170豚 人知を超えた第六感【後編④ sideシューヤ】
「……?」
アリシアはリンカーンさんから手渡された真新しい水をごくごくと飲みながら、目配せで俺に聞けと命令してくる。……やっぱりこいつ良い性格してるな。
「古の魔王って……あの?」
「ええ、想像通りの存在で間違いないわよ」
「でもあれって……迷信じゃないんですか?」
「大抵の人は迷信だと思ってるし私も今日まではそう思ってた。だって、長年見つからなかったんだもの、当然よね。古の魔王の墓場が実在すると信じていたのはミネルヴァと冒険者ギルド上層部だけよ」
信じられなかった。
古の魔王の墓場が見つかった?
俺達が今、使っている魔法を生み出した伝説上の人だ。
魔法を生み出し、国を作り出した。大陸で最も古い歴史を持ち、魔法を利用した最先端の都市を幾つも抱え、大陸中にアカデミーを作った魔法国家の建国の母。
アリシアはまだ掴まれた腕が痛むのか、う~とリンカーンを睨んでいた。おい、冒険者になるときに説明があったはずだろ。冒険者が生まれた理由とか、色々。
俺は呑気なアリシアを見つめながら、高揚する気持ちを何とか押さえつける。
「貴方達も知ってるかもしれないけど、かなり前からダンジョンで可笑しな現象が幾つも起こっていたのよ」
「それって……いるはずの無いダンジョンにゾンビ系モンスターが現れたとかですか?」
「それも一つね。冒険者ギルドには多くの情報が寄せられる。二十四のダンジョンを完璧に管理するために、職員がダンジョンに潜った冒険者に聞き取り調査をしているのもそのためよ。そして今までに纏められていた情報を改めて調査したとこら、全て古の魔王が再び世界に蘇った際に起こるだろう予兆、預言書に書かれていたものと一致したらしいわ」
「嘘だろ…………―――ぇッ」
「何ですの、あの声ッ!」
その時、歓喜に沸いた野太い叫び声がどこからか聞こえた。どこかで爆発が起きたのかと錯覚を覚える大音量で、大地が揺れているかのような揺れが起きた。
急いで扉を開けて外を見れば、ネメシスの方向、暗い空に一筋の発光現象が光る。誰かが魔法をぶっ放したみたいだ。
リンカーンさんは立ち上がり、開けっ放しの窓から遠い目で外を見た。
その間にも叫び声は絶えず聞こえてくる。
「リンカーンさん、あれって……もしかして」
「レングラム様が魔王の存在をネメシスに集まった冒険者に伝えたみたいね。さて賽は投げられた……後は吉と出るか凶と出るか、数千人にも及ぶ冒険者達が何を決断するか。彼らの行動によってネメシスや私たち高位冒険者の動きも変わってくる」
「……あの。どうしてこのタイミングで魔王の墓場があるって分かったんですか? 長年誰も分からなかったのに……」
「昼頃に大騒ぎになってたでしょ。ダリスのドラゴンスレイヤーがユニバースに潜伏してるって。レングラム様を襲った魔法使い。ドラゴンスレイヤーからの伝言を届けた闇の襲撃者の言葉を冒険者ギルドが検証したのよ」
「……豚のスロウ?」
「伝言の内容は私もさすがに知らないけどね。そしてその内容がどこで漏れたのか、ミネルヴァから冒険者ギルドに圧力が掛かったわ。動くなってね。あの国はずっと魔王の墓場を探していた。でもそれでレングラム様は確信したらしいわ。これは事実だって」
空気を震わす程の叫び声が今もダンジョン都市に轟いている。先程よりも声に興奮の色合いが加わっているようにも思えた。
何かが起こる。
これから、このダンジョン都市を巻き込んだ何かが起こる。
嫌な予感がする、俺は確信した。
「ミネルヴァの精鋭部隊が今、ここに向かっているわ。魔王の墓場を暴く資格があるのは我々だってね。だからレングラム様は迷われた。魔王の墓場に深く潜れば何が起こるか分からない。いっそのこと、ミネルヴァに任してしまおうかって」
「……リンカーン。ミネルヴァの精鋭部隊ってもしかして……茜蜘蛛?」
「あら、さすがはアリシア様。よくご存知で―――っ」
また声が聞こえた。
でも、さっきのとはちょっと違う。
止まることの無い叫び声が連続して、動いている。
……ん? どういうことだ?
