255豚 風のデニング公爵家①

 台風の目。

 それは、雲のない空洞部分のことであるという。

 ならば今、俺たちがいるこの場所は荒れ狂う竜巻ハリケーンの目とでも言っておこうか。

 ごおごおと荒れ狂う風の世界。

 力強い竜巻ハリケーンが時計塔をすっぽりと覆い隠し、世界を外と内に分けている。これなら俺たちと同じく時計塔の屋根上、竜巻の内にいるカリーナ姫に当たることを恐れて――外にいるだろう王室騎士ロイヤルナイトも迂闊に魔法で手が出せないだろう。

 高い城壁に囲まれたダリス王都においても王城の次に高さを持つこの時計塔が決戦場に相応しいと思ったからこそ、俺たちは今、ここにいる。

 王女を助ける方法として、俺がこんな回りくどい手を選択した理由は二つ。


名無しの怪物パレ=ドール、道具の癖に反抗しよるとは……」


「爺さん。あんたが持っているそれは只の杖じゃなくて英雄の武器シェルフィード。冒険者ギルドが秘匿する世界樹から産み落とされた奴らの財産。迷宮ダンジョンの神秘、生きる金属を産み落とすあの世界樹を独占したからこそ、冒険者ギルドは有象無象の探索ギルドを押しのけて迷宮攻略を一手に独占する組織になったんだぜ」


 一つ目の理由。

 それは戦いの余波を出来るだけ王都ダリスに波及させないためだ。それこそ街中で所かまわず争えば、街並みへの被害は甚大になる。本気でカリーナ姫を奪取しようとする王室騎士ロイヤルナイト雷魔法エレクトリックが暴れれば王都ダリスは目も当てられない被害を受けただろう。王室騎士あいつらが王族を助けるために周りに配慮するとは思えないからな。

 だから、時計塔の屋根なんかが決戦の場としては相応しい。

 そのために、膝をついてぜえぜえと息を吐いている爺さんをここまで連れてくること、てかそれが一番難しいと考えていたんだけど……。

 ――意外と簡単に、雷魔法エレクトリックは俺の後を追ってきた。


「あんたが持つ英雄の武器シェルフィードは生きている。けれど、世界樹から神託を受けたのはあんたの祖先で、あんたじゃない――あんたはまだ英雄の武器シェルフィードが持つ力の半分も引き出せていない」


 この爺さん、エレクトリック・ペトワークスのことはよく知っている。

 アニメの中では帝国に組した魔導大国ミネルヴァの追放者。祖国を抜け、騎士国家で名誉を手に入れた兄、モロゾフ学園長に対する大きな劣等感を持つ男。そこら辺を刺激すれば激高すると思ったが予測は的中。その後、適当に挑発すればこいつは時計塔の屋上にまでカリーナ姫を抱えてついてきた。道中でちょっかいを出してくる王室騎士なんかは名無しの怪物パレ=ドールの力を使って雷魔法が楽々と排除。

 決戦場をこの場に移してからは、俺の独壇場だ。

 時計塔を囲むように竜巻ハリケーンを発生させ、世界を二分。

 この中で名無しの怪物パレ=ドールの力の副産物たる無詠唱の魔法を悉く相殺させ、雷魔法の体力を徹底的に体力をそぎ落とした。多少は戦いの余波が竜巻の外に出ていただろうけど、そこは枢機卿含めた王室騎士達がいるんだ。奴らが王都ダリスに影響が出ないよう何とかしてくれているだろう。


「何か………見落としておる……先の攻防……あれはまさしく……」


「無視かよ……ぶひぃ……」


 ここは養豚場じゃない。だからいまのは俺の声。

 …………今のところは何とか思っていた筋書き通り。さらに厄介な爺さんをしばらくは無力化出来そうな事実にほっとして、つい出てしまった心からの豚声だ。


「ぶひぶひ……」


 少しだけ余裕が出ると思考が横道に逸れる。

 店に置いてきたシャーロットとアリシアは無事に兵士達に保護されてるだろうかとか、シャーロットは王族であるアリシアとの待遇の格差に絶望したりしてないだろうか……ま、それはないか。シャーロットは庶民的感覚の持ち主だからな。


「――ねぇ!」


 あぁ、そうだそうだ。二つ目の理由。

 それは彼女を見て一つの疑問を感じたからだ。


「ねぇ君、ぶひぃじゃなくてさ!」


 精霊を映し出す俺の瞳。

 これは便利な力で相手の魔法使いが放ってくる魔法が予測出来たり、相手が何の魔法属性に適正を持っている魔法使いが大体分かるチート能力。だから俺は、敵が純粋な魔法使いであれば負けることは無いと勝手に思っている。

 しかし、この力は時に可笑しな事実を俺に教えてくれることもある。

 例えば今。

 屋根に必死にしがみついている例のあの子。今も光の精霊に纏わりつかれている彼女の姿を見れば、自然と導かれる一つの答え。

 恐らく彼女は――。


「私、落ちるって! こんな高い所から落ちたら私、死んじゃうよ‼」


 ――彼女の魔法使いとしての力量は、既に王室騎士ロイヤルナイトを超えている。

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