終幕:華火
224豚 豚公爵に転生したから
クルッシュ魔法学園には許可を得ない生徒の立ち入りが厳禁とされている場所が幾つか存在する。
それは先生方の部屋がある教員棟や貴重な骨董品などが収められた倉庫であったり、来賓を持て成す応接間であったり様々だ。
そしてまた、校舎の屋上も生徒の立ち入りが制限されている箇所の一つだった。
普段は閉ざされている教育棟の屋上、今は彼らの手によって解放されていた。幾つかの細長い筒が所狭しと置かれ、中に火薬を詰めたり、筒の傍に置かれた幾つもの丸い球体の確認をしている平民の若い衆が大勢いる。
「まさか巷に氾濫している粗悪品をこれ程のものに仕上げるとは。素晴らしいな、魔法使いという存在は……いや、君の技量が末恐ろしいのか、やはり平民の魔法使いと貴族の魔法使いでは質が違うということなのかな?」
額に黒い鉢巻を巻いた彼らから渡された球体をじっくりと眺めていた白髪の爺さんがようやくその重い口を開た。
「満足して頂けましたか?」
「ああ、これだけの量が揃えばヨーレムの町に到着したであろう監査団の目にも届くだろう。奴らの間抜け顏が見れないのが残念だが多くを望みすぎても仕方がない。我々は彼らの想像を遥かに上回る程仕事を為し得た、これを十分な成果としようか」
巷に溢れている、平民の魔法使いが手を加えたものに俺が改良を加え、元々用意されていた物と同じぐらいにまで精度を高めた自信作。
最初の頃は失敗して何度か小さな爆発などを起こしてしまったが、慣れてしまえば何てことはない。指示通りに球体の中に仕込まれた魔法陣を解析し、変化させてゆく作業は実に興味深いものだった。
「粘り強く交渉した甲斐があったというもの。再建に要した期限を短縮した分だけ報酬も上乗せされる契約になっているんだ」
「それはまた……思い切りましたね。遅れれば当然、減らされるんでしょう?」
「ああ、だが我々は自信があったのだよ。それに予想外の嬉しい誤算もあった。貴族の魔法使いが手伝ってくれるとは」
「お世話になった学園ですから。けれどヨーレムの町にいる監査団の方々は困惑するでしょうね。国の財政はかつかつだ、それに面子の問題もある」
「国の問題に我々は関わらない。これは正当な交渉の末に獲得した権利なのだから」
年齢の割にはどこか子供っぽい、悪戯っぽい笑みを浮かべた爺さんだ。
「ですが本当にやるつもりなんですか? 本来はこれって――」
「――その時のために彼らから与えられたものなのだから、時が来たということだよ、お目付役の彼らはまだヨーレムの町に滞在しており、我々は言われた仕事を全うするだけ。彼らも大手を振って王都に帰れるだろう?」
「本当にそれだけの理由ですか?」
「何。一度平民だけで楽しんで見たかったんだ。そんな我々を見てやはり平民だと思うかね? 貴族の坊ちゃん」
「いいえ、良い趣味をお持ちだと。心からそう思いますよ」
どこかお茶目なこの爺さん。
何でも国とクルッシュ魔法学園の再建に関する契約交渉を主導した平民のお偉いさんらしく、ダリス中から職人を大勢集めたのも彼の手腕によるものだそうだ。
その道のプロだそうで、学園に出稼ぎに来ている平民は誰もこの爺さんに頭が上がらないらしい。
「だから――本当に君には頭が上がらない。君が手伝ってくれたお陰でこれ程のものが出来上がり、王都にいる彼らの想像を上回る偉業を為し得たのだから。長生きはするものだ。金のことだけではなく、この学園の再建に関われたことは我々の心に誇りとなって刻まれることだろう。では君も大いに休みたまえ、食事は既に届けてあるよ。きっと彼女達二人では食べきれない量だから」
「助かります、では俺はこれで」
そして俺は一人ほくそ笑む。