声がどんどん大きくなる。地面が微かに振動している。恐ろしさすら感じてしまう。これは……近付いている?
おいおい、さすがに行動が早すぎないか?
まだギルドマスターの演説が始まってからあんまり時間が経ってないんだぜ。
余りにも早すぎる。
ギルドマスターが許したのか?
そんな馬鹿な。でも、それ以外に考えられない。
ネメシスに集まっていた数千の冒険者が、無人の荒野に向かって走り出している。
その目的は、考えるまでもない。
―――古の魔王の、墓を荒らす。
「あら。冒険者諸君は決断したみたいね。でも、それもレングラム様の想定通り。だってそもそも冒険者ギルドは古の魔王の墓場を探すために生まれた組織なんだから」
赤いドレッドヘアーを垂れ下げた高位冒険者の横顔を窓から差し込む光が照らしていた。
ぞっとする。こんな状況で、リンカーンさんの顔には喜色が浮かんでいた。
ダンジョン中毒者特有の喜色が―――。
「気の早い冒険者は碌な準備もせずにダンジョンに向かっているのでしょうね。古の魔王は金銀財宝や古代の魔道具と共に眠っているとされるから。ねっ、分かるでしょ。もしネメシスに行ってたら小さい貴方なんて熱狂した冒険者達に揉みくちゃにされちゃってたわよ、アリシア様?」
「そうみたいですわね……それで、その古の魔王の墓場があるっていう場所は一体どこにあるんですの?」
アリシアはむーんと唸っていた。
揉みくちゃにされている自分の姿を想像でもしたんだろうか。
「荒野の外れにある
「―――アリシア。デニングの居場所が
ピースがカチリと入り、俺は答えに辿り付いた。
小さい頃から俺には
俺の家は立場の弱い男爵家。あの事件のせいで領民からは逃げられ続け、ダリス王家からは家の取り潰し勧告が、王家がニュケルン領の再興を取り持つなんて話が出るぐらいに俺の家は弱っていた。
母親は苦労の末に身体を壊し、父親が馬車馬のように働く姿を見てきた。
いっそのこと、あの時に飲み込まれていればと思ったことも何度もある。そうすれば少なくとも俺達は裕福な平民として生きることが出来たから。
けれど、事実として奇跡は起きた。
「シューヤ。豚のスロウは今どこに」
俺の家。
ニュケルン男爵家には、俺達と同じようにあの事件に巻き込まれたグレイトロード子爵家が持つ広い交友関係は無かったから、考えなければいけなかった。大きな力に負けないためには先手を取り続けるしかないんだと父親が言った。
だから、俺は鍛えた。
誰よりも未来を見据え、先手を取り続ける。
頭の中に幾つもの選択肢を作り出し、樹形図のように遡る。誰が何のために、誰が誰を陥れる、誰が誰を獲物に―――人知を超えなければ、とっくに俺達のニュケルン領は死んでいた。
俺の武器は―――考えること。
「
俺はテーブルの上に置かれた水晶を左腕で抱え込み、アリシアを見つめる。
悪いな、学園の英雄。
お前には感謝しているし、命の恩人だとも思っているけど。
可愛らしい俺の友人が、俺の大切な母国が、お前を探しているんだ。
命の価値は低くはない。ならば、相応の報いがあるべきだ。
何の目的があってダリスから姿を消したのか知らないけれど、俺はダリス貴族の一人として、クルッシュ魔法学園に通う一人の生徒として、お前に直接お礼を伝えなければならないと感じている。
でも学園の英雄であり、嘗ては風の神童として世界に名前を馳せたお前のことだ。
まさか俺みたいなモブキャラに見つかるとは思っていないだろうけど。
「俺達が今朝まで潜っていたダンジョン―――
逃避行の旅はもう終わり、
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