荒野に佇む全属性:後編―――全属性
167豚 人知を超えた第六感【後編① sideシューヤ】
突然になるけれど、俺は素朴な子が好きだった。
貴族よりもどちらかというば平民の町娘、家のお手伝いを率先してやるような子がタイプだった。
キリッとした北方系も嫌いじゃないし、サーキスタによくいるお洒落で明るいタイプもいいけれど、やっぱり俺は素朴な子が一番なんだ。
● ● ●
ふわりとした亜麻色の長い髪は今はダンジョンに潜る時みたいに縛っられてはいない。華奢な肩は頼りなさげで、背格好はどこからどう見ても冒険者には見えない。
けれど、気の強そうな大きな瞳が彼女の強い内心を見事に表現しアンバランスで危険な美を生んでいた。
水都サーキスタは大陸でも最先端の流行の発信地であり、誰もが憧れる芸術の都からわざわざ堅ぐるしいダリスにやってきた可笑しな姫。
突如俺達の部屋にやってきたギルド職員と押し問答をしているアリシアの様子を見ながら、俺は意味もなく一人で考えていた。
「護衛?」
「ギルドマスターからの指示であります。このユニバースに滞在する限り、護衛のために高位冒険者を一名傍に置かせて欲しいと。邪魔にはなりません」
サーキスタの王族であるアリシアに高位冒険者の護衛をつけたいといった内容を、ギルド職員の人の好さそうな青年が王族なのに冒険者なんて勇敢だとか、ユニバース一の可憐な花だとか、散々ななおべっかを言った後に切り出した。
だがアリシアは取りつく島も無く、断った。
「いりませんわ。そういう特別待遇、苦手なんですの」
「そこを何とか……もしサーキスタの王族の方になれば当ギルドと致しましても責任問題が……」
「何でですの。王族や位の高い貴族が冒険者としてダンジョンに潜ってるのも珍しくありませんわ。それに冒険者になる時、ダンジョンに潜った際に何が起きても責任は自分にあるみたいな長ったらしい魔法紙にサインしましたわ!」
あ、やばい。
早くデニングを探しに行きたいアリシアが怒り出した。
両手をぎゅっと握って、小さな身体からモクモクと煙が立ち上っているのがよく分かる。
「何かあったも自分で対処出来ない小娘って……貴方はそうおっしゃりたいですの!?」
「いえ……そういうわけでは……」
弱いだろと俺は頭の中で一人ツッコミを入れた。
水の魔法を戦えるレベルにまで昇華させた水の魔法使いは珍しい。水は癒しの魔法、強さと直結する火の魔法とは大きく異なるんだ。
それにしてもアリシアにも困ったもんだ。
王族にしては珍しく特別扱いを嫌う性質は俺としては好感を持つけれど、たまに面倒なことを引き起こす。
そんなアリシアの性格は王族としてはとても珍しいと俺は思う。
国家規模で祭り上げられている王族なんてのは特権意識の塊だ。位の高い貴族ですら大抵はそうだし、男爵家である俺は祭りや舞踏会に駆り出されては肩身の狭い思いをすることが日常茶飯事だ。
その点デニング公爵家の面々は羨ましい。
デニングの奴らはそういう煌びやかな舞台に出てくることは滅多にない、戦いの場がデニングの主戦場と言われるだけのことはある。
王族といえば、俺は王族と呼ばれる人達にアリシア以外は会ったことがなかったりする。ダリスの次期女王、カリーナ姫だって見たことないしな。学園でもちょくちょくガシップ好きな生徒達が話しているカリーナ姫の噂話を聞くことがあるけれど、大半は引き籠りとか、外が嫌いとか。そんなネガティブな噂話が中心だったりする。
「状況が変わったってさっきから何度もおっしゃりますけれど、状況が変わったならどこがどう変わったのか知りたいですわ!」
気の良さそうなギルド職員のお兄さんは何とかしてくれといった目で俺を見る。
仕方ないな、助け舟を出すとしよう。
俺としてもギルドマスターが用意してくれた護衛の冒険者が一体どれだけの人物なのか知りたかったし、高位の冒険者ならば話をするだけでもタメになるだろう。
「なあアリシア。まあ、いいじゃん。状況が変わった件に関してはギルドマスターがこれから直接話してくれるし、職員さんから勝手に喋るわけにはいかないんだろう」
ギルド職員さんはうんうんと頷いている。
「それにお前の護衛も高位冒険者みたいなんだからさ、もし仲良くなったらダンジョンでモンスターに奪われたお前の杖を取り返す協力してくれるかもしれないぞ」
「魔法使いであらせられるアリシア様が杖を奪われた? それならなおのこと護衛が必要でございます! 今はどこな物騒なご時世ですので、ええ護衛の冒険者にも杖の件に関しては出来るだけアリシア様の力になるよう伝えておきますので!」
杖。
その言葉を出すとアリシアは腕を組んでむーんと言葉にならない声を漏らした。
「それもそうですわね……分かりました、ギルドマスターからのご好意、有難く受け取ることにします。よろしくお伝えしてほしいですわ」
優雅な微笑みにギルド職員のお兄さんは恥ずかしそにしていた。
美少女は得だ。
それに王族ともなると、その微笑みだけで命を掛けるモノが現れるから厄介だ。
ああ、哀れな高位冒険者さん。
アリシアも内心はどうせ護衛の冒険者をただでこき使ってやろうという魂胆だろう。特別扱いは嫌う癖に、アリシアは一端知り合うと容赦が無い。
