225豚 今度は君と

「今日はあの方々、いつにましてうるさいですわね。働いてない癖に」

「再建が順調すぎて仕事がないんだよ。もう終わりの終わり、最後の調整に入ってる段階だからな……もぐもぐ」


 会話に華が咲く。

 俺とシャーロットだけの食事は基本静かに進行するが、アリシアがいると空間が一気に華やかなものになる。

 お喋り好きのアリシア、それだけじゃなくこいつの王族としての振る舞いがそうさせるのだろうか? 

 うーん、高貴さなら俺も負けていないつもりなんだけどな、だって公爵家の人間だったし。デブだけど。


「じゃあ森の中を警備でもすればいいのに」

「訓練を受けてない民間人が入れば危険だろ。魔法使いと一緒にするなよ」

 

 もぐもぐとパンを頬張っているアリシアを頭の先から爪先まで眺めてみる。

 ……もうお風呂に入ってきたらしく特に化粧もしていない。けれど、触れたら壊れてしまうかのようなきめ細かい肌に上気して僅かに赤くなった頬、華奢な身体にちょっぴり生意気そうな大きな瞳が時折俺を見つめている。

 悔しいが……こいつ、可愛すぎだろ。

 素材は一級品どころじゃない、特一級品だ。

 さすが、この学園で外見だけなら一番可愛いと評されるだけのことはある。

 そのままついつい見惚れそうになる。

 いかんいかん、アリシアに見惚れるとかあっちゃいけないだろ。俺はシャーロット派なんだよ。

 そんなアリシアは俺の考えを知ってか知らずか、小柄な体にぐいぐいとご飯を詰め込んでいく。平民が食べるようないわゆる雑な料理はアリシアの好みにあったらしい。


「……それもそうですわね。そういえば豚のスロウ、平民を集めて何してるんですの?」

「別に。ちょっとしたイベントだよ。あとアリシア、俺のことを豚、豚言うのは止めろよ。俺は英雄だぞ、ちょっとは敬意を持て、敬意を」


 基本的に俺たちが食べる食事は平民が届けてくれている。

 もう俺たちが男子寮に住んでいることは彼らに知られているし、再建に大きな貢献しているからと毎回様々な試行を凝らした料理を届けてくれるのだ。

 さらにその量は日増しに増えている、きっと俺がデブだから沢山食べると思われているんだろう、間違ってはいない。

 もっとも、四階のこの部屋の住人が実はあのスロウ・デニングだとは夢にも思っていないようだけど。


「……はぁ? ちょっとそれ私が食べようとしてたやつですわ」

「俺がずっと狙ってたやつでもあるから。シャーロット、口元にソースが付いてるよ」


 まぁ、アリシアが沢山食べるとはいってもいつもの食事量に比べればってだけの話。

 今日はいつにも増して山盛りだから結局は俺が殆ど食べる羽目になっているのだけどね……。また太っちゃうよ、いやあ困るなあぶひぶひ。


「――はっ。す、すみません。ぼーっとしてました……」


 シャーロットは何やら考え事をしているようで食事が全く進んでいない。

 それにどこか浮かない顔だ、シャーロットにしては珍しい。

 一体、どうしたんだろう。

 森の中のオークさんと壮絶なバトルでもしたんだろうか。


「シャーロット。寝不足みたいだから今日は早く寝たほうがいいよ」

「分かりました……」


 やっぱり浮かない顔だ。

 そんなシャーロットの様子をちょっとだけ心配に思いながらも、俺は食事が終わるとすぐさま部屋を出て学園の大浴場に向かうのだった。

 クルッシュ魔法学園には貴族専用の立派な大浴場があるが、今は生徒がいないために使われていない。だから平民用の浴場を使うのだが、これがまた意外と悪くない。貴族用と比べたら手狭だが、銭湯みたいな感じでホッとする。

 熱い湯の中で俺はぶひぃーーと声を漏らしながらぶくぶくと顔半分を沈めていく。そしてシャーロットは光の魔法使いとしてどうなんだろうな~とか、闇の大精霊さん何してんだろ~とか、風の大精霊って実際役に立たね~よな~とか。

 お風呂の時間は考えの整理にはもってこいなのであった。

 けれど長居も禁物だ。

 一日の疲れを洗い落とすと、そそくさと男子寮への道をスキップで戻る。火照った身体に当たる風が気持ちいい。

 それにしてもシャーロットの様子が食卓ではおかしかった。最近は顔を合わすことも少なかったからここらで二人っきりの時間を取ってもいいかもしれない。

 あーでもアリシアがいるからなぁ。

 あいつは何かと俺とシャーロットの間に入って来たがる。まぁ、あいつのおかげでシャーロットを安心して森のモンスター狩りに行かせられてるから助かってるといえば助かってるんだけど。

 光の魔法を土木工事とかに役立たせるのは難しいのだ。


「ただいまーっと……げ……もう寝てる。二人とも寝るの早すぎだろ……」


 俺が入浴を終えて部屋に戻るとそこにはベッドの上で寝ている二人の姿。

 最近、シャーロットもアリシアも寝るのが異常に早かった。

 一日中を森の中で過ごしているからか、二人は日が落ちるともうクタクタらしいのだ。

 シャーロットにとってはモンスターを相手にする初めての魔法戦、アリシアにとってはシャーロットのお守り。幾らオークとかゴブリン相手であってもモンスターは危険な存在であることに違いない、二人とも精神をすり減らしているようだった。


