230豚 英雄の帰還はひっそりぶひっと

 武器を持った兵士が城壁の上に立ち、街道からやってくる者達を見下ろしていた。


「長らくこの場でお待ちになって頂くことになり申し訳ありません殿下、何分紋章の真偽を判別出来る者がいませんでしたので……ですが無事、確認が済みました。どうぞご自由にお通り下さい」


「構いませんわ、それが貴方達の仕事ですもの」


「そう言っていただけると助かります。あの、それで殿下――あちらの者は一体何者なのでしょう?」


「あちらの者とは誰のことを言っているのかしら。人が多すぎて誰のことを言っているのか分かりませんわ」


 俺たちのように街道から王都に入ろうとする者はまず城壁内に造られた通り道、巨大なアーチ状の入り口に吸い込まれていくことになる。そこでは馬車に詰め込まれた荷の確認や不審者が王都に入らぬよう厳重なチェックがダリスの兵士によってなされているのだ。


「あのフードを深く被って顔を隠している怪しげな風体の者のことです。あれは貴女様のお連れである様子。どうか、あのフードの下に隠された顔を我らに見せて頂けないでしょうか」


「あいつの正体を貴方に明かす必要があって?」


「……規則ですので」


 何万もの四角い石を積み上げられて建造されたアーチの下、重たい重量感に圧倒されてふるふると不安げにしてる人達はきっと初めて王都に入るおのぼりさん達なんだろう。

 そんな彼らを尻目に、ドヤ顔で王都に入るためのアーチを潜った俺に兵士達から怪しい視線が向けられる。

 いやまぁ、明らかに怪しいもんね。

 ここで俺を素通りさせるようなもんならダリスの兵士仕事してなさすぎ、給料ドロボーだろってことになっちゃうもん。


 だけど俺と同じようにアリシアが連れたシャーロットはノーチェック。

 しかも兵士から頭を下げられている程だ。

 何たる差別だよこれは。

 シャーロットはその見栄麗しさからやんごとなき身分の少女、多分アリシアの従者かなんかだと勝手に思われてんだろうな。


「ならば帰りますわ。馬車も用いず馬に十数日。同盟国のためにと、あの卑しい自由連邦を、世にも奇妙なミネルヴァを通過し、ようやく辿り着いた先にこのような仕打ち。到底、納得出来るものではありませんから」


「いえ――――――――――とんだ失礼を。殿下を信用致します、同盟たる鷹と竜は信に足る。どうぞお通り下さい、殿下。この国は、貴女を心より歓迎いたします」


 長い長い沈黙の後、すごすごと頭を下げた兵士を横目に、俺はぶひぶひ~っと城壁の中を通り過ぎる。


 それにしても見事アリシアの王族パワーがあのおっさんをぶっ飛ばした。王族には貴族だって逆らえないからね、分かる分かるよその気持ちっと。

 俺は呑気な鼻歌を歌いながら、王族を相手にしたことでドッと疲れが出たらしい兵士の親玉みたいなおっさんに脳内でお疲れと言っておくのであった。

 持ってて良かった権力ある友達ってやつだ。



「助かったよアリシア。お前がいなければ王都に入れなかった――それにしても懐かしいな、何年ぶりだろここに来るのは」


 懐かしい王都。

 門の前には広い広場が広がっている。真ん中には豪勢な噴水があり、広場を構成する固い石畳の上を大勢の老若男女が、え? 何をそんな急いでんの? ってぐらい早足で道の先に消えていく。


 全ての道は、ここからでもまだ小さく見えるあの王城に繋がってるんだっけか。。

 シャーロットがひゃーと可愛らしい吐息を漏らす程。

 南方一の大国と言っても間違いない城郭都市は、壮大なスケールで俺たちを出迎えてくれたのだった。


「まさかこの地に住む誰も、国の御膝下たる王都にダリス王室から指名手配されたドラゴンスレイヤーがいるとは思わないでしょうね」


「まっ。少なくとも誰も、サーキスタの王族が俺を連れてくると思ってないだろうな」


「ふぅ……難関だと思ってた入り口をあんなにあっさりと通過出来て、何だか逆に緊張してきましたわ。はぁ今のうちからお金の使い道考えとかないと、あながち夢物語ってわけでもなくなってきましたし」


「お前さ。さっき感傷的なこと言ってたけど、絶対俺の懸賞金目当てだよな。俺には分かってるんだぞアリシア」


「うぅん、どうやって王城まで行こうかしら」


「おい、無視すんな」


 アリシアはこれから俺を突き出す代わりに貰えるであろう大金にそわそわし、シャーロットはオニューの自分専用杖を何度も触ってドキドキしている様子。

 俺も二人と同じように必要のない力が身体に入る。

 だけど対照的に、心の方はどこまでも揺れることなく穏やかだった。

 16歳の秋。

 クルッシュ魔法学園に通う第二学年の夏から秋にかけて。

 これまでの人生から考えても短いとしか言えない間に俺は大きな冒険をした。


 だからだろうか。

 この広すぎる石の都を前にしても、飲み込まれるような圧迫感を感じないのは。

 目に見える姿、形は以前と同じでも、滲み出る思いは全く違う。

 この国に対する俺の思いが、あの頃とは大きく違っているからだろう。


 小さい頃の俺は風の神童として、将来デニング公爵となるべき立場としてこの国を背負う立派な覚悟を持っていた。けれどその後、豚になった俺はリアルオークとして、ただ彼女だけを見つめていた。

 だけど今の俺――は。


「さあ、行きますわよ豚の――」


「――腹減ったんだけど」


「……え? ……腹? え? 今、お腹空いたって言ったんですの? ………………雰囲気が台無しですわ」


 だけど、俺はただ。

 俺はただ、腹が減っていたのである。

 王都の眺めとかどうでもいいぐらい、飯食おうぜ飯って感じのお腹ペコリーヌだったのだ。

 

「だって何か食べさせてくれる約束だったろだろ」


「しょうがないですわね……。でもここまで来たんですからちょっとぐらいの道草は我慢しますわ。あとフードを脱いだらダメですわよ、それは絶対にダメ」


「分かってるって。ここまで来たらどこまでも協力してやる」


「いい心がけですわ。それで? 何が食べたいのかしら?」


 だから、想像もしていなかったんだな。

 王都ダリスにやって来て、まず初めに出会うのが。


「肉。それも豚が食べたい。――――おい何だよ、アリシア。その顔は」 


 アリシアが見据える王都の中心に聳える城。

 あそこに住まう姫と、苦労人気質の若き風の魔法使いであるあいつだなんて。


「スロウ様。アリシア様はそれって共食いじゃないって言いたいんだと思います……」

 

 騎士ごっこに興じている懐かしい貧乏人と再会する運命がすぐそこまで迫ってるなんて、この時の俺は夢にも思ってもいなかったのである。

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