236豚 英雄の帰還 前編③
「随分となげえ地震だ! こりゃあ只事じゃねえぞ! 建物の外に出ろ、急げ!」
血相を変えて建物から飛び出してくる者たちの姿があちこちで見られ、彼らは平民や貴族の区別無く口々に何事かと声を荒げている。大層な混乱ぶりだ。
だがしっかりと手を繋いだ二人に恐れは無く、むしろ安心感さえ感じていた。走り出してから数分、徐々に息を切らしつつある彼らだけはこの振動が人為的なものであることを知っていた。
王都を守護せし
ちなみに二人が手を繋いでいるのに深い理由は無かった。ただ、流れに身を任せていると今のような状況になっただけの話である。
「聞こえました! 既に騎士達が王城より出立したとっ。後、マルディーニが激怒しているとかっ」
「激怒っ!? でもその声が聞こえるってのが王室の力ってやつなんですか!?」
「えぇ、私たち王室は王都にいる限り、
隣を走るふわふわとした金髪のお姫様にも少しばかりの安堵が見られる。これで何とか最悪の展開は避けられそうだと、少年もほっと胸を撫で下ろした。
「精霊の声っ、それはすごい! それにやっぱりこの世界には目には見えない精霊がいるんだ! 本当だったのですね!」
不測の事態が起きた時は即座に
王城の外へ出る前、綿密に約束事を決めていたことが功を奏した。先生は別れた後、即座に使用したのだろう。これで王室の危機は光の大精霊にまで伝わった。
もう既に鎮圧に向けて動き出しているだろう
騎士国家の誇る二大勢力。
「でもビジョン、私たちはどちらへ向かっているの! もう走れないわ!」
「この先へ僕が王都にいる間、働いていた店があります。店主とは顔なじみで、融通が利きます。この騒ぎが鎮圧されるか王室騎士が来るまで待ちましょう! 見てください殿下、あそこの人混みに紛れ裏道に出ましょう! さぁ、このまま僕に着いてきてください!」
繋がる右手から確かなぬくもりを感じながら、少年は一人物思う。
今でも時々見る
寝ぼけ眼で食堂に向かう途中、目を疑う光景を見た。凝視しながら、何度瞼を擦ったことか。途端に眠気が覚め、これは夢じゃないのかと頬をつねった。自分の周りにも似たようなことを行っている学生が多数いたことを覚えている。
……あのスロウ・デニングが走っている? こんな朝っぱらから?
「おぉい、押すな押すな!」
「向こうへ近寄るな! 魔法使い同士の派手な争いだ! 軍属の魔法使いを呼べぇ!」
そして、あの日から。
ビジョン・グレイトロードの日常は大きく変わることとなる。そもそも昔のままの少年であれば、姫様を連れ出すなんて大事をするわけが無かったのだ。
「魔法使い同士の争いはご法度だ! すぐに
「王都を預かる
そして最近になって考える。
自分は生涯、あの人が行なったような偉業を達成することはないだろう……が、近付くことぐらいなら出来る筈。というか、出来る。いや、やってみせる。
それこそが少年がカリーナ・リトル・ダリスのちょっとしたお願いごとを受け入れた理由であった。祖国の
けれど、最も強き思いは――ただ一つ。
窮地の中であるからこそ、理想に近づくための強き意思が必要だ。
人垣の向こう側に建物と建物の間にひっそりと佇む細い裏道が見えた。
あれは王都に慣れ親しんだ者でも迷う、迷宮への入り口だ。
「逃走を為し得れば確かに貴様は一段上の高みに上れるじゃろう。精霊が好む血の尊さは、困難を超えた先に存在する。生涯を精霊の探究に明け暮れた吾輩が言うのだから間違っておらん」
少年は警戒を続けていた。
恩師から託された姫を守るために、いざとなればこの身を楯にする覚悟さえ持っていた。
「目には見えぬが、精霊は確かにこの世界に存在しておるのだ。それなのに、そこの姫を連れる少年よ。精霊に愛された素晴らしき血を持つ
だが不意に背後から聞こえたしわがれた声と要領を得ない言葉の羅列。
「――貴様は目先の相手に囚われ、逃げる道を誤った。その道は行き止まりじゃ」
それは、絶望的に運が悪かったとでも言えばいいのか。
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