人を使うことに慣れているといってもいいかもしれない。
「はい! それではアリシア・ブラ・ディア・サーキスタ様! 護衛の者は宿の入り口に待機させておりますので! では、私はこれにて失礼致します!」
名残惜しそうにギルド職員は去っていった。
魔法学園でもよく見た光景だ。
最初はその外見につられて男がやってくるけれど、本性を知ったら慌てて逃げていく。
確かに美少女だけど、こいつの中身はデニングもびっくりの二枚舌。
大人しくしていれば、あのデニングの従者さんに引けをとらないぐらいの器量だけどアリシアの性格がそれを殺しているのが残念でならなかった。
「シューヤ。行きますわよ」
「護衛ねえ。もしかしてデニングだったりしてな」
何となはなしに口から出た言葉で時が止まった。
軽やかに廊下に向かって歩いていたアリシアは立ち止まり、ぎこちない動きでもう一度部屋の中に戻ってくる。鏡の前に立ち、自分の顔をじーっと見つめる。大きな瞳をぱちくりとし、頬に手を寄せた。
亜麻色の長い髪に手を当て、いじいじと弄繰り回す。俺にはよく理解出来ない行動を何度か繰り返した後、顔を赤くしてすました顔でドアの取っ手に手をかける。
「い、いきますわよ、シューヤ」
やっぱり俺は確信した。
もうこいつと出会ってから何度目になるか分からない。
きっとこれからも本人が認めることは無いだろうけど―――。
「会えればいいな、この場所で」
「………………うん」
呆れるくらいの―――片思い。
風の神童が帰還したことに、一番喜んでいたのは俺が知る限りダリス国民ではなくアリシアだ。
かつての婚約者、幼い頃にデニングとアリシアの間に何があったのかは知らないけれどこいつはずっと待っていた。
洗練された水都に住むサーキスタの意地っ張りはわざわざダリスにやってきた。国を出て、他国の学校にまでやってきた。従者も付けずに、たった一人でやってきた。
”豚のスロウは絶対、何かを隠してますわ”
それが俺と出会った頃からのアリシアの口癖で、わざわざデニングと授業が被るように調整し、デニングが馬鹿なことをすれば影で怒り、だけど当のデニングは嘗ての
対抗するようにアリシアもデニングに表面上は興味無い風を装っていた。
「なあ、アリシア。俺がデニングと会ったら聞いてやるよ、お前のことをどう思ってるのかってさ」
そういって顔を赤くするアリシアは俺が知る限り世界一可愛い美少女で―――
「シューヤ! 勝手なことは絶対にしないで!!」
アリシアの思いは時と共に薄れていった。
小さい頃はさぞや濃かっただろうアリシアの色は、デニングが馬鹿をする度に水を足すように薄まっていった。
でも風の神童と呼ばれていたアイツは再び帰還した。
豚公爵時代のデニングが何を考えていたのかは知らないけれど、あいつのせいでダリスは今もまだお祭り騒ぎ。そして、アリシアの色もまた再び染まった。
「余計なことをしたら絶対に許しませんから!!!」
アリシアの隠し続けてきた思いに色があればきっと瑞々しい水色に違いなくて、そんな彼女の色褪せない想いはとっても素敵だと思うから。
「分かってるよ」
―――今もまだちょっぴり顔の赤い彼女の恋を、陰ながら応援してやろうと俺は一人、決心するのであった。
「……」
「睨むなよ、ほんとに余計なことはしない。水晶に誓う。お前の恋の問題は、お前とデニングの二人だけの問題だ……おいっ! モノを投げるなって!」
季節はまだまだ寒さには程遠い秋の始まりで。
世界はちょっとずつ平和に向けて、確実にだけど動き始めていた。
北方のドストル帝国は休戦に向けて忙しくしているって話が本格的に聞こえてきたし、俺のニュケルン領でも去っていった領民達が帰ってきて、ゆっくりと元の落ち着きを取り戻しつつある。
「じゃあ行こうぜアリシア。親切なギルドマスターが寄越してくれた護衛の高位冒険者に会いに行って、お前の杖をダンジョンマスターから取り戻してくれるようにお願いして。全てが片付いたら、そろそろ学園に帰ろう」
「帰る? でもまだクルッシュ魔法学園の再建は全然終わっていないって話ですわ」
突然になるけれど、俺はダリスが好きだ。
洗練されたサーキスタより、金が全ての自由連邦より、技術の進んだミネルヴァより、昔からの伝統を大切にして中々変わろうとしない、田舎国と揶揄されるダリスが好きだ。
だから俺も将来は父親から爵位を継ぎ、ニュケルン領を豊かに発展させていきたいと思ってる。そのためには何でもやる覚悟を持っている。
「学園の再建に協力したいんだ。あそこは俺達の学園だ。愛着もあるし、俺達の学園生活はまだ半分しか終わってない。これからも生活を送る自分達の学び舎を自分達の手で造るってのも面白い経験だって思わないか?」
「それもそうですわね……冒険者は私に合わないって分かりましたし。じゃあ、シューヤ。隠れてる豚のスロウを引っ捕まえて、ダリスに戻ることにしましょうか……あら、そしたら私達、大金持ちですわ?」
そう言って控え目に笑うアリシアはとっても可愛くて、何とも思っていない俺までもドキッとしてしまうのだった。
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