174豚 炎の戦闘人形【④ sideシューヤ】

「いいぞお嬢ちゃん!! そうさ! 何も恐れるこたあねえ!」

「ヒュー! 俺も若い頃はなあ! 愛に殉じたってもんだ! 結果はひでえことになったが、後悔はねえよ! 後悔はねえ! その心意気が大事なんだ!」


 口々に囃し立てる声が葬式状態だった雰囲気を和らげていく。

 冒険者になる人たちなんてがさつで思いやりの無い奴らが大半だ。楽しめる材料があれば、どんな状況だって全力で楽しむことを忘れない。それこそが優れた冒険者の資質であり、ロマンの先に高位冒険者への扉が繋がっていると聞いたことがある。


「ギルドマスター! 俺たちは後悔しない! 進もうぜ!」

「そうさ進もう! 例えが相手でも俺たちは冒険者だ! 嘗て冒険は命と隣り合わせ危険な生業だった! それが最近はどうだ! 管理されたダンジョンで俺たちは安全な冒険を楽しむようになっちまった!」

「嬢ちゃんとあのドラゴンスレイヤーを会わせてやろう! それで死んだって悔いはねえ! に一泡吹かせてやろうっははは!!!」


 勢い余って恥ずかしい台詞を口走ってしまったアリシアは顔を真っ赤にさせてプルプルと震えていた。そんなアリシアを見て冒険者達はどこまでも余計に盛り上がっていく。

 かくいう俺もその内の一人だ。

 友人がようやく決心したんだ、ならばその背中をどこまでも押してやりたい。

 これは決して悪乗りってヤツじゃないぞ。


「適わないなあ王族の方々には……もしかするとこれがカリスマって奴なのかもしれませんね」


 ギルドマスターは態度を豹変させた俺たちを見て、やはりため息を漏らしていた。


「ネメシスのギルドマスターに任命されたあの頃と比べれば、あなた方王族の対応や説得に慣れたと思っていたんですが……仕方ないな、アリシア様は事情を説明しないと退いてはくれないご様子だ。ですが約束して下さい。理解すれば街に戻ると」

「確約はしませんが、善処はしますわ」

「……本当に困ったお方だ。けれど事実を知り、なおこの場にいられるのなら貴方の思いは本物です。誇ってもいい」


 ギルドマスターは肩をすくめ、再び前方の暗闇に向き直った。

 アリシアの固い決意を知った今では、無理やり街に返させることは不可能だと諦めたようだった。


 あいつは頑固だ。

 一度決めたら決してやめない意固地な一面を持っている。

 クルッシュ魔法学園でもそんなアリシアの性格によって引き起こされた悲惨な事件が幾つあったか分からない。


「さて、アリシア様。それでは質問への答え合わせといきますか」

「待ちくたびれました。ここが王宮ならとっくに外に摘み出されてますわよ貴方」

「はは、これは手厳しい。さて、それではどうして僕たちがこんな荒野の入り口で雁首揃えて突っ立っているかといいますと……至極単純の話です。ダンジョンに向かうなと脅されているんですよ、僕たちは」

「……脅されている?」

「ええ、そうです。アリシア様、あそこにいる黒髪の小さな少女が見えますか?」


 ギルドマスターはさっと前方の闇を指さした。

 俺も目を凝らす。

 見渡す限りの闇、闇、黒、岩肌、たまにモンスターの叫び声。

 それ以外の何もない。

 だけど、俺たちより先にいるアリシアにはギルドマスターの言う黒髪の少女という存在が見えたようだった。


「ええ、あの子が何か? ……それにしても生意気そうな子ですわね。さっきからこっちを睨んでいますわ、私を誰だと思ってんですのあの子……」

「……信じられないかもしれませんが、彼女達が僕たちを足止めしているんですよ。ダンジョン都市の総力、一国の大部隊にも及ぶ数千人もの冒険者を」

「…………冗談を聞いている暇はありませんわ」

「冗談であればどれ程良かったことか」

「……事実ですの?」

「ええ、ちなみにあの少女が昼間にドラゴンスレイヤーからの使いを名乗り、僕を襲った襲撃者です」


 その言葉に何かを感じ取ったのかアリシアが一歩下がった。

 同時に俺もギルドマスターが言うその姿をやっと捉えた。

 呑み込まれそうな暗闇の中で、俺やアリシアよりも数歳年が小さいだろう長い黒髪の子が立っていた。よく目を凝らさなければ気付かなかったぐらいにその子は黒に溶け込んでいた。

 精巧な人形のように無表情で、確かにアリシアが言うとおり一筋縄ではいかなそうな気の強さを瞳にたたえ、こちらを睨んでいた。


「あの少女を見くびらないで下さい。人は見かけによらないといいますが、あの少女は相当な魔法使いです。正直言って今までに僕が出会ったどの魔法使いよりも魔法の扱いに長けている」

「……ギルドマスター。シューヤの話では貴方は冒険者ギルドの中でも五本の指に入る実力者だって聞きましたわ。それに高位冒険者だって相当な―――」

「―――ここからではよく見えないかもしれませんが、彼女の背後をよく見てください。あれは全てあの少女の仕業です」

「あの子の背後? …………ッ!! あれって……」

「見えましたか? 何人もの者たちが倒れているか分かりましたか? あれはダンジョンに向かって先陣を切っていた冒険者の三つのパーティです。彼らは相当な実力者の集まりでしたが荒野の入り口に差し掛かった時……ああなりました。目撃者は多数おり、何らかの闇の魔法が彼らを包み込んだ途端、瞬時に意識を失い倒れたと証言しています。そして証言した者達は逃げ出しました、あの少女は悪魔だと言ってね」

「……信じられませんわ」


 アリシアの戸惑いに、俺は全く同意見だと冒険者の一団の中で一人頷く。

 C級冒険者である俺なんて、王族であるアリシアや高位冒険者の皆さん、そして滅茶苦茶やばそうな闇の魔法使いの女の子といった重要人物達が集まる場ではモブキャラ以外の何者でもないのだった。

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