229豚 逃げも隠れも許しません

「あとフードはもっと深く被ること! こんな所でばれちゃったら、今までの苦労が意味ないですから。人目を忍ぶために危険な夜の街道を渡って、ようやくここまで辿り着けましたのに。全く、私がどれだけ気を使ったことか……」


 うるせえ。

 アリシアはほんと、俺の母親のようにうるせえ。

 それに何だか随分と周りを気にして、神経質になっているようだ。


 あいつは俺の帰還を盛大に演出することで自分の評価を高めたいみたいで、俺は何者か一見して分からないようフード付きの服を深く被せられているのだ。

 今の俺の外見はどこの漫画の世界の減量に励むボクシングマンだよってぐらい不気味だ。


 それに今時、街道を走って渡る奴なんて滅多にいない。

 そんなのモンスターか盗賊に追われて逃げている人か、ダンジョンから出てきたゾンビぐらいだ。


「ねぇ、しゃ、シャーロット……」


 俺は反対側で俺の速度に合わせて歩いている栗色の馬に近寄った。

 ふらふら、ゆらゆらとまるでゾンビのように歩み寄る。

 そう。今の俺は人間でも豚でもなく、モンスターゾンビ種だった。


 アリシアによる無茶な俺のダイエット計画。

 街道を夜間ずっと走らされるなんて鬼畜染みた所業。しかも飯も減らされているため、ここ数日はろくに食べていない。


 痩せ薬の効果はとっくに切れてしまったようで、魔法で脂肪を減らすという俺の奇跡も使えない。

 いやあ、それにしても魔法で俺は痩せれるから! 大丈夫だから! ぶひぶひ! と熱弁した時の俺を見るアリシアの目。あれは異常者を見る目だったなあ……。


「馬に、乗せてよ…………俺も……乗せて……ねぇ……乗せてよ……」


「スロウ様……ごめんなさい。私もスロウ様はもうちょっぴりお痩せになった方がいいと思うんです。そこのところはアリシア様と同意見なんです、だってお太りになられたスロウ様の姿をデニングの方々に見せたら……鉄拳制裁食らっちゃいますよ……私も一緒に。ガチーンって。……それはちょっと嫌だなあって」


「なんで……? シャーロットは俺のこと好きなんでしょ……ねぇ、アリシアやデニングと戦ってよ……――俺はデブった方が一番素敵なんだって言ってよ」


「私が公爵家やアリシア様に物言えるわけないじゃないですか……デニングは大貴族ですし、私は大貴族に雇われてるしがない従者です……それにアリシア様は王族の方です……。あ、それとし、しー! スロウ様! それはしーですよ! ばれたら大問題になっちゃいますから!」


 シャーロットが俺の口を塞ぐために身を乗り出し、馬から落馬しそうになっていた。さすがの俺もシャーロットが怪我するのは勘弁なので、あの日の夜のことは胸にしまう。 

 愛しのあの子が穏やかそうな馬に乗って、心配そうに俺を見つめている。

 もういい、それだけで充分だ。


「じゃあ何か食べ物、もう丸一日食べてないよ……うっ、……うぅ……」


「スロウ様、もう少しですから。王都についたらご飯、食べれます。実はアリシア様、王都ではスロウ様の健康にために少しは食べさせあげようって――」


 ここ、数日。

 俺はまともにご飯を食べていない。

 息も絶え絶えになりながら、ぱっからぱっからと快適な乗馬の旅を続けるアリシアを再度睨みつける。

 けれど、俺のぶひぶひダイエット道中がもうすぐ終わることも事実だ。


 ボコボコだった街道の質が見違えるように上がっている。

 それはどこまでも続くと思われた原っぱから、俺たちが都市の領域へ入りつつあることの証だった。


「――シャーロットさんの言う通りですわ。だからほら、頑張って? あんなに強い貴方がこれぐらいのこと、乗り越えられないわけありません。ですわよね?」


「……都合のいい時だけ英雄扱いしやがって。だけど、アリシア。一つ教えてくれ。どうしてお前がこれ程俺にくくるんだ。気まぐれか? それともやっぱり、金か?」


 さっきからずっと。

 王都に入るために列を成している馬車の中から俺に向かって奇異の視線が注がれっぱなしなんだ。鬱陶うっとうしいたらありゃあしないぞ、これ。

 男連中からはアリシアに怒鳴られている俺をご褒美だとが言って冷やかしてくる奴が時折現れるけど、殺意の籠った視線で睨みつけるとすぐに縮こまっていた。

 全く、あれのどこがご褒美なんだよ。お望みならいつでも代わってやるっての。


「お金、まぁそうですわね。確かにサーキスタの女は金が掛かりますわ。ドレスにパーティ、高価な贈り物を年中し合ってますし、客室が幾つあるかで家の価値が決まる面倒な文化もある。それに私だって煌びやかなアクセサリとか大好きですし。でも貴方をダリス王室に差し出すことで貰えるお金が理由だけで貴方に着いていっているわけじゃなくってよ」


 アリシアは興味が無いものにはとことん冷たい。

 アニメの中では、シューヤとこいつは長い時間を掛けてお互いを理解し合い、時にはぶつかり合いながらも好き者同士になっていった。


「じゃあ、何だよ。どうしてここまで俺の世話を焼くんだ」


 だけど、それ程の関係を俺はアリシアと築けているとは到底思えなかったのだ。


「夢、でしたわ」


「夢?」


「豚のスロウ、私はね。王族ですけど、過去の栄光に捕らわれた権威しか持ってない

し、今までこの手で掴み取ったものも何もない。貴方みたいな特別な力も無ってないから、だからきっとこの先も、何も為し得ないでしょうね。それでも私の名前はきっと残るけど。最後の王族、サーキスタ最後の第二王女って。でも、私。そんなのって絶対――嫌なの」


 それは非常にアリシアらしい言い方で、やっと俺はこいつの思いが理解出来た。

 アニメの中で見せたこいつの弱さがここで一つ、明らかになった。


 王族としてではなく――アリシアはこの手で栄誉を、掴み取りたい。


「じゃあ俺もお前のために精一杯英雄らしく、振る舞うとしよう。隣に立つお前が少しでも輝けるように。少しでも自分が好きになれるよう、協力してやるとしよう」


 だからこそシューヤはアリシアのためにも、強くならねばならなかった。

 世界を救ったのはシューヤ一人の独力では絶対に為し得なかった、ならば俺はこいつにも感謝しなくてはいけないんだろう。


「こうして。アリシアという悲劇の王女は、俺の名と共に世界に広がるのであった」


「……そういう余計なことは言わなくていいの。本当に意地が悪いわ」


「でも、その通りだろ?」


「ええ。ですから、スロウ。言う通りにしてね。私のために」


「はいはい分かったよ、最後の王族さんラスト・プリンセス


 それに俺はこいつに世話になっている。

 だって、王都への検閲だってアリシアがいたら顔パスだから。

 アリシアがお守りのように持っている短剣に刻まれた王家の紋章を見せれば、城壁のチェックなんか一瞬で抜けられる。

 だからこうして俺たちは街道の上に伸びる長い列には並ばず、王都に向かって前進し、何だあいつらといったやっかみの視線に囲まれているのだ。


 そしてようやく上り坂の頂点に辿り着いた時。

 俺は傾斜のある下り坂の向こう側に見える高い壁を目にしたんだ。



「――遂に、きたか」


「スロウ様、来ましたね…………でもうわぁ、やっぱりおっきいなぁ」


 ドクンと、心臓が高鳴った。

 肌にざわりと鳥肌が立り、俺は優しく吹いた風をゆっくりと吸い込んだ。

 隣にやってきたシャーロットもきっと同じ思いなんだろうな。

 俺は真っ白豚公爵としての新たな道を、彼女はデニング公爵家の従者として。

 ここから、俺が俺であるための第二の人生が始まるんだ。


「さぁ、行きますわよ。貴方たち二人は英雄とその従者として、この国の民に夢を見せた責任を果たすの。もう逃げも隠れも無しですわ」


 アリシアの言葉を耳を傾け。

 俺は王都ダリスを囲む巨大な城壁を、万感の思いで見つめていたのだった。

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