173豚 炎の戦闘人形【③ sideシューヤ】
「
「―――横槍が入ったのですね、ミネルヴァの茜蜘蛛より先に。そして乱入者は貴方が最前線に立たないといけない程の相手」
「うん、やっぱり僕の話を聞く気はないようだね……けれどダンジョン中毒に陥っていない時の君の聡明さは好きだよ
「レングラム様。敵は何処に」
「……さて、どうすべきか。これでも僕は君と同じように一人でこそ力を発揮出来るタイプの冒険者だ。高位の冒険者達を皆、僕の後ろに下がらせたのはそれが理由さ。でも
「―――ねぇ。何でこんな場所に待機してるんですの?」
嘘だろアリシア、お前は何て恐れ多いやつなんだ。
てくてくと二人の元へ歩いて行ったアリシアがギルドマスターと高位冒険者であるリンカーンさんの会話に割って入った。
この世界にたった6人しかいないS級冒険者を前にして臆している様子もない、E級冒険者のちびっ子の姿は余りにも威風堂々としていた。
ギルドマスターは堂々としたアリシアを見て、やはり困った顔を見せる。
「アリシア様。勇気がありすぎるというのも困ります……貴方の身に何かあったら僕が困ると何度も伝えたではないですか」
「貴方が困ったところで私には何の関係もありませんわ」
暴君かよ。
「はぁ……貴女まで僕の話を全く聞こうとしない、相変わらず困ったお方だ。それじゃあ
「戻る気はありませんわ、この先に豚のスロウがいるって分かりましたから。私、あいつに一言言ってやりたいことがありますから」
「……ぶ、豚のすろう? それはアリシア様。魔王のことですか? ……あ、そうか、彼のことですね。ドラゴンスレイヤーでありながらダリスの大貴族。風鬼とまで称えられるデニング公爵家の三男坊、スロウ・デニングは冒険者ギルドの総力を持ってしても見つけることが出来ませんでした」
「仕方ありませんわ。あいつ、隠れるとか逃げるとか。そういうの昔からとっても得意でしたから」
「そっか。アリシア様、貴女はデニング公爵家と深い繋がりを持っている。そのためにドラゴンスレイヤーのことはよく知っているようですね」
「ええ。嫌っていうぐらい知ってますわ。あいつが二人の騎士を引き連れて風の神童と呼ばれていた時のことも、そこから堕ちた豚って呼ばれるようになってからも」
「……正直言ってスロウ・デニングの過去、そして現在には非常に興味があります。実は僕も風の神童時代の彼と一度出会ったことがあるんですよ。その頃の僕は力に溺れた冒険者で、若かった。苦々しい思い出です」
「えっ、あの時の豚のスロウと戦ったんですの?」
「いいえ、風の神童とは戦うことすら出来ませんでした。阻まれたんですよ、彼の騎士達に。二対一でしたが、生涯唯一の完敗でした。嫌ってぐらい叩きのめされましたよ。あれ以来、騎士ってやつは苦手です」
この場にそぐわない世間話をアリシアとギルドマスターは繰り広げていた。
俺の周りではおっさん冒険者達があの小娘は何者だ? ドラゴンスレイヤーの知り合いか? 何て声があちこちから聞こえてくる。だけど、さすがにアリシアがサーキスタの王族であることは誰も想像すらしてないようだった。
「クラウドさんとシルバさんですわね」
「ああ、そうだ思い出した。そんな名前でした彼らは。クラウドとシルバ、本当に懐かしい名前だ。出来ることならまた彼の騎士達と再戦したい。あの頃の僕とは違うと彼らに伝えたい。アリシア様、スロウ・デニングと親しいなら僕の我儘に協力してくれませんか?」
「自然とその願いは叶いますわよ、ギルドマスター」
「へえ、そうなんですか?」
そう言って、ギルドマスターは昔のことを思い出したのか自嘲気味に笑った。
その姿はほんとにそこらへんにいる気の良いお兄さん以外に見える。
