197豚 荒野に佇む全属性②

 ずっしりとした質量を予感させる焔剣フランベルジュに手を掛けようとして、俺の名を呼ぶ声に振り返った。

 わなわなと震えたアリシアが俺を見ている。

 どちらから声を掛けるでもなく、僅かな時間だけど俺たちは見つめ合った。

 何て声を掛ければいいか思いつかなかったのだ。

 よく見ればアリシアの長い睫毛が濡れている、服はシューヤに負けず劣ろずボロボロで、身嗜みなんて言葉をどこかに置いてしまった薄汚れた野良猫のようで、少しだけ保護欲を駆り立てる。


「……ていうかさ。根本的な話に戻るんだけど、どうしてお前らがここにいるんだ?」


 ここは自由連邦の都市、ユニバース。

 数多のダンジョンを管理している冒険者の楽園、ダンジョン都市としても知られた曰くつきの街。こんなとこ冒険者か商人、それかごろつきぐらいしか訪れない。少なくともサーキスタの王族であるアリシアと、それに一応は男爵家、貴族であるシューヤが訪れる理由がわからない。

 それにアニメの中ではこんな時期に主人公ご一行が行っているシーンはなかった。今はまだ日常パート。とはいってもそんなシューヤ達の未来を変えたのは俺なんだけどさ。

 クルッシュ魔法学園は再建中だし。


「おい、お前それって……」


 そして、俺は目にとめた。

 アリシアの左腕に付けられた腕輪を。


「腕に付けてるの、冒険者に与えらえる腕輪か? 何でお前がそんなものを。まだ冒険者登録をしてるシューヤなら分かるけどさ。冒険者なんて仕事、お前が一番嫌いなやつだろ。もし魔法が使えるから手っ取り早く稼げるなんて思ってるなら、浅はかだぜ。冒険者はそんな甘い考えでやっていけるほど楽じゃない」


 形のいいはなをスンスンといわせながら、アリシアは何も言わずに俺を見ている。

 飴細工のように華奢な身体と細くて白い腕。

 とてもじゃないが冒険者としてこれ程似合わないやつもいないだろう。

 アリシアはごしごしと目を擦っている。

 きっと俺なんかに涙を見られるのが癪なんだろう。こいつは俺のことを嫌ってるから。まっ、真っ黒豚公爵によって自分の人生を滅茶苦茶にされた被害者なんだから仕方がないことだけど。


「色々と……あったんですわよ」

「色々って何だよ。そんだけで分かるか」

「べ、別に色々を貴方に説明する理由はありませんわ! 豚のスロウの癖に! ふんっ」


 アニメ版主人公とアニメ版メインヒロイン。

 アニメの中ではメインヒロインがぐいぐいと行動を起こして、主人公が引っ張られるっていう関係性。

 きっかけはアリシアの高価な持ち物をシャーやがうっかりで壊してしまったこと。莫大な借金返済のためにあいつはアリシアのパシリをして少しずつ借金を返済していく羽目になった。

 最初はいがみ合っていた二人だけど、色々な事件に巻き込まれていく内に大切な人として思うようになる。

 何て言ったってアニメの中ではシューヤとアリシアは恋人になる関係の二人だ。

 今の時点で二人の間に恋愛感情があったかは定かではないけれど、最終的には結ばれる二人のこと。

 確かに俺は未来を変えようとしているけれど、アニメ版主人公とメインヒロインの間にまで立ち入ろうなんて夢にも思っていない。

 二人は二人で幸せになればいい。


「ま。お前らの行動についてとやかく言うつもりはないけどさ」





 さてと、シューヤを何とか安全地帯まで連れてくることが出来た。


「じゃあアリシア。俺はあっちに戻るから、暫くここで待っててくれ」


 焔剣フランベルジュの持ち手によいしょっって手を掛けて、だけどそんな俺の行動を止めたのはアリシアだった。

 俺の言葉が理解出来ないといった様子で俺を見つめていた。

 ぽかーんとした顔。そんな姿、今までに見たことがなかったからちょっとだけ嬉しいと思ってしまったのは秘密だ。


「―――え? ち、ちょっと待って豚のスロウ。今貴方。ここで待っててくれって……私の聞き間違いでなければ、そう言いました?」

「そう言った。何か問題でもあるか?」

「ほ、本気で言ってるんですの? 問題あるかって大有りですわよ!」


 つかつかとこちらにやってくる。

 こんなに至近距離で見つめられたのは最後にアリシアがデニング公爵領地にやってきた十歳過ぎぐらいの時が最後だろうか。

 その頃の俺は家の人達から毎日怒られて、遊びに来たアリシアからも随分と心配されていた。どうして? 何があったの? どうして? と、そう聞かれるたびにこれがおれのほんとの姿。御菓子おいしいぶー何て言って、ふざけないでってアリシアを怒らせたもんだ。


「おいっ、何で俺の顎を掴むんだよ」

「あっちを見て!」

「見てるって!」

「こ! ん! な! 危! 険! な場所に私を置いていくって本気で言ってるんですの!?」

「分かったからこんな至近距離で大声で喋るなって」


 アリシアが指さす先では、こちらを赤い瞳で見つめる大勢のモンスターの姿。俺たちの隙を伺いながらじりじりと距離をつめ、今にも飛び掛かってきても可笑しくない。


「全然分かってない! いくら痩せても中身は全然変わってないダメな豚のままじゃない! いいこと豚のスロウ! よく聞きなさい! 私の名前はアリシア・ブラ・ディア・サーキスタ! 名前にサーキスタが入ってるの! つまり王族で! ……ッ、自分で言うのはあれですけど……これでもお姫様なのッ!」


 何だよ赤面しながら言う台詞じゃないだろそれ。

 思わず苦笑する。だってさ、可笑しいんだぜ。顔を真っ赤にさせて、恥ずかしいなら言わなきゃいいのに。ていうか自分で自分のことをお姫様なんて言う奴初めて見たぞ。シャーロットだってそんなこと言わないぞ。

 でもどこかほっとするこの気持ちに嘘はない。


「貴方はダリスの貴族で、しかも大貴族のデニング公爵家! いいこと!? デニングの力は国を守るためって昔、貴方のお父様はそう言ってましたわ! 私を守ることは貴方の国の繁栄に繋がるの!」


 だって、その言葉はお前らしいと思わず笑ってしまうような―――


「ええと、ええと。サーキスタはダリスの一番の同盟国で! しかも貴方は……ええと、私の昔の婚約者で! ああもうめんどくさいっ! この分からず屋! 何でわからないのよこの豚ッ! つまり貴方は私を守る義務があるってことッ! お分かり、豚のスロウッッ!」


 大人気アニメ「シューヤ・マリオネット」のメインヒロインに相応しい―――滅茶苦茶な暴論なのだから。

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