256豚 風のデニング公爵家②

 雷魔法によって、囚われの身となったカリーナ姫。

 アニメにも出てこなかった王女様は――俺からすれば本気の抵抗なんて一ミリもしていないことが丸わかり。

 雷魔法の手に捕まっていた時に見せた姿。

 怯える表情、震える手足、あれらは全て演技。彼女が魔法を使えば簡単に窮地を脱出出来たに違いないことが俺には分かる。

 しかし、彼女は頑なに魔法を使う気がないようであった。


「ねえ……そろそろ手の握力が無くなりそうなんだけど。おーい、聞いてる?」


 彼女は自分の力を意図的に隠していた。

 うーん、怖いなあ。あんまり関わったら厄介ごとに巻きこまれそうだなぁと思いつつ、時計塔の屋根に捕まっている彼女に近付く。

 あっちが擬態なら、こっちは打算だ。

 この後に訪れる王室や枢機卿とのやり取りの中で、カリーナ姫の情報が交渉のカードになるかもしれない。

 王室騎士らに邪魔されない王女様との会合はとても貴重な時間。

 だからこそ慎重に、丁寧に。俺を呼ぶその能天気な声に向かって歩く。


「どうしてそんなにゆっくり歩いてくるの? ……私、落ちそうなんだけど」


 屋根からぶら下がり、ジト目でこちらを見つめる王女様。

 彼女こそが騎士国家の聖なる光なわけだけど、ふわふわとした黄金の髪を持つ彼女は傾いた屋根から落ちないよう、必死に屋根に捕まっていた。

 あの情けない姿は演技なのか、それとも素なのか判断が難しい。

 本当に素の表情を見せたと確信出来るのは、彼女が屋根から足を滑らせた先ほどのあの一瞬だけだ。


「そろそろほんとに落ちるよ? 私が落ちたら大変なことになると思うなー」 


 この竜巻の中で、雷魔法の魔法を全て迎撃した激しい戦闘時。

 さすがの王女様も本気になった雷魔法と俺との魔法の打ち合いにびびって、じりじりと後退。すると傾斜の付いた屋根から足を滑らせ、俺の視界からも姿を消した。さすがの俺も肝が冷えたのだけど、しっかりと両手で屋根に捕まっていることを確認して一安心。

 仮に落ちたとしても、この竜巻は俺の意に即して動く特別製だ。彼女を優しく包み込むだろうから何の心配はないのだけど、当然王女様にはそんなこと分からない。

 足を滑らせた直後は恥も外聞もかなぐり捨てて、悲鳴を上げてこちらに助けを求めていたけれど、雷魔法との闘いの方が重要だったから暫く放置。

 すると彼女は声を潜め、屋根からちょっとだけ顔を出して俺達を観察。そして合間合間に、助けてーと声を上げていた。


「大丈夫ですか? この手に捕まってください」


 初めての出会いと同じく、二度目の再会もちょっとだけ特別なシチュエーション。

 あの時は彼女は血まみれで、生死の境を彷徨っていた。

 けれど今の王女様は見るからに元気。そんな彼女が屋根の端に両手を付けてぶら下がっている様はとってもシュールで――俺は一気に王女様を引っ張り上げる。

 屋根の上に立ち上がった彼女は赤くなった手のひらを俺に見せつけ、やっぱりどこか眠たげな眼差しで俺を睨みつけた。


「うー……大丈夫に見える? ほら見て、とっても手が赤い。ひりひりしてるよ」


「……もしかして、怒ってますか?」


「怒ってるよ、当たり前でしょ。私、まさかほったらかしにされるとは思わなかったもん」


 助けを求めていた彼女をほったらかして、雷魔法の相手をした。

 その事実が王女様にとってはえらく不満であったらしい。俺が王室騎士なら何があっても雷魔法より王女様の助けを優先するだろうが、あの時は雷魔法の魔力や体力を空にする方が重要だった。


「君はひどい人、心がずたずたにされた気分」


 だと、言うのに彼女は俺の手を離さない。

 暖かい手。この国の王女様の手。未来の女王になる、重責を担う彼女の手。普通の女の子にしか見えないけれど、大国の未来の女王陛下。

 そんな王女様は未だ茫然自失の雷魔法に目をやって。


「だけど、許す。全部、許すよ。私はね、今。とっても幸せな気分だから」


 そして、俺を見て微笑んだ。

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