209豚 不敗神話の崩壊④

 古の魔王。

 ミネルヴァ・ゾーンダークを祖に持つ一族の一人として生まれ、魔法の開祖に匹敵する才能を持つと言われてきた。

 十の時、全属性の魔法使いとして成長した。

 人の行く末見守る大精霊となることが古の魔王を祖に持つ者の使命だと悟った。

 祖と同じように人にとって平和な世界を、そのために後悔なんてしないと決めたのに――。

 

”リッチへの追撃を止めよ! 闇の大精霊ナナトリ―ジュ!”

「可笑しいじゃない、どうして悉くアイツの言う通りになるのよッ!!!」

”小童の言葉を忘れたのか! お主の最後の仕事は見届けることだッ!!” 


 唇、噛みしめる。 

 情けない、最も大切な戦士であるあの子のことを何も知らなかった。

 

”貴様が生み出したのだ! あの化け物を! 一人の人間をエルフ共との戦争の道具に利用し、もはや生きる意志も失っておる哀れな英雄を! 心は晴れたか、闇の大精霊! だから儂は反対したのだ、人が大精霊としての格を得るなど言語道断!”


 南方への旅は求める死への巡礼。

 帝国に生まれた英雄はただ死ぬことのみを求めてしまった。

 ……。

 ……気付けなかった。。


 ”何と情けない! 大精霊が自らの行いを後悔するとは! 闇の大精霊! やはり貴様は人の子よ! 人の行く末見守る資格など微塵も感じられぬわ――!”


 ……ごめんなさい。



   ●   ●   ●


 

 彼は知っていた。

 アニメの中で三銃士が人里から去る直前に彼女と言葉を交わしていたことを。

 内容は不明。

 けれど闇の大精霊たる彼女は自分の夢が一人の青年の全てを奪ったことを知る。


「――もういいんじゃないかな。帝国は君がいなくても独り立ち出来る程に大きくなったよ」


 戦争は手元から消えた最愛の戦士への贖罪だったのかもしれない。

 自暴自棄ともいえる負の連鎖。


「人間は君が思うほど弱くないってことを教えてあげるよ。始まりが魔王の血を受け継ぐ全属性の魔法使い、ナナトリージュ・ゾーンダーク」


 人間の守護者として生きた彼女の生い立ちと望みまで、彼は全てを知っていた。


「君の役目は今日――終わる。未来を知った俺が――終わらせる」



   ●   ●   ●



 彼女の思考が一つのあり得ない空論に辿り着く。

 それは魔法の開祖を祖に持つ彼女だからこそ、到達出来た結論だった。


”闇の大精霊よ! 小童は揺れぬ心であの場に立っておる! この場に存在する誰よりも強き意思の力! お主が作り上げた哀れな英雄は己の終焉に相応しい強大な敵を得たのだ!” 


 北方を平和にする夢の過程で……何度も何度も思ったものだ。

 もしも未来が分かれば――これだけの苦労はしないのに。


”ふはははは! 今この時この瞬間において――我が魂込めし焔剣フランベルジュを振るうのは貴様こそが相応しい!!! 


 そんなこと、考えることすらおこがましいことなのに。

 だけど……だけど――。

 あいつのやっていることは――それ以外に考えられない。


”貴様は風の大精霊の力借り黒龍を落としてみせた! 儂と貴様ならあの化け物を――やれるはずだ!”

 

 古の魔王と呼ばれる魔法の開祖が行った奇跡の御業。


”だが嫉妬するでないシューヤ! 小童に力を貸すのがこれが最初で最後としよう!”


 戦乱著しい時代において国を建国し、その後幾度も名前を変え、今では南方の大国に数えられる魔道国家には彼女の名前が冠されていた。


”闇が生み出し戦士を我が焔が打ち砕く――これ以上の愉悦がありようかッ!!

 

 古の魔王。

 闇の大精霊である彼女の祖先。

 南方四大同盟が中核。

 アニメの中では偉大なるドストル帝国との戦争に最後まで反対していた魔導大国ミネルヴァ建国の母は――。


”高らかに唄え、杖入らずの魔法使いノーワンド・マスターよ”


 ――未来を見たと言われていた。


 流れ星一つ。

 視界の上澄みを流れゆく。


”闇を払うのは常に炎であると――この小娘に教えてやるのだッ!”


 春が過ぎ、夏が聊か、秋を忘れ、冬きたる。

 幾千の季節過ぎ去り、彼女の大精霊としての祈願も、終わりに近づいていた。

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