172豚 炎の戦闘人形【② sideシューヤ】
ダンジョン都市の前面に広がる荒野は真っ暗でどこか寂しげ。
夜の時間帯に荒地のダンジョンに向かう時はお祭りによくある幽霊屋敷へ挑むような心境に晒される。
けれどそんないつもの荒野への入り口は、大勢の冒険者によって閉ざされていた。
「シューヤ……。これって一体、どういうことですの……? どうしてこの人たちはこんな場所に留まってるのかしら」
「わかんねえ……」
俺は答えることが出来ず、辺りを見渡す。
視界一杯に広がる暗闇を前にして、大勢の冒険者達が立ち往生しているんだ。
中には息をすることを忘れるかのように硬直している人もいる。
さっきまではあれだけ熱狂していたというのに、今俺の目に映っている冒険者達にはその熱はどこにもみられない。
俺の心にざわざわと戸惑いが広がっていく。
「アリシア様。単純なことよ。こいつらが動かない理由、いえ、動けない理由がこの先にある、それだけの話」
「理由? でもさっきまではあんなに……」
「伝説にも思われていた魔王の墓がドラゴンスレイヤーの出現によってあっさりと暴かれた。そこを冒険者が横取りなんて、そんな都合の良い話はないと思っていたわ。この感じだと結構なナニカが現れたわね。もしかしたら赤毛君。貴方が言っていた新ダンジョンの件、当たりかもしれないわよ」
「……リンカーンさん、多分新ダンジョンじゃないです、もっとおぞましい何かが……この先にいます」
「どうして分かるの?」
「えっと。俺の水晶がそう言ってます。やばいって。あ。やばいっていうのは俺の意訳ですけど」
「水晶って……貴方がずっと大事に抱えているそれ?」
「リンカーン。シューヤが持ってる水晶のことは無視していいですわ。こいつ、病気なんですの。学校でも肌身離さず身に付けてる水晶オタクで、学校では豚のスロウに負けないくらい変人扱いされてましたから」
「ちょ」
俺は震えた。
病気って何だよ。
アリシアまで俺のことをそんな風に思ってたのかよ。
でもまあいいんだ。
俺とこの水晶はもう十年以上一緒にいるし、そんな風に言われるのだって千回を軽く変えている。
……。
いや、うそだ。うそです。
あの豚公職と同列扱いはショックだった。
ひどすぎる。
さすがに俺の方がまともだよって声を大きくして言いたかった。
「……散々なこと言われてるけど、あんまり気にしてないのね赤毛君」
「ええまあ。慣れてますから」
けれど、俺は気にしない。
気にしたってしょうがない。
俺にとってこの水晶は自分の命と同じぐらい大事なものなのだ。
この水晶が俺にしてくれたことを思えば、変人扱いぐらいどうってことない。
「何だか複雑な事情がありそうだけど……行きましょうか。どちらにせよこいつらの向こう側に行けば、答えは簡単に分かる筈よ」
● ● ●
俺たちは冒険者の一団を掻き分けるようにして進むリンカーンさんの後ろについていく。
とんでもない人数で、やっぱり街中の冒険者が集まっていると考えてよさそうだ。
俺は途中でどうしてこの場に留まっているのか彼らに聞こうとしたが、止められた。リンカーンさんは答えの正体を自分の目で確かめたいらしい。
けれど、俺にはうすぼんやりとだが予想がついていた。
荒野に近づくにつれて、再び聞こえるようになった水晶の声が理由だ。
忠告はしただの、近づくな等、じゃあはっきりとその理由を言ってくれと思ったが、具体的な理由を水晶は言うつもりはないらしい。
自分でも可笑しいと思うけど、この関係に慣れてしまった今ではこれが俺の日常なのだ。
「アリシア様。離れないでね」
「わ、分かってますわよ」
「……なぁ、アリシア。俺って学園で豚公爵と同じぐらい変人扱いされてたの? 冗談だろ?」
「……」
「なぁ。冗談だろ?」
「シューヤ! うるさい! 行きますわよ!」
「……冗談だろ?」
掻き分ける度に冒険者達の装備が整っていく気がした。強さに比例していくように、好戦的な者が前方に終結しているようだった。
そういえば街の方へ逃げ帰っていたのはF級やE級の冒険者達が大半だった気がする。
「そこにいるのは
立派な装備に身を包んだ冒険者がリンカーンさんに話しかけた。
青色の腕輪を身につけている、それは熟練のB級冒険者の証だった。
「ギリス。貴方まで震えちゃって……魔王でも現れた?」
「より悪い。魔王の方がまだ良かったと言えるかもしれん」
「へぇ……?」
「俺の口からはとても言えないが……あそこにギルドマスターがいる。直接聞け」
ベテランの域に達した冒険者は人垣の向こう、ある一点を指差し―――俺は気づいた。
ドクンと心臓が一拍、鳴った。
足が一本の棒のように固まってしまった。
思わず水晶を落としそうになり、抗議の声がどこからか聞こえた。
後のことを考えれば不謹慎かもしれないが、その時の俺の心境は有名人に会ったかのような気分だった。
「う、嘘でしょ……? あの人が最前線に立っているってことは―――本気の証じゃない、ギリス。一体、何があったの」
「本人に聞け、
リンカーンさんが冒険者の集団から抜け出すのを俺はただ、見ていた。
つまり、俺の心は一瞬にして舞い上がったのだ。
「シューヤ、何突っ立ってるんですの」
「なあアリシア……もしかして、あの人が―――」
そういえば昔、こんな気持ちになったことがある。
今よりもずっと幼い頃の話だ。
白い外套の
俺の視線の先にいる彼の姿はまるで俺たちを守っているかのようで。
暗い荒野に一人立ち、たった一人で背後のダンジョン都市を背負っているかのようにも思えてしまう。
「ッ! シュー……! ―――」
あの人の最も有名な功績は小国ヴァインを襲った吸血鬼との局地戦に違いない。
一匹一匹がA級にカテゴライズされる強力なモンスター。人間の血と暗闇を好む吸血鬼が数匹の
他にもドストル帝国十字軍の執拗な追跡により南方に下り、巨大なダンジョンの地下にアジトを作っていたリミット盗賊団の捕縛や、ミネルヴァ地方都市の街中と運悪く繋がってしまったA級ダンジョンのダンジョンコアを一人で破壊したって噂もある。
「シューヤ! 置いていきますわよ!」
十一の初陣にて突発的に生まれたD級ダンジョンのダンジョンコアを持ち帰ったことにより冒険者ギルドの話題をさらい、十代前半にてA級冒険者に昇格。二十代手前にして困難を極める試練を達成しS級冒険者に到達。その後は自由連邦辺境の町エウロスのギルドマスターに立候補。冒険者のためのギルドを掲げ、ギルドが溜め込んでいた魔道具の有償提供や実力に合わせたクエストの発注。現役冒険者からの圧倒的な支持を受け、瞬く間に南方冒険者本部ネメシスのトップにまで登り詰めた革命家。
「本物だ……本物の―――
「―――困るなあ
君には名誉挽回のチャンスを、アリシア様の護衛を任せた筈だろう?」
漆黒の眼帯で左目を覆い隠した、一見すると柔和な青年にしか見えないギルドマスターはそう言って俺達に困ったような顔を見せるのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます