199豚 荒野に佇む全属性④
アリシアを振り払い、外の世界に向かおうとしている俺の目の前に降り立つ影。
ポタポタと真新しい赤い血が頬から垂れている。
へえ……やっぱり俺の見間違いじゃなかった。
砂嵐吹く中で、アリシアの隣にお前がいたように見えたんだ。
「一人で行かせると思うのか、ドラゴンスレイヤー」
「あ……どこに行ってたんですのギルドマスター! そういえば貴方がいたことをすっかり忘れてましたわ……。でもそうですわ! 人でなしのスロウにもっと言ってやって!
風と闇の二重魔法。
煩いアリシアの口と耳から一切の音を強制的に遮断する。
たぶん、これからの会話はあいつには聞かせられないと思うから。
南方冒険者本部ネメシスのギルドマスターが俺の前に立ち塞がる。
ギルドマスターの左手首に備わる黄金の腕輪を見て、俺は小さく息を飲んだ。
「便利だな、魔法というものは。いや、君だからこそ使えるのか全属性の魔法使い。けれどアリシア様に聞かれる心配がないのなら、こちらも本音で語るとしよう」
彼らには様々な呼び名がある。
「アレを見て
常に先頭に立ち、ダンジョンへ向かうことから、トップランナー。
「だが、違うのだな。あれを見て自分の考えがどれだけ甘かったのかを痛感したよ。
ダンジョンをたった一人で踏破する力を持つことから、ダンジョンキラー。
この二つが代表的なところか。
「この僕でさえ震えている。もはや逃げ場など荒野のどこにも存在しないことを理解してしまった。S級冒険者として戦い続けたこの手が武器を捨て、這い蹲ってでも逃げるべきだと叫んでいる。あの男に抗うことなど出来やしない、ただ蹂躙されるユニバースを見ることになるのならば、いっそのこと全部捨ててしまえと叫んでいる」
ギルドマスターの左腕に嵌められた黄金の腕輪が外される。
しかし誰が信じるだろうか。
あの装飾品が金属でなく、加工された植物の種だなんて。
「
「アリシア様にはとても伝えられないが、僕らの敗北は確定した」
冒険者ギルドが秘匿する大樹から産み落とされた
「―――けれど、こうも思うんだ」
大陸に存在する冒険者のトップには彼らしか扱えない専用武器が与えられる。
「今、僕の目の前にあの子がいる。デニングの伝説が、ダリスから忽然と姿を消したドラゴンスレイヤーが。この僕の人生を大きく変えたデニングの風がすぐそこにいる」
ギルドマスターは腕輪を取り外し、小声で何かを呟いた。
「
「君は僕のことを覚えてないだろうが―――僕らは一度、出会ったことがある。あの頃の僕は愚かで、この紅蓮の瞳に振り回されていた。世界は脆く、ダンジョンの蹂躙者として、己の欲のために力を振るった。ただ一人の、名も持たぬ年若き冒険者として、僕はデニング公爵領地に生まれたダンジョンに潜った」
S級冒険者と呼ばれる彼らに与えられた大いなる力。
「けれど、噂とは異なるダンジョンマスターが最奥で僕を待っていた。僕は騙された。嫌われていたんだろう、僕は迷惑なダンジョン中毒だったから。そこで寝ている男と何も変わらない、呪われた魔眼の力は僕に孤独に生きる術しか教えてくれなかった」
それは冒険者ギルドが秘匿しているC級ダンジョン『光の道』に存在する大樹から生み出される力。
「僕は助けられた。両翼の騎士によって、僕は助けられた。地上に出てみると君がいた。君はモンスターに襲われた領民を助け、地上に出ていたモンスターを駆逐していた。その時、僕は気付いたんだ。この呪われた力が何のために存在するのかを。それから僕は弱者のために力を振るい、冒険者ギルドのトップの一人に数えられるようになった」
ギルドマスターは黄金の腕輪に己の深紅に染まった鮮血を染み込ませる。
黄金と血が混ざりあい、形を成していく。
「
「―――ダリスの若き風よ、大陸に轟く君の評判。もし噂通りの君であれば、今回の報いを受けてもらおうと考えていたが―――君はあの赤毛の少年を助けた。どうやら本当にデニングの若き風はこの世界に舞い戻ったようだ。風の神童の帰還とはよく言ったもの、ダリスの民が熱狂しているのも納得出来るさ。王室が君に莫大な懸賞金を出したのも道理だろう。君がダリスの次期女王を守る
S級冒険者第三階位、レグラム・レングラム。
この世にたった一つ。
彼のために産み落とされた武器が生れ落ちる。
「それにしても君は恐れないのだな。
黄金の腕輪は色を変え、変化する。
彼の腕の中に重量感ある刃物が生まれ、再び形を変えてゆく。
芸術品と見間違う程に研ぎ澄まされた武器が無人の荒野に生れ落ちる。
「―――ならばこの僕も一人の武人として。
純銀に彩られるバトルアックスが闇の中で神秘に輝く。
「
優し気な外見からは想像も付かない大斧を掴み、ダンジョン都市の支配者は俺に向かって宣言する。
S級冒険者の紅蓮の瞳が真紅の光をたたえ―――
「
―――灼熱のように、揺れていた。
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