「ふが」


 寝相の悪いアリシアにシーツを掛けなおす。

 

「ん……んぅ……ふが。……だーめ……」

「なんの夢見てんだよお前は」

 

 アリシアが寝返りを打ち、肩からずり落ちそうなネグリジェが何だか色っぽい。

 警戒心が無い奴だな、俺は一応男なんだぞ。


「ふが。ふがが……」

「こいつに比べ、シャーロットの寝相のよさよ」

  

 シャーロットは身動ぎ一つせず深い眠りに入っているようだった。

 俺は食卓の上に灯ったランプの明かりを消して、俺のベッドがある寝室に向かった。

 カーテンを開き外から入り込む風を感じながらベッドの上で横になった、

 静かに瞼を閉じて、一人思う。

 これからのこと。

 王都に行った先のこと。ある程度は流れに身をまかせることになるだろう。多少は見世物扱いされるのはしょうがないとして……うーん、やっぱり読めないな。

 俺の武器であるアニメ知識はここから余り役に立たなくなるようだった。

 ま、こればっかりは仕方がない。

 冗談抜きに、俺は未来を変えたのだから。


 目を開ければ、窓の外に輝く月が雲の隙間から見えた。月明かりが窓から静かに部屋に差し込む。

 そっか、今日は満月なんだなぁと思ったその時だった。


 静かな足音、そしてギイと扉が閉まる音が続く。

 隣のリビングから誰かが外に出て行ったようだ。

 足音が廊下の先へ消えていったことを確認すると俺はリビングへと続くドアをゆっくりと開いた。


「ふが」


 爆睡してるアリシア、けれどその隣に眠っている筈の彼女がいなかった。


「なるほどねぇ、そういうことか」

「ふが……」

「……にゃあ」


 アリシアは幸せそうな顔をして眠っている。はぁ、本当に警戒心が無い奴だ。一応ここは俺の部屋なんだぞ? ま、何もする気ないけど。

 ……ていうかさ。

 だから何で風の大精霊さんもベッドて寝てるんだよ。シャーロットがいなくなったのに気付かないとか保護者失格だろ。

 これは罰としてちょっとご飯を減らした方がいいかもしれないな? 幾ら大精霊とは言っても役立たずのニート猫には断固たる気持ちで接していかなくてはな。



 ζ



 校舎に挟まれた暗い夜道を歩いていく。

 と言っても学園内だ、安全は保障されている。それにまだ真夜中って程の時間でもないしな。ベンチに座って酒を飲み、騒いでいる平民の姿もそこそこ見える。よぉ、偉大なる魔法使い様! 何て声に軽く手を振って応えてあげた。

 さて、シャーロットはどこに向かっているのかな。

 この先は……なるほど、そうか。



「――牧場地区」


 本来は乗馬の練習に使う馬や荷馬車を引く牛といった動物が暮らす場所。彼らの気晴らしのためにもと整備された一面の広い原っぱが広がっている。

 シャーロットは慣れた足取りだ。

 多分、昨日今日だけの話じゃないな。

 あんなに眠そうだったのは夜中にこっそりと自主練をしていたからか。

 ここなら広いし、多少の魔法を使っても誰に気付かれる心配もない。

 確かに夜の自主練には打ってつけの場所かもしれなかった。


「――」


 彼女は月明りの下で、杖を振っていた。

 魔法使いとしての基本動作、迸る光、それは彼女が光の魔法使いであることを示している。光の魔法使いとしての修行はまず光を操ることから始まるのだ。


 でも杖の振り方がちょっと甘いなあ。シャーロットには今まで杖の振り方から教えられた経験が無いから仕方ないと言えば仕方ないんだけど……。

 努力とは正しい方向に進んでこそ身になり己の力となる。今のシャーロットがやっている練習は努力というよりも、迷いの象徴だ。

 暫く自主練の様子を見てから、俺は彼女に声をかけた。


「努力家だなあ、シャーロットは」


 無音の世界に俺の声が響く。

 シャーロットの肩がぴくりと震え硬直した。


「でも杖の振り方が違うよ」

「ぅぅ…………すぉうさま……ぅぅ」


 振り返った先には予想だにしていなかった彼女の姿。

 目からぽとぽとと透明な滴が零れ落ち、大粒の涙が地面に落ちゆく。

 全く想像していない状態のシャーロットがそこにいた。


「な、な、な、何で! 何で泣いてんのさシャーロットッ!」

「わた、……し、スロウ様の、従者。首になっちゃうって、王都戻ったら、首に、なっちゃうって、っぅぅぅ……ひぐ……」


 ――おおおおおぃ、びっくりした! どうしたんだよシャーロット!!


 愛しの従者がはらはらと涙を流しながら杖を持っている姿はちょっとだけ――いや、かなりホラーだったと言っておこう。

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