だけど、その正体はS級冒険者。
一国の王族並みの権力と権威を持つ
ダリスでも冒険者ギルドに大金を払い、ダンジョン討伐やダンジョンから這い出るモンスターの除去をクエストとして依頼することは当たり前のこととなっている。
もはや冒険者ギルドは大陸中に根を張る一つの国家と言ってもいいかもしれない。
「豚のスロウは帰ってきましたわ。どうして豚になっていたのかは知りませんけど、今のあいつは昔のスロウ・デニング。風の神童は帰還したと断言しますわ。ならば遅かれ早かれ、あいつの元に嘗ての二人の騎士は帰ってきます。あいつの伝説はクラウドさんとシルバさんがいなければ成し得なかったものばかりですから」
感慨深げにアリシアは言う。
「だからこそ、豚のスロウはダリスに戻らないといけないんですわ。風の神童は再びダリスに舞い戻り、大きな力を示したからこそあいつは巻き込まれる。デニング公爵家が抱える問題が蒸し返され、ダリス王室との関係も複雑なものになる、当然サーキスタとの同盟を軸にした婚約問題も蒸し返されるに……決まってますわ……」
そう、そうなのだ。
豚公爵は帰ってきた。
風の神童スロウ・デニングが再びダリスに戻ってきた。
デニング公爵家次期当主の問題も、ダリス王室が弱体化している問題も、同盟国サーキスタとの問題も、スロウ・デニングが帰還したことによって全てが大きく変わってくる。
あいつがただの貴族であればまだよかった。
あいつがただの男爵家の跡取り息子であれば、まだよかった。
けれどあいつはダリス一の大貴族。
風のデニング公爵家三男にして、嘗てはデニング公爵家次期当主になることを約束された神童だ。
あいつを取り巻く諸般の事情は、正直言って同情したくなるほどに複雑なんだ……。
……あ。
俺は気付いた。
あいつがダリスから逃げ出した理由って……もしかして―――。
「ギルドマスター。豚のスロウのことは置いといて、何があったんですの? これだけの大所帯でダンジョンに向かわない理由が知りたいですわ。まさか今更怖気づいたなんて話ではないですわよね?」」
「怖気づいた? そんなまさか、ですがアリシア様。聞いてしまったら最後、後悔しますよ」
「この先に豚のスロウがいる。ならば私は行きますわ。これでも私は嘗てのあいつの婚約者。聞きたいことや話したいことが山ほどありますし、だからこそ退くつもりは毛頭ありませんわ」
「恋ですね、アリシア様。貴方にそこまで思われるなんて、ドラゴンスレイヤーは幸せ者だ」
「ええ、これでも私あいつに十年近く片思いしてますから。だからこそ、ギルドマスター」
俺たちは呑まれていた。
王族であるアリシアがギルドマスターを圧倒している。
それに、俺はちょっと感動していた。
アリシアが認めた。
あの頑固者が遂に認めた。
自分はあのスロウ・デニングに恋をしていると。
「この私。
アリシア・ブラ・ディア・サーキスタの道を阻むものは、許しませんわ」
クルッシュ魔法学園ではアリシアは豚公爵を影から見ているだけ。
俺が何を言ってもあいつは絶対に認めなかった。
自分から行動を起こすことは無かったあいつが遂に覚悟を決めた。
『アリシア。お前、どうしてクルッシュ魔法学園に留学してきたんだ?
サーキスタにも貴族御用達の魔法学園はあるんだろ? 特にお前は王族なんだし、わざわざダリスの―――』
『シューヤ。私はね、確かめたいの―――』
俺の拳に灼熱の熱が宿る。
『―――どうして、あいつが変わってしまったのか……知りたいの』
アリシアの進む道の先に何があろうと―――この俺がぶっ飛ばしてやる。
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