210豚 不敗神話の崩壊⑤

 土で作られた戒めの鎖はリッチの魔法などではなかった。

 巨大な魔法陣の上に自分が立っていることに気付いたのはつい先程。

 意識を集中させればどこかから助けを求めるリッチの気配を感じる。

 あの炎の中に一体どれだけの敵がいるというのか。

 ダンジョン都市の冒険者とはそれ程までに精強な軍団だったのか。


 助けなければ。

 だが――動けない。

 それに――声すら出せないとはどういうことだ、


 今この場を支配しているのは間違いなく奴だ。

 炎の海を背にして、こちらを見据える少年だ。

 その口元から呟かれる声。

 音であって声でなく、魔法の詠唱とも思えない。

 この場にいる誰かに語り掛けているような、目に見えない何者へと捧げる唱のようにも聞こえる。


 そんな少年の歌が大地に刻まれた魔法陣の輝きを強めている。

 魔法陣も少年の歌に応えているかの如く、三銃士の肉体を激しく縛り付ける。

 呼吸すら戸惑う圧迫感。

 超人強化された身体を縛り付ける魔法など到底信じられるものではなかった。

 杖入らずの魔法使いノーワンド・マスター

 生涯出会うことは無いと思っていたが、最後の敵としてこれ程相応しい相手もいないだろう。


  ●  ●  ●


 闇の大精霊がリッチを。

 火の大精霊がモンスターを。

 そして三銃士ドライバック・シュタイベルトが意識の狭間に堕ちていた僅かな時間の間に少年は魔法陣を作り上げた。


  ●  ●  ●


 ――私がドストルの未来を変えたように。


 風の神童としての全てを注ぎ込んだ圧倒的な大魔術。

 超人強化の恩恵を受けた男でさえも動けない。

 息すらも自由に吸えぬ戒めの魔法が三銃士を縛り付ける。

 

 ――貴様の存在がダリスの未来を変えるのか。


 危険だ。

 このままでは命が、祖国が危うい。

 本能が警鐘を鳴らしている。

 しかし、リッチの魔法を受けた身体でもこの圧力を覆せない。


 ――恐らく、ここから先へ行くには私の意志が必要なのだろう。


 人から獣へ。

 モンスターと呼ばれる、魔に属する者へ。


 ――私は結局、何者にもなれなかった。


 覚悟を決めるときがやってきた。


 ――それでも帝国が繁栄すれば、この生に意味はあったと思えるから。


 異形への変化が加速する。

 身体全身が赤く発光している。

 その様子を見て元が人間であったと思う者は一人もいないに違いない。


 ――リッチ共。

 ――この身体、お前たちにくれてやる。


 三銃士の身体が闇に包まれる。

 リッチの歌が止まり、その身体が本来の場所へと。リッチの身体が三銃士の体内へと、あるべきダンジョンコアへと吸い込まれる。

 闇を纏いし漆黒の鎧が身体を包み込む。


 ――さようなら。


 終わりの瞬間に三銃士は頬を緩める。

 人としての思い出が走馬灯のように頭を掠めたからだ。

 幸せだったとは思えない。

 それでも意味はあったと思いたい。


 そして彼は鎧の騎士として完全なる姿を世界に晒す。

 モンスターとしての彼の姿は首無し鎧騎士デュラハンをベースにしていた。

 さらに身体着飾る全身鎧フルアーマーはどこか彼らに似ていた。

 騎士国家の王室騎士ロイヤルナイトに。

 王室を守り、民より慕われる至高の守護騎士ガーディアンの外見に酷似していた。


 けれど純白の白ではなく、曇りなき黒の鎧に全身が覆われている。

 闇に堕ちた守護騎士ガ―ディナイトこそが、三銃士ドライバック・シュタイベルトのモンスターとしての姿。

 禍々しい闇の気を全身からほとばらせる。



 ――ソノクビ。



 ここから先はノン・ストップ。



 ――モライウケル。



 少年の右手の指先が空をなぞる。

 同時に、闇によって輪郭すらおぼろげとなった首無し鎧騎士デュラハンが大地を蹴り飛ばす。


 純黒を纏い、漆黒のマント揺らすその姿。

 もはや魔法陣でも止められない。

 本来のA級モンスター、首無し鎧騎士デュラハンと比べることすら馬鹿らしい程に強靭な身体と魔法耐性を帯びた黒鎧。

 冒険者ギルドで働く者が見れば三銃士がモンスターと化した姿は首無し鎧騎士デュラハンでなく、首を失った伝説の龍すら従える者ドラゴンライダーだと気付いた筈だ。


 首を失った龍すら従える者ドラゴンライダーの動きは例え光の魔法によって強化された少年の瞳でも捉えることは叶わない。

 だけど――。


「俺はなッ!」


 ――逃げるなんて選択はありえない。


「ずっとずっと――ずっとずっと!!!」


 少年は理解していたのだから。

 今、この瞬間の重要性を。

 相打ちなんて、あり得ない。

 そのような結末、誰も望まない。


 それに、少年は確信していた。


「この瞬間をッ」


 必ず、俺が上回る。

 勝利こそが、最低条件であり。

 未来を変えることが――。 

 ――シューヤ・ニュケルンの物語を引き継いだ者としての義務なのだから。


「待ってたんだよッッ!」


 ハッピーエンドしか、望まない。


 その思いが、少年の原点にして原動力。


 始まりは奇跡でも、一歩踏み出した先の道を作るのは自分なのだから。



「来い――ッ!!」



 両者の視線重なり合い。



 瞬きすら許されない。



「――火の大精霊エルドレッドッッッ!」

 


 二人の勝負は刹那の如く、一瞬の間に行われた。

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