213豚 ――不敗神話の崩壊⑧

 いきなり核心を突かれたわけだけど動揺はしない。

 こういう時、幼い頃に受けたデニング公爵家での鍛錬が役に立つってもんだ。

 騎士国家ダリスを守護せし護国の家系。

 デニング公爵家の直系に生を受けた者はまず心と向き合う術を教えられるのだ。


「ぶひぃ」


 あぁー、でもそうか。

 ダリスに戻るってことは必然的に父上を筆頭とするデニングの親戚一同に会わないといけないってことじゃないか。距離感の近い兄妹だったり、礼節に煩い執事だったり、やけにきびきびとしたメイド達だったり、実力至上主義の騎士達だったり。

 今の俺はあいつらから一体、どんな扱いを受けるんだろう。


「何なのよその声! ふざけてないで答えなさい!」


 クルッシュ魔法学園に行く直前は冗談抜きに空気として扱われていた俺と、従者の中ではかなり可愛がられていた方のシャーロット。

 俺はまぁいいとして、俺と一緒にいなくなったシャーロットは皆から心配されているだろうなぁ。

 シャーロットはデニング公爵家で小さい頃から育ってるからか、家族同然のように可愛がってる人も多かったのだ。特に年配の執事達からはとっても受けが良かったように思う。養子にするなんて言ってた婆さんもいたし。


「答えなさいよ!」

「それよりもさ、闇の大精霊さん。こいつにヒールを描けた方がいいんじゃないかな。幾ら強靭な身体をしているといっても君が言ったように前例がないんだ。これからどんな不都合が身体に現れるか分かったもんじゃないぜ」


 三銃士の顔面は蒼白で、すぐにでも水の秘薬でもぶっかけた方がいいのは明らかだった。


「……そんなこと分かってるわよ。アンタに言われるまでもないわ」

「がん無視してた癖に」

「うるさいわね。黙りなさい」


 杖の先が俺から三銃士へゆっくりと移動する。

 最上位の魔法使いである闇の大精霊さんの癒しの魔法が男の身体を包み込む。

 六体のリッチを相手にしたってのにまだ余力がある様子。他にも火の大精霊に操られたシューヤによって攻撃を受けたって聞いたけど、そんな様子は微塵も感じられない。

 たった一言、格が違う。

 大精霊と呼ばれる存在が、人には及びのつかない領域で生きていることを再び実感する。

 だけど今――この場を掌握してるのは紛れもなく俺なんだ。


「それはそうと夢の話だったっけ?」

「そうよ! アンタがシャーロットに言ったんでしょ! その日からアンタは変わったってあの子は言ってたわ」

「夢なら毎日見てるなぁ、ぶひぶひ」

「ふざけないで、そんなことを聞いてるんじゃないの! アタシが何を言いたいか分かっている癖に冗談は言わないで!」

「どうせ俺が何を言っても闇の大精霊さんは納得しないでしょ。それより納得するような答えがお望みなのかな」

「いいわよ、アンタが答えないって言うのなら直接アンタの心を覗くって手段もあるわ」


 三銃士にヒールを掛けながら、小さな笑みを浮かべる闇の大精霊さん。

 その姿はまぁ、北方に生きる人間が見ればとってもとっても恐ろしい姿に思えるのかもしれないけれど――。


「出来もしないことをよくもまあ自身満々に言うもんだ。北方じゃ誰もが君の言葉に耳を傾けるかもしれないけどさ、もう俺には通用しないよ」

火の大精霊エルドレッドに出来ることがアタシに出来ないとでも思ってるのかしら」

「出来ないよ。だって闇の大精霊さん、君は」


 クルッシュ魔法学園で魔法使いになりたいと強く願う平民生徒と関わることで俺は知った。

 彼らは魔法使いは何でも出来るとんでも人間のように考えている。

 けれど魔法というものは平民である彼らが考えるほどに万能なものじゃないことを、一応は全属性の魔法使いエレメンタルマスター何て大層な名前で呼ばれている俺はよく知っているのだ。

 闇の魔法を極めた魔法使いなら洗脳に近いことは可能かもしれないが、闇の大精霊さんが言うように記憶を覗くなんて真似が出来るわけがない。

 火の大精霊は俺の記憶を見たと騒いでいたが、あれは特別だ。

 火の大精霊さんが人間に憑依し身体を操るタイプの大精霊だからだ。

 俺は焔剣フランベルジュの力を引き出すために一瞬、自分の身体を火の大精霊さんに明け渡した。

 その一瞬に火の大精霊さんはずっと知りたかった疑問。

 どうして俺のそばに――風の大精霊であるアイツがいるのかを調べたんだろう。


「俺と同じ只の魔法使いだからね」


 けれど、それだけ。

 もう俺は火の大精霊さんに身体を明け渡すなんて恐ろしい真似は二度としない。 

 力を失った焔剣は元の武骨な大剣に戻っているし、もう今までのように焔剣を通じてこちらの様子を伺うことも出来ない筈だ。

 今頃はシューヤの側で、水晶の中から文句を言っていることだろう。


「初めは闇の大精霊の名前にびびってたけどさ、もう恐くないよ。この荒野でリッチを相手にしていた時の魔法を見たけれど何てことは無い。闇の大精霊としての力は魔法使いとしての技をベースに上塗りされたもの、風や火の大精霊さんみたいな超常のもんじゃない」

「……生意気な口を利くじゃない」

「同じ土俵に立っている魔法使いが相手なら、何も怖くないからね」

「…………アタシが誰だか分かってるのかしら」

「人より少し魔法の才能があった女の子――――――違うかな?」


 不思議なもんで俺は今。

 闇の大精霊なんて言われ恐れられている彼女の気持ちが、手に取るように分かるのだった。

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