198豚 荒野に佇む全属性③
シルバに似せて作った魔法人形が粗方殲滅したばかりだというのに、モンスターは相も変わらず荒野の堅い地面から蘇ってくる。
しかも心なしか今までよりも早いペースで。恐らくあちら側、本丸の影響を受けているんだろうと予測をつけた。
とはいっても俺の目に映るのは雑魚ばかり。
少なくとも三銃士の傍にいるモンスターに比べれば月とスッポン。
ちょっとレベルの高い冒険者が数人いれば対処出来るようなモンスターの格。そもそもゾンビ系のモンスターは動きがのろまだし……今あの杖を持っているアリシアには何の問題も無いだろう。
「モンスターって言ってもあんなの大したことないだろ」
「たたたた、大したこと? ありえない、あり得ないですわ! あれが大したことってないって! ちょっと自分が魔法が得意だからって! 貴方には人を思いやる気持ちはないんですの! それにこ、こんなか弱い女の子をたった一人で! しかも婚約者だった私を置いていくなんて信じられませんわ!」
「一応お前は魔法使いだろ……それにあのなあ、その杖持ってる限り大丈夫だって。もうさっきの魔法は使えないけど、込められた魔力が切れない限り結界ぐらいはお前でも張れるからさ」
「だ、大丈夫って……な、な、な! やっぱりありえませんわ!」
アリシアはやっぱり怒りで震え出すのだった。
ほら。やっぱりこうなるんだよなあ。
アニメの中でもそうだけどちょっとしたことでシューヤと喧嘩になったり、へそを曲げたり、学園を飛び出したり。
少しは扱いやすい……ではなく、素直な俺の従者さんを見習ってほしいものである。
「ふ、ふふ……少しはマシななったかと思えば、やっぱり豚のスロウは豚のスロウ。最悪なところは何も変わってませんわね……、婚約者である私をこんな地獄に置いていくなんて……この人でなし。そう人でなしよ貴方は!」
「豚の次は人でなしかよ」
アリシアの言いたいことは十分に分かるが、どうしようもない。
俺が今から向かおうとしている場はここ以上の地獄。
ヨワヨワのアリシアをあんな場所に連れて行くわけにはいかなかった。
シャーロットのように風の大精霊さんが付いているなら話は別だけどさ。
「人でなしじゃなくたって何だっていうんですの! ちょっと痩せてかっこよくなったからって調子にのらないで! 人でなしのスロウぐらいの男の子ならサーキスタにも沢山いますわ! ほんとにっ、のぼせ上がらないで欲しいですわ!」
「んな! 別に調子に乗ってないっての! それを言うならお前だって! 学園に入学してばっかの頃、皆から可愛いお姫様扱いされて有頂天になってたのはどこのどいつだよ!」
シューヤ・マリオネットに登場する女の子はそりゃあもう可愛い子ばっかりで、主人公であるシューヤに視聴者が何でお前が! ちょっと変われとか嫉妬されるほどなのだ。
多分……俺が持ってる可愛さセンターにはガツーンと反応しないけど。
―――やっぱり一番は今、俺の目の前にいる女の子。
アリシア・ブラ・ディア・サーキスタなんだろう。
今は口を真一文字に結んで、大きくて猫みたいなつり目が真っすぐに俺を睨んでいる。
そんな姿はまるで生意気な子猫のよう。
けれどほんとは優しくて、勘違いされやすいだけの女の子。
そして俺の、元婚約者。
「私何も間違ったこと言ってませんわ! だってそうよ! あの杖があるからってさっきみたいな恐ろしいリッチが何体も現れた意味ないですわ! どこが人でなしじゃないって言うんですの!」
「リッチ? あいつらはもう現れないよ。宿主であるあいつが異常事態だから―――おい、服を掴むなって」
そう言ってアリシアは俺のぶかぶかの服を掴んだ。
涙が溜まっていた。
アリシアがぽろぽろと涙を流している。
ああ、分かっている。
俺はこいつに辛い思いをさせた。
婚約者として俺には大きな責任がある。
この場にとどまって守ってやりたい、せめて罪滅ぼしとしてそれぐらいは―――。
メインヒロインとしての輝きが俺を掴んで離さない。
―――いかんいかん。
俺は何とか我に返る。
こいつのメインヒロインとしての輝きオーラに捕まったら先に進めない。
「また! また私を置いていくんですわ! 豚のスロウは! いっつもそればっかり!」
「……あのなあ、ちょっとしたら戻ってくるってさっき言っただろ? 俺は向こうにやり残したことがあるんだよ」
「やり残したことって何なのよ! 私を守るより大事なことがあるって言うんですの!??」
情に流されてはいけない。
特に俺のように未来と結末を知っている者には許されないことだ。
未練を断ち切り、俺は心を鬼に捧げる。
「アリシア、お前に何て言われようと俺の心は変わらない。……あいつはリッチのどぎつい支配から一瞬逃れて、俺の言う通りにシューヤを見逃してくれた―――今度は俺が応える番だ」
無人の荒野に一人きり。
アニメの中で大活躍の火魔法師弟は意識を失い、お前を守る者は一人もいない。
けれど構わない。
どれだけ人でなしだと罵られようと、構わない。
「だけど約束するよ、戻ってくるって」
「……………………………………じゃあデートして」
「―――は?」
突拍子のない提案に俺はクラリと倒れそうになった。
「べ、べ、べ、別にそういう意味じゃないですわ! へ、変な勘違いとか絶対にやめて! ただ今までのこととか色々と話さないといけないことがありますし、そ、そうっ! これからのことも! 豚の、じゃなくていきなりクルッシュ魔法学園から逃げ出した人でなしのスロウは知らないと思いますけど、ほんとに色々と話さないといけないことがあるんですわっっ!」
こんな状況でよくそんなこと言えるなって具合にほとほと呆れたのだ。
ほんとに、全く…………。
「当然、シャーロットさんは抜きですわよ。もう私たちも小さい頃と違いますから…………」
何だよその潤んだ瞳と意味深なセリフ。
それにどうしてもう救われたみたいなノリなんだよ。どうしてそんな安心できんだよとツッコミたい。
まだいるぞ? モンスターそこら辺にうじゃうじゃいるぞ?
長引けば長引くほどこちらに不利になる最悪の状況ってこと分かってる?
はぁ。
アニメの中とはいえ、やっぱり正ヒロイン様には敵わないなあなんて思いながら、俺は深く考えもせずに頷いたのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます