226豚 愛しの君と、手を繋いで、

 ぺたんと地面に座り込んてしまたシャーロットの傍に座り、俺は彼女の小さな手を握り締める。

 時折頷いたり、じーっとシャーロットの涙で濡れた瞳を見つめたり、とにかく

良き理解者アピールをしながらシャーロットの声に耳を傾け続けた。


 ぐずるシャーロットの言葉の羅列。

 彼女が何を言ってるか、すぐには正確に分からなかったけど。

 とにかくシャーロットが不安がっていることだけはよく分かった。


 こういう時に大事なのは忍耐力だ。

 俺は貴女の味方ですよ? 何でも話してみんしゃーいと態度で伝えることが重要なのだ。

 そんな俺たちを馬屋の中から何頭もの馬が興味深そうに見つめていた。

 ひひーんとか鳴きながら俺たちを見ている。

 うるさいな、見世物じゃないんだぞ。


「ひぐ……ううぅ……魔法が使えるようになった理由も分かんないし……これから先もどうなるかもしれ分からないし……分かんないことばっかりです……うぅ」


 すると、やっと理解出来た。

 シャーロットの胸に突っかえていたのは単純な話だ。

 俺が英雄になっちゃえば魔法の使えないシャーロットさんが俺の従者であり続けるなんてあり得ないですわよ? って。

 森の中でのモンスター狩り最中にアリシアに言われたらしいのだ。


「ぅぅぅ……うぅ……ぐす……ひっぐ……」


 だからシャーロットは不安になっちゃったのだ。

 これから私、どうなっちゃうんだろうって。

 それが泣きながら杖を振っていた、彼女一人での深夜修行の理由らしかった。


「だって……私、スロウ様の従者首になっちゃうって……でもぅぅ、あんな言い方することないのに。アリシア様の馬鹿ぁぁぁぁ。もう知らない……ぅぅひっぐ」


 まぁアリシアははっきり言う奴だからな。

 アニメの中ではそれが原因で何度もシューヤと喧嘩になっていたよ。

 でもきっと、人に言い辛い事実をはっきりと告げる事が出来るのがあいつの魅力なんだろう。

 嫌われたって構わない、言いたいことはきちんと伝える。

 そんなあいつのことが俺は嫌いではなかった。


 けれどアリシアめ。

 あいつ、シャーロットを脅したな。

 自分から俺に魔法を教えてもらうようシャーロットを促すために。

 っち、腐っても王族か。

 人を動かす人心掌握のすべに長けてやがる。


「シャーロットは心配性だなあ。従者を首になんてあるわけないじゃん」

「でも私、落ちこぼれだもん……。アリシアは様の言う通り、私。デニングに戻ったら、スロウ様の従者、首になっちゃうんです……ぐすっ……そしたら、また一人ぼっち……うぅ……」


 そう言って、またひっぐひっぐし始める。

 一人で悩んで落ち込んで、誰にも言えず杖を振るう。

 ああもう、可愛そうに。

 だから食事の時はあんなに浮かない顔をしてたのか。


「俺はついこの前まで落ちこぼれだったよ。でも一人じゃなかった。シャーロット、君がずっと俺の傍にいてくれたからね」


 俺が真っ黒豚公爵となった間、大勢の人たちが俺の元から去っていった。

 けれど、そんな俺に愛想を尽かさなかったのは厳密にはたった一人だけ。

 ちょっぴり可愛らしい泣き顔をこの夜空の下にさらしている君なんだ。


「泣き虫だなぁ、シャーロットは。昔とちっとも変わらないね」

「泣き虫なんかじゃないです……だって怖かったんだもん。私、どうしたらいいんだろうって。スロウ様の従者じゃない生き方なんて。私、知らないのに……」

「俺もシャーロットと同じだよ。君が隣にいない生き方なんて、とっくに忘れてちゃったなぁ。それにさ、従者の条件がちゃんとした魔法使いになることなら、一人前の魔法使いになるまで俺が付きっきりで教えてあげるさ。これでも俺、モロゾフ学園長に先生が向いてるって言われたこともあるんだぜ」

「でも、スロウ様はこれから忙しくなるもん……私の相手なんて――」


 その時、俺の耳が可笑しな雑音をキャッチする。

 小さな耳鳴り、それにどこか遠くで誰かが騒ぎ始めた。

 一人、また一人と誰かの声が重なり合う。

 遂にその時が来たようだった。


「シャーロット、ちょっと耳を塞いだほうがいいかもしれない」

「……え? ―――きゃっ。わ、な、何ですかあれ!」


 ドカンと一発。

 俺たちの頭上で大きな音が響き渡り、満天の星空に色とりどりの花が咲いた。

 次々と打ち上がる光の閃光の正体は花火だった。

 この世界では華火と呼ばれている魔法の力が込められたマジックアイテムだ。


 俺の目の前で、シャーロットがびくりと硬直し、顔を上げる。

 目を真ん丸にして、驚きの余り声も出せないようだった。

 無理もない。

 華火はとっても貴重なマジックアイテムだ。

 辺境に住んでいる平民なら一生に数度、目にするかしないかといったもの。

 それ程貴重なマジックアイテムが、俺たちの視線の先で何十発も空に打ち上がった。


 本来は貴族達や王室の方々も呼んで盛大なセレモニーと共に打ち上げられる予定だったらしいが、尋常ではない速度で再建計画が完遂されたため、今こうして夜空に華やかな色を浮かび上がらせている。

 王室から受け取った華火に俺が作り上げたものも合わさって、ダリスの建国記念日に使用されるよりも多くの華火が次から次へと打ち上げられていた。


「ど、どうして華火が?」

「シャーロット。クルッシュ魔法学園の再建が終わったんだ。たった今ね」


 人気ひとけのない牧場にまで空気の振動がビリビリと伝わってくる。

 この様子なら爆睡していたアリシアも目が覚めたことだろう。一緒に男子寮の四階から見るつもりだったんだけど、あいつには悪いことをしたな。


「再建。終わっちゃったんですか……」


 俺たちがこの学園に滞在していた理由。

 クルッシュ魔法学園の再建が完遂された。


「……」


 そして、長い沈黙の後。

 シャーロットは華火の意味を。

 学園の再建が終わったという意味を噛み締めるように確かめた後、呟いた。

 

「だったら、私たち……これから…………王都に行って……私……首になっちゃうんですね……ぅぅ……やだよぅ…………」


 不安そうに揺れ動くシャーロットの瞳。

 きっと今。

 このクルッシュ魔法学園で再建完了を喜んでいないのはたった一人。

 俺の目の前にいる彼女だけだろう。


 そろそろ、充分だろう。

 大切な君と話し合う時がやってきた。

 君には涙が似合わない。

 ずっと笑っていて欲しいから思うから、俺は真面目な顔をして君と向き合った。


「ていうかさ、シャーロット」


 また大きく泣き出しそうな君を見て。

 ついつい、俺は笑みを浮かべてしまいそうになるけれど。

 だって―――君が泣いていたら、俺の心はこんなにも締め付けられるから。

 だって―――君に泣かれると、どうしていいか分からなくなってしまうから。


 さてと、どうしたら。

 この泣き虫さんは泣き止んでくれるだろう?



「……なんですか。あとあの……さっきから気になってたんですけど……どうして私が泣いてるのに……そんなニヤニヤしてるんですか。私、ちょっと可笑しいと思うんですけど……」


 シャーロットは涙目のまま、俺を非難するかのように目を細めている。

 目が赤いけれど、そんな姿は正直言って可愛いったらありゃしないよ。


 それに俺、ニヤニヤなんかしてるな?