誰も俺のことに気付いていない。やはり脂肪の鎧は最強なのだ。身を隠すなら脂肪の中に隠れよとはよく言ったものである。
名前を使ったあいつには悪いけれど、まあいいだろ。何か文句を言って来たら金貨一枚ぐらいくれてやろう。あいつ貧乏っちゃまだから涙流して喜ぶだろうな。
金貨一枚はあいつの食堂でのアルバイト、一ヶ月分に相当するのだ。
Θ
俺は教育棟を後にする。
平民達は灯される明かりの中、どこか浮かれている様子であった。
想定以上の給金が見込まれる一大プロジェクト、さらに国の行く末を形作る教育施設の再建は彼らの今後を生きる上で誇りにもなるんだろう。
「ぶっひっひー、ぶっひっひー」
軽いジョギング気分でどしどし言わせながらシャーロットとアリシアの二人が待つ男子寮へと歩みを進める。
学生がいない学園ってのはいつになっても不思議なもんだ。
皆、何してるんだろう。
休みの間、シューヤみたいに冒険者になってダンジョンに潜るなんて奇特な奴らは殆どいないだろうな。
皆、家でダラダラしてるんだろうか。
いや、それはないか。貴族の生徒なんかは厳しい規律の元、立派な人間になるために高い教育を受けさせられる。専属の家庭教師なんかにしごかれてひーひー言ってるんだろう。
あいつらダラダラしてんだろうなーなんて考えが浮かぶこと自体、俺自身まだ真っ黒豚公爵時代のグータラ生活が抜け切っていない証拠に違いない。
そんなことを考えながら走っていると、俺は男子寮の入り口近くで周りをきょろきょろと頭を低くして周りを見渡す小さな人影を見つけた。
あれは。
「あの野郎……」
あの後ろ姿は間違いない、シューヤだ。
クルッシュ魔法学園の再建に翻弄する毎日。
俺は魔法、シューヤは肉体で再建に貢献した。
直接言葉を交わせる機会は殆ど無い。
俺はどちらかと言えば再建を取り締まるさっきの爺さん連中と話し合いながら、彼らが求める大仕事を速攻で終わらせていた。けれどシューヤは現場レベルで平民と共に仕事を行う。
だから俺とシューヤが学園で顔を合わせる機会は無かった。それにあいつはどことなく俺を避けている気配がある。
そんなシューヤの後ろにはあのメイドの子が続き……二人揃って男子寮の中に消えていった。
仲がいいことは知っていたけど、そこまでの関係になっているとは。
あいつ……男子寮に人がいないことをいいことに女の子を連れ込むとはなんてふざけた野郎だ……。
俺もこっそりとシューヤの後を追った。
二人との間に距離を開けて男子寮に忍び込む、上へと続く階段を上り始めようとした時に、二階のどこかの部屋が閉まる音を聞いた。
「まじかよ」
あいつらは一体、何をしているのだ。
シューヤの部屋で何をしているというのだ。
ちょっと気になりながらも三階へと続く階段を昇っていく。俺の部屋はシューヤの部屋がある二階ではなく四階にあるのだ。
……。
まぁ、俺もそんな人のことは言えないけどさ……。
黒い豚公爵時代。シャーロットなんかは男子寮に女の子連れ込み厳禁! 何て規則知らないとばかりに俺の部屋までやってきていた。俺の場合は公爵家って後ろ盾に皆が勝手にびびって問題にはならなかったのだ。
そう考えれば俺ってほんと、好き放題してたよなあ。
「――遅い! 夜の食事は三人で食べるって! あれだけ言いましたのに!」
自室に入れば、食卓に座っているアリシアが腕を組んで俺をきつく睨んでいる。
我が物顔、まるで自分がこの場の支配者とでも言いたげな様子だ。そしてそんな王女様の隣ではシャーロットが縮こまっている。
「……そんな規則初めて聞いたから」
それにここ俺の部屋なんだけどなぁ――?
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