211豚 ――不敗神話の崩壊⑥

 俺の目の前には微動だにしないデュラハンの身体があった。


「お前の敗因は考えるまでもないよ。オークだってもっとマシな動きをする」 


 伸ばされた俺の両手に握られた焔剣フランベルジュの剣先がデュラハンの右胸を貫いている。


「三銃士だった頃も戦闘の大半はモンスターやリッチ任せ。そんなお前が理性を失ったモンスターとなればどんな攻撃を仕掛けるか。想像に容易かったよ」


 頭が無いから苦悶の声さえ聞こえない。

 全身を趣味の悪い真っ黒の鎧に覆われ、モンスターと化した三銃士は時が止まったかのように固まっている。

 勝利は俺に傾いたといっていいだろう。

 

「さらにご自慢の魔法耐性がついた鎧も鉄壁の防御たりえない。この剣は魔を断ち切るって曰く付きのマジックアイテム。シューヤが三銃士超えを果たす時に師匠から一時的に受け継ぐ剣で闇の大精霊さんも欲しがるぐらいのとんでもアイテムなんだよ。つまり、最強ってわけ」


 剣が鎧の中を貫通した際、まるで硬い石でも貫いた感触がまだ手に残っている。

 あれが三銃士の体内に出来たダンジョンコアを貫いたという何よりの証拠だろう。

 

「それにしても……モンスターと化した姿が王室騎士ロイヤルナイトねぇ。もしかしてあれか? 憧れってやつか? 王室を守る誇りの騎士こそ民から愛されなかった半人半魔の亡霊リビングデッドが何よりも憧れた姿ってのは皮肉が過ぎるぜ」


 サイズは人間だった頃と変わらないけれど、纏うオーラというべき気迫は段違い。

 そんなデュラハンが剣さえ持たず、加速してやってきた。

 単純明快な直進でただ俺の首を狙ってやってきた。


 てか全身鎧のデュラハンが剣も持たないってどういうことだよ。

 剣を作り出す余裕も無いほど俺のことを脅威にでも思ってたんだろうか。

 正直、ちょっとしたフェイントなんかを入れられたら危なかったな。

 俺は剣士でもないし、近接戦闘が得意なシューヤでもない。

 魔法頼りの魔法使い、懐に入り込まれたらジ・エンド。

 まぁ人間だった頃もモンスター頼り、リッチ頼り、身体能力頼りの新米脳筋モンスターにそんな回りくどい真似出来るわけないか。


「さてと、助かったよ火の大精霊さん。……あー、うるさいうるさい。分かったから、ちょっと静かにしてくれよな」


 打ち合わせ通り、焔剣フランベルジュは呼べばやってきた。

 今は興奮した火の大精霊さんが何やら叫んでいるけど無視だ無視。この喧しい爺さんは真面目に相手をしないことが肝心なのだ。

 風の大精霊さんと長く付き合ってきた俺は大精霊なんて敬われてる奴らが本当は人のことなんてなーんにも考えていないことをよく知っているのである。


 風の大精霊さんだったら皇国の忘れ形見であるシャーロット、火の大精霊さんだったら宿主であるシューヤ、闇の大精霊さんなら手塩にかけた育て上げた三人の三銃士。

 それ以外の人間なんてどうでもいいオッケー。

 元は人間だった闇の大精霊さんだって帝国の王様を洗脳してたぐらいだしな。


 はぁ。

 あんだけ俺が尽くしてきた風の大精霊さんの暴挙を思い出す。

 皇国跡地と自由連邦の国境沿いで嫌いな闇の大精霊さんを守った俺に本気の魔法を放って殺しかけたことを俺はまだ忘れてないからな?


「さて……右胸のダンジョンコアを破壊したことでリッチは消える。けど、お前の左胸にはまだ人間として心臓が残ってる。リッチも最後にほんの少しの優しさを、人間に戻るための逃げ道を残していた理由は……リッチのみぞ知るってやつだ」


 デュラハンの代名詞である全身鎧が少しずつ消滅していく。

 ……勿体無いなぁ。

 この鎧、冒険者ギルドに持って行ってお金にしたらとんでもないことになるんだろうな。

 なんていったって三銃士がモンスターとなった姿だ。

 デュラハンにそっくりな姿をしているけど、本質はS級飛び越えてドラゴンのように災害指定されても可笑しくないランクだろう。

 そうなると正式名称はデュラハンじゃないのかもな。

 新種のモンスターだったりして。

 そう考えると消えていく鎧が金貨と同じように輝いて見える。

 ……。

 あれ?

 あの黒龍セクメトの死骸ってどうなったんだろう?

 長生きの古龍、その牙や鱗もまたこいつの鎧みたいにとんでもない金なるだろう。通常、人里に現れたモンスターを倒したことで得られる金は討伐者本人のものだ。つまり……俺のものだ。

 またどうでもいいことが気にかかる。

 俺って案外俗にまみれてるよなぁと思った瞬間であった。


「――気を失ってる。これまた想像通り。一応、お帰りと言っておくよ。三銃士」


 全身鎧の中から、デュラハンに纏わりついていたもやもやとした黒い闇の中から一人の人間が出現し、大きな音を立てて荒野に倒れ込んだ。

 もし俺が人間の心臓が残っていた左胸を貫いていればデュラハンになった三銃士を助けることは出来なかった。

 けれど俺は知っていた。

 モンスターとなった瞬間に、右胸の中に完璧なダンジョンコアが出現することを三銃士の設定秘話から知っていた。

 こいつのモンスターとしての姿がデュラハンってこともね。


 いやぁ多分まともに戦ってたらメチャメチャ強かったんだろうなぁ。俺の魔法陣をあんなに簡単にぶっ壊すぐらいだし。

 モンスターとしての格はあの黒龍セクメトを超えていたかもしれないな。 

 

 ふぅ、これできっと未来は変わる筈。

 クルッシュ魔法学園がドラゴンに襲撃されたぐらいじゃ未来なんてものに大した影響は与えない。

 けれど三銃士からダンジョンコアを取り除いた結果、アニメの中では戦争の主導者として活躍した闇の大精霊の迷惑な闇堕ちも無くなるし、戦争が起こらないIFの未来がやってくる。

 ――と、俺は信じている。

 

「さて。これでお前は自由ぶひぃ……って聞こえてないか」


 荒野に寝そべる男の姿、完全に気を失っているようだった。

 その姿を見て――俺は大きく大きな、溜め息を吐いたのだった。


「ぶっ――ひぃぃーーーーーー…………」


 何ともしまらない、疲れきったオークの鳴き声が耳に届いた。 

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