の学園に戻ってきたのだから。


「もしかして、さっきの揺れが先生のロイヤルブラッドだと思ってるんですの?」


「ああ、間違いない」


「……あり得ませんわ。ロコモコ先生は王室騎士を自ら辞した身ですわ。シューヤに教えたのだって、もう秘密の力が使えないからだと思いますけど」


「お前の言う通り、ただの地震の可能性もある。だけど、あれが先生のロイヤルブラッドならそろそろ起こる筈だ。異常事態を示すあの音が――」


「あの……アリシア様。そのロイヤルブラッドって何なんですか? さっきの揺れと関係があるんですか?」


 ロコモコ先生が王室騎士を辞した理由は幾つかある。

 生徒に聞かれれば、俺には厳格な厳格な規律を求められる王室騎士団の水は合わなかったと言って笑っていたけれど、それは違う。

 俺は知っている。

 ロコモコ先生には資質が無かった。

 先生は――王室騎士の必須技能である光の魔法が使えなかった。


「シャーロット、関係があるんだ。ロイヤルブラッドというものは――」


 俺とアリシアだけで会話を進めても仕方ない。

 それにシャーロットは俺の従者だ。

 もう昔とは違う、魔法の使えるようになったれっきとした俺の専属従者。誰にも半人前だとさげずまれることのない一人前の魔法使い。

 これから俺の傍にいることでこの国の機密に関わることもあるだろう。それにロイヤルブラッドならまだ機密としては軽い部類、だからシャーロットにロイヤルブラッドとは何かを伝えようとすれば――ごおん、と打ち鳴らされた鐘の音に再び、店内の時間が止まった。

 アリシアもシャーロットもそれに店内にいた人達も皆、微動だにせず鐘の音の行方を待っている。

 そして、二度目の鐘が鳴った時。


「残念だけど、アリシア。さっきのは先生のロイヤルブラッドで確定した」

 

 俺は淡々とアリシアに事実を告げた。

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