 だったら、全部君のせいだ。

 君のことが――愛おしすぎるから。


「いやだってさ。そんなに俺のことが好きだったなんて。俺と離れ離れになるのが嫌だから、隠れて泣いちゃうぐらい俺のこと大好きだったなんてびっくりぶひぃ」


 大沈黙。

 華火の炸裂音だけが耳に届き、シャーロットのひぐひぐする泣き声が瞬時に消え去った。


「…………………………………………………」

「びっくりぶひぃ」


 俺はシャーロットとの二人旅を頭の中で思い出していた。

 俺だって精神的に辛い時間が何度もあったのに、魔法の使えないシャーロットにはまさに命懸けの旅だっただろう。


 心穏やかになれる時は一時も無かったに違いない。

 けれどシャーロットはこんな俺にどこまでも着いてきてくれた。

 疑うことなく、ずっと俺の傍にいてくれた。


 いつの間にか俺の告白は無かったことになっていたけれど。

 というか多分。

 そんな浮ついた思いに心を馳せる余裕も無かったんだろうな。

 シャーロットの故郷、皇国にはどこか笑えるモンスターが。

 荒くれものが集う街、ダンジョン都市には恐ろしいモンスターが。

 今までの生活とは一変した環境を、俺たちはたった二人で旅をした。


 そんなシャーロットが平穏な毎日をやっと取り戻して。

 俺の従者を首になって、離れ離れになってしまうことを泣いちゃうぐらい嫌がってしることを知ってしまった。

 一人で夜中、自主練習に励んで寝不足になってしまうぐらい俺の従者であることにくくっている。


 何だ、俺だけじゃなかったのか。

 君といる時間を何よりも大事に思っていたのは――君もだったんだね。


 だからついつい。

 俺はニヤニヤと気持ちの悪い笑みを浮かべてしまうのだ。


「あんまりそんな態度見せなかったのに、ほんとは俺のことがそんなに好きだったんだぶひねぇ。釣れない態度取ってた癖にぶひぃ」

「………………………………………………………………………………」


 あ、やばい。

 これはキモいやつだ。

 アリシアからマジでキモいと言われたブヒブヒ笑いが出てしまった。シャーロットからも気持ち悪い変態に見えるから止めたほうがいいですとキツく言われていたんだっけ。


 だけど、俺の口が勝手にぶひぶひ言ってしまうのだ。

 しょうがない、しょうがないね。

 俺の深まる笑みとは対照的に、シャーロットの涙が止まっていく。


「…………………………私がこんなに悩んでたのに……」


 いやぁ、嬉しいなぁ。

 ちゃんと俺の思いはシャーロットに届いていたようで何よりってやつだ。


 だって、これってあれだろ?

 紛れのない、両思い。

 え? 違う?

 いやいや、そんなわけないよ。

 これは両想い確定だよ。


「え? 悩みって。俺のこと好き過ぎて悩んでたってことぶひよね?」


 彼女の白いほっぺが次第に朱くなっていく。

 そんな君が愛おしくて、もうダリス王室に出頭とかどうでもいいぐらい俺はシャーロットに夢中になった。


「す、す、………………………………」

「好き? ぶひ? ぶひぶひ?」


 ゆでダコのように真っ赤になる愛しい君。

 何だかちょっと意地悪したくなってきた。

 好きな子にからかってしまう心理がようやく分かったぞ。


「……ッ!!」


 さて、これはシャーロットからやっと好きっていってもらえるのかな?

 恋とは無縁の豚生活。

 長い長い俺の悲哀はようやく成就するようだ。

 ワクワクしながら、そんな淡い思いを抱いて君を見つめる――。



「もう嫌い嫌い嫌いーッ! 私があんなに悩んでたのに、スロウ様の――ッ! バッァァッカーーーーーーッッ!!!」






 滅びた皇国の姫が怒りに染まって、杖を振る。

 至近距離から溢れる光が少年の目に直撃。

 いきなりの不意打ちに、少年は顔を抑えて草生い茂る地面をのた打ち回る。


「あそこの場面は優しく慰めるところじゃないですかっ! ちょっとは空気読んで下さい!」


 少女の悲しみは、やり場のない怒りに変わる。

 頭の中に思い浮かんだ幸福な筋書きストーリー

 そんなもの、やっぱりこの少年には通用しないって分かったから。


「学園をモンスターが襲撃した時はカッコよく助けに来てくれて! 私の期待を上回ったと思ったのに! 何でこんな大事な場面で私の想像を下回るんですか! もうっ! ベタにくればいいじゃないですかっ!」 


 少女の泣き顔には、いつの間にか笑みが浮かんでいた。

 だって彼女は理解したから。

 偉業を為し得たからって変わらない。

 手の届かない場所に行ってしまった彼は、何も変わっていなかった。


「シャーロットはずっと俺が守るからって! それだけでいいのに! 何でぶひぶひ言い出すんですか! 雰囲気ぶち壊しですっ! 最悪ですよ!」


 次々と色を変える夜空の下。

 シャーロットはようやく気付いたのだ。

 この人の従者は、私以外には絶対に務まらないって。

 そんな当たり前の事実に、彼女はやっと気が付いたのだ。


「あははっ、怒らないでよシャーロット」

「全部スロウ様が悪いんですよ! 折角の良い雰囲気がぶち壊しです! あんなの、滅多にないのにっ! こんなロマンチックなシチュエーション! 早々そうそうないのに!」

「勘弁してよ、俺にはそんなの無理だって、ははっ」


 きっとこれも彼の思った通りなんだろう。

 だって、いつの間にか彼女は笑っているから。


「期待して損しました! どうしてくれるんですか、私の気持ち!」


 のた打ち回っていた少年の口元が微かに笑っていることに気付いて、亡国の姫はさらに頬を羞恥で染める。

 この主にはやっぱりもうちょっとだけお仕置きが必要である。

 そう思って、もう一度杖を振ろうとして。


「ぁ」

 

 バランスを失った少女を少年は地面に倒れ込んだまま抱きとめる。

 肌にちくちくと刺さる雑草がくすぐったいけれど、これぐらい我慢しよう。

 だって彼女の目の前には。

 今までにないくらい身近に迫った彼の姿があるのだから。

 だからもう。

 ここから先は何人も侵せない、二人きりの世界に違いなく。


「大好きだよ、シャーロット」

「―――――――――私もです。大好きなんです、スロウ様」


 そんな彼らの未来を祝福するかのように、空に色鮮やかな華火はなびが咲いていた。

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