258豚 風のデニング公爵家④

 俺の探索費用全て。

 とんでもない額であった懸賞金もカリーナ姫の個人資産から出ていたとは。全く……王室ってのはどんだけの金持ちなんだよ……。でも、あれか。もしや俺に一部の請求を肩代わりさせようなんて魂胆があったりするのかな?

 でも無駄だぞ。俺は無一文だから。

 そこんとこどうなんですかカリーナ姫。

 ……ぶひ。

 しかし、たはーっと情けなさそうに笑う彼女を見ているとそれ程後悔しているようにも思えない。


「でも、お金はもういいんだ。わたしは君の秘密を知っちゃったから、これはこれは意味があったって思うことにする」


「……俺の秘密ですか?」


「うん。風の神童ハリケーンと呼ばれた君の代名詞、この魔法の本当の意味。分かっちゃったから」


 竜巻の外からはカリーナ姫の安否を確認する王室騎士達の叫びが聞こえ、俺の魔法を撃ち破ろうと時折攻撃が加えられているようだ。

 だけど無駄だ。

 今もなおぐるぐると回り続ける俺の十八番おはこは外部からの干渉を拒絶する。

 この魔法こそが、俺が風の神童ハリケーンなんて呼ばれるようになった所以。

 そう呼ばれるようになったきっかえは、些細なことの積み重ねだったように思う。各地で伝染病をもたらした感染源の根絶や危険人物から住民を守るため、さらに戦いの余波を周囲に撒き散らさないため。竜巻が様々な用途に使え、一番便利な魔法だったから。


「俺達公爵家の人間は時に人外の相手と戦う時もあります。だから周りに被害が出ないように――」


「スロウ君。それはウソだ」


 だけど彼女は未だ唸り続ける風を見て、違うと一刀両断。


「事実です」


「違うね、これは君自身を守るための魔法だ。君の秘密を覆い隠すために、昔の君は――こんな大袈裟な魔法に頼らざるを得なかったんだ」


「……まさか」


 彼女は唇に人差し指を当てて、悪戯っぽく笑ってみせる。


名無しの武器パレ=ドールを相手に君は互角以上に渡り合った。魔法しか見てなかったお爺さんはまだ理解出来ていないようだけど、君の様子を観察すればよく分かった。信じられないことだけど、君は無詠唱の魔法使いノーワンド・マスターだ」


 内心の動揺とは裏腹に、俺の十八番は回り続ける。


「あの杖の正体まで気付いていましたか。姫殿下は……随分と博学なのですね」


 俺はどこかで引き籠り姫と呼ばれる彼女のことを侮っていたんだろう。

 だけど、まだだ。

 ここまでは想定内。彼女に見られるのは覚悟の上だった。

 担い手に無詠唱の力ノーワンドを与える杖を持った雷魔法を打ち倒すにはこの力に頼らざるを得なかった。

 けれどまだだ。

 まだ焦る時間じゃないぶひ。

 とか思いながら、実はかなり焦ってる俺だけど動揺を悟られずに彼女の言葉を待つ。

 一体、彼女は何を思うだろうか。

 これはカリーナ姫の人柄を知るチャンスでもあるのだ。


「だからこそ、君は私の――になるべき」


「え」


 宣託はいつだって、突然だ。

 ここは騎士の国。

 たった一人の女王を頂点に、その下に数多くの貴族がひざまづく騎士国家。 


「お母様は、私の守護騎士には私に忠実な者を選べと言う」


 ここは騎士の国。

 北方一帯を統べる超大国に対抗するため、南方四大国の間に結ばれた同盟関係。

 四大同盟の盟主で在り続けんとする野心を持った大国ダリス。


「騎士国家の三英雄。例えば王室騎士団長、ヨハネ・マルディーニは私の守護騎士には騎士国家に忠実な者が相応しいと言う。例えばお母様の守護騎士、ルドルフ・ドルフルーイは私の守護騎士には何よりも強き者を選べと言う。例えば騎士国家に忠誠を誓った指導者モロゾフ・ペトワークスは私の守護騎士には騎士の模範となる者を選ぶべきだと言う。でも、私はあの人達とは考えが違う」


 ここは騎士の国。

 ダリス王室を守護せし白マントの騎士達が国の象徴で。

 そんな王室騎士団の中でも至高の存在を守護騎士と呼ぶ騎士国家。


「私が求める者は、この国のためでなく世界のために動ける者」


 次代守護騎士を選ぶ守護騎士選定試練ガーディアンセリオンはあのドストル帝国でさえ注目する程で。女王陛下より至高の誉れを授けられた騎士は、あの三日月の騎士ルドルフ・ドルフルーイのように、南方のみならず大陸全土にその名前を轟かせるだろう。

 

「私の傍になんかいる必要もないし、必要とあらば戦地に派遣する。どちらかと言えば、私は王室騎士団を過剰戦力と批判する公爵家寄りの考え。だから、公爵家の君は都合が良い」


 そして、今。

 俺の前にいるのは騎士国家の次代女王。

 守護騎士への任命権も持った彼女は、噂とは異なる聡明な姿でそこにいる。

 それはまるで、真っ暗豚公爵と呼ばれた俺の真実とよく似ていて。


「それにスロウ君。君の秘密は、君一人が抱えるには大きすぎる問題だから」


 訂正しよう。

 さっきの思いは間違っていた。

 カリーナ・リトル・ダリスという次代女王陛下は――。


「私の守護騎士ガーディアンになれば、私が君を守ってあげる」

 

 出来る限りだけど、と付け加える様は少し自信なさげだけど、黄金の髪と相まって非常に神々しく見えて。 

 彼女は――まさに俺が思う理想のお姫様この国の未来の姿をしていた。

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