212豚 ――不敗神話の崩壊⑦

「腹減ったなぁ……真っ黒豚公爵時代が懐かしいなぁ……あの時みたいに思いっきり怠けたいなぁ……」


 けれど、まだ一つ面倒が片付いただけ。

 俺の視界、今も何らかのマジックアイテムによって発動した結界に閉ざされたダンジョン都市の周りには恐ろしい数のモンスターが存在するのだ。

 リッチを滅したことであの恐ろしい死霊魔術の歌は消えた。

 土の中からモンスターはこれ以上は生まれない。

 だけど既に死霊魔術で生まれたモンスター、さらにダンジョン都市が管理するダンジョンからも異変を感じたのかモンスターが溢れ出している。

 火の大精霊さんはお役目御免とばかりにふがふが言っている。これ以上戦うつもりはなさそうだ。元々は強者を望む戦闘狂、リッチの魔法によって生まれた下級のモンスターなど相手にもしたくないらしい。

 でも火の大精霊さんは充分にやってくれた。S級ともされるようなモンスターは全滅させたようだし、残りはダンジョン都市の冒険者でも充分に対応出来るだろう。


 現状を忘れれば、今後の懸念事項と上げられるのはまずシューヤのメンタルケア。

 火の大精霊さんに任せっきりにしてたら面倒なことになるのは火を見るより明らかだし、あいつのメンタルを解決に導くアリシアとの恋模様がどこまで進んでいるかも分からない。

 ……。

 正直めんどうだなぁ。

 火の大精霊さんもアニメ初期よりは理解あるみたいだし、放っておいてもいいんじゃないかなんて悪魔の考えが頭によぎる。

 

 けれど、シューヤの問題だけじゃない。

 俺はアニメ版主人公よりも気になっている奴がいるのだった。


 黒龍討伐に関してやダリスから消えた俺のこと。さらに付与剣エンチャントソードはダリスの国宝であり、勝手な属性替えなど死罪に値する。

 俺がダリスで起こした数々の後始末をあいつ一人に任せてしまった。

 俺が知る限りではシルバはこの上なく頼りになる男であり、機転も効く。

 だけどあいつは平民だ。

 今はデニング公爵家お抱えの騎士でもないため、公爵家の後ろ盾も存在しない。


 ダリスから去ってから……あいつに関しての情報が全く入ってこないのだ。

 そこには俺はダリス王室から手配されているから人里を避けていたって理由もあるんだけど気にかかる。


 俺でさえ手に余りそうな案件をあいつがどう対処しているかは想像も出来ない……。

 調子に乗るなよ平民が! って牢屋とかにぶち込まれてなければいいけど……。

 あいつはカリーナ姫と多少仲が良いらしいから、いざとなれば姫が庇ってくれるとか……いや、ないな。そんだけ行動力があればアニメの中で多少の描写はあっただろう。

 はぁ。

 シルバの動向を探るためにダリス王都に向かえば結構の日数を拘束されるのは確実で、そしたら万が一シューヤが暴走した場合に備えられない。

 先にシューヤの問題を解決した方が……いや、でも……。

 ……。

 やっと三銃士を倒したというのに、俺の両肩には重い現実がのしかかる。

 

「全部見てたわ」


 これからの方針を頭の中で練っていると、冷たい声がしんとした闇の中に響く。


「右胸に出来たダンジョンコアだけを破壊する? すごいわね、誰にも出来ることじゃないわ。正直言えば感謝もしてるし、でも驚きすぎてワケが分からなくなりそうってのが本音かしら」


 ほうら来た来た。

 背後から口煩い彼女の舌足らずな声が聞こえる。


「でもね、そもそも今出来たばかりの前例すらないモンスターと化した人間の……体内に生まれたダンジョンコアの位置を、どうしてアンタが正確に把握してるのよ」


 俺は余計な思考をシャットアウト。


「可笑しい……絶対に可笑しいわ……アンタは知りすぎている。アタシの秘密だけじゃない、あの子のことだって、今までのことだって全部そう」


 闇の精霊が思わず距離を取ってしまうぐらいに彼女の機嫌は最悪のようだった。

 まっ、そりゃそうだよな。

 他の大精霊達でさえ、叶うならば一生会いたくないと願っているのが闇の大精霊と呼ばれている彼女なのだから。


「アルトアンジュの攻撃からアンタは私を守った。人間に借りを作るのは嫌だから望み通りアンタをこのダンジョン都市にまで連れてきたあげたわ。道中でアタシはアンタの従者であるあの子から色々聞いた。最初はアタシのことを怖がってたけど、誤解を解くのに時間は掛からなかった」


 闇の大精霊さんが作ったマジックアイテムには交信の魔法が付与されているとか、闇の大精霊さんが求めていた死の大精霊の卵はガラクタだったとか、あまつさえ長年探していた死の大精霊の卵をプレゼントしてあげたり。


「シャーロットは言ってたわ。ダリスの貴族が集まる学校でアンタはずっと馬鹿にされていたって。豚公爵とか、デニングの恥とか、けれどアンタは気にせずどこ吹く風。貴族にあるまじき振る舞いはあのデニングでも匙を投げた程。だけどシャーロットはこう言った。ある日を境にアンタが変わったって」


 ダンジョン都市の一角で俺が目を覚ましてからは彼女が尊敬している古の魔王の墓の場所を知っていると告げて呆れられ。ギルドマスターに闇の大精霊さんには分からない秘密の言伝を届けてもらえるようお願いし、そして冒険者ギルドの動きを見て闇の大精霊さんは古の魔王の墓が本当にこの荒野のダンジョンにあることを知った筈だ。極め付けは俺がモンスターとなった直後の三銃士のダンジョンコアを華麗に壊してみせたことかな。

 

「信じられないし、あり得ないことだってのも分かってる。でもアタシは思わずにはいられない。だってアンタはシャーロットに言ったそうね――俺は夢を見たんだって」


 地平線の先にまで広がっているかのような荒野の先に僅かな光の線が見える。

 闇が白み始め、夜の終わりを俺は誰よりも早く知った。

 これから朝が来る。

 誰も知らない未来の到来だ。

 どっと身体から力が抜けそうになるけれど、俺は地面に落ちていた焔剣を拾うために手を伸ばした。


「奇遇ね。アタシの祖先も同じことを言ったのよ、そして祖先は伝説となった」


 背後から掛けられる声に終わりはない。


「今でも古の魔王に関する学説は混迷してる。本当は未来なんて見ていない、彼女は精霊の声が聞こえたんだとか、様々な噂が飛び交ってる」


 まぁそうだよな。

 これだけのヒントをあげて聡明な闇の大精霊さんが気付かない訳が無いのだ。


「でもね、アタシは信じてるの。アタシの祖先は本当に未来を見たんだって。未来ぐらい知ってなきゃ……祖先が存命した二十年足らずの僅かな時間であんなこと出来る筈がないと思うから」


 彼女なら気付くと思っていた。

 既に血脈の途絶えたゾーンダークの家系、最後の一人。


「だから答えてスローデニング、アンタもしかして……………………」


 未来を見たと言われている古の魔王、伝説の系譜に連なる彼女が。


「――見たの…………?」


 これだけ無茶をやった俺の秘密に、気付かないわけがないのだ。




――――――

後書き

これから先、豚さんの秘密に気付くのは闇の大精霊さん一人だけです。

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