小幕:シャーロットが抱える悩みについて

221豚 初心者の魔法使い

 森の中を疾走する二足歩行の豚。


「ブヒブヒ。ブヒブヒ」


 オークである、ゴブリンやスライムと並び最弱モンスターの名を欲しいままにしているモンスターだ。

 太い棍棒を抱えどしどしと大地を踏み締める姿は一見強キャラの風格を漂わせるのだが、如何せんオークと呼ばれる二足歩行の豚は頭が致命的に悪かった。

 餌付きのトラップを仕掛ければ人間の子供でも引っかからないような低俗なものでも必ず引っかかる。仲間同士の間で昨日言ったことを何も覚えていない、喧嘩っ早い癖に痛みにはすこぶる弱いなど。

 無類の女好きで見境の無さは種族を問わない程、クルッシュ魔法学園の女子寮が破棄し尽くされている原因はオークにあると言われるぐらいだ。


「アリシア様そっちに行きましたっ! オークですっ!」

「ブヒ?」


 森の中にひっそりと住んでいたオークが学園に近づいた理由はただの興味である。

 何やら沢山人間がやってきた。 

 一体あそこで何をやっているのだろう?

 興味本位で近づいてみればいきなり現れた二人の女の子に追い回される羽目になってしまった。

 シルバーヘア―の女の子は満面の笑顔で木の枝のようなものを振り回し、迸る眩しい光が目に痛い。

 もう一人の小さな女の子は水をばしゃばしゃと掛けてくるし。


 ――なんだあの二人、可愛いのにすっごいこわい。

 だからオークは脇目もふらず逃げ続けた。けれど進む先が学園の方向という所がオークは馬鹿であると言われる原因であるのだろう。


「やっぱりオークって馬鹿ですわね、恐ろしさはあのダンジョン都市に現れたモンスターと比べものにならない。ま、それだけここが平和ってことでしょうけど」


 アリシアの魔法がオークの足元に水溜まりを作り出す。


「ブヒ? ブヒぃぃぃぃぃぃぃぃぃ」


 オークはバランスを失い転げてしまった。

 ぶひぃぃぃと甲高い泣き声を上げているらしいのだが水の中に頭が突っ込んでいるためぶぼぼぼとしか聞こえない。そんな頭の悪いモンスターを見つめながらアリシアはオークの頭の上からばしゃばしゃと水を振り掛け続ける。


「ほら、早く森の中に帰りなさいですわ。しっしっ」

「……ブヒ」


 オークは立ち上がると恨めしそうにアリシアを見つめ森の奥へと帰っていった。今度は方向が間違っていない、大きな進歩である。

 とぼとぼと肩を落として消えていったオークと入れ違いに、前方から杖を高らかに上げているシャーロットの姿が見えた。


「アリシア様! さすがです!」

「……シャーロットさん、今日はもうこれぐらいにしておきましょう」

「え? どうしてですか?」


 シャーロットはまだまだ元気ですと言わんばかりに腕を振り上げている。

 彼女は豚のスロウの従者だ。

 ダンジョン都市の闘争の間、どこかに隠れていたらしい豚のスロウの従者。そんな彼女が何かの影響によって魔法に目覚めた。

 アリシアもシャーロットのことは小さい頃限定だがよく知っていた。

 デニング公爵領地に遊びに行く際、影で魔法の練習をしているアリシアを羨ましそうに見ている姿はまだ頭の中に残っている。

 それにシャーロットが魔法に目覚めていないためにデニング公爵家の中で半人前の従者扱いされていることも知っている。未熟であるからこそあの落ちこぼれ、豚のスロウの従者をやっていたことも。


「気持ちは分かりますけど、張り切り過ぎですわ。シャーロットさんが目覚めたのは光の魔法。六大魔法の中でも随一の魔力消費、確かにシャーロットさんの魔力量は多いのかもしれませんけど……そんな限界に挑戦するような真似。私はどうかと思いますわ……そりゃあ、シャーロットさんの気持ちも分かりますけど」


 彼女はデニング公爵家の従者として一人前になるために、こうやって魔法の修行に明け暮れている。

 涙ぐましい努力、朝から晩まで必死になって魔法のいろはを学んでいる。シャーロットはクルッシュ魔法学園の生徒じゃない、独学でまさに身をもって彼女は魔法について学ぼうとしている。

 ――スロウに教えてもらえばいいのに。

 でもシャーロットは嫌なのだと言う。豚のスロウはクルッシュ魔法学園の再建に一生懸命で、迷惑を掛けたくないのだと彼女は言う。

 気持ちは分かる。

 彼女は従者だ、それもデニング公爵家お抱えの従者。

 主の作業を邪魔する従者などお話しにもならない。

 だからアリシアは一応、魔法使いの先輩として初心者の魔法使いに忠告するのだった。

 

「クルッシュ魔法学園では魔法を覚えた平民はまず落ち着いてちょっとずつ魔法に慣れていくのが通例なんですわ。私は先生じゃないから詳しいことは分かりませんけど……。シャーロットさんは今まで本格的に魔法を勉強してきたわけでもないですし……ちょっとずつ慣れていけばいいと思いますわ」


 きっとシャーロットは心配しているんだろう。

 豚のスロウがこのままデニング公爵家へと戻れば一緒にはいられない。

 黒龍討伐の件だけに関しても豚のスロウは英雄としてデニング公爵家に迎えられる。今までデニング公爵家に掛けた迷惑、他国に轟くこれまでの悪評さえも帳消しにする偉業をあいつはやってのけたのだから。

 だからこの先――。


 が、に何を求めるか。


 そんなの考えるまでもない。


 彼らは力こその武闘派貴族。


 が、に何を与えるか。


 そんなこと、考えるまでもないのだ。


 には、を隣に添えるだけ。

 

 南方四大同盟盟主たる騎士国家ダリスの中核、比類するもの叶わず大貴族デニングは持ちうる権力全てを駆使して、あいつに比肩する最高の従者をこの世界から探し出すに違いない。

 主支える狂信的とも言える従者の存在こそがデニングをあそこまでの大貴族に押し上げたのだから。

 そしてその時、光の魔法使いに目覚めたとはいえ半人前の魔法使いであるシャーロットはどうなるか。

 そんなのやっぱり、考えるまでもないのだ。


「そ……そうですね。ごめんなさいアリシア様、ちょっと私。魔法に目覚めたからって張り切り過ぎてたみたいです」


 ――旅の終わりはすぐそこに迫っている。


 堕ちた神童スロウ・デニングの従者として、半人前のシャーロットはピッタリだった。

 だが帰還する英雄スロウ・デニングを今後支える者として、シャーロットいう少女程相応しくない従者もいないだろう。

 だって、そうだろう?

 黒龍然り、三銃士然り。 

 英雄に至った者の従者として、彼女はその時何をしていた?

 

 

「じゃ、じゃあ! 帰りましょうかアリシア様! 今日も私に付き合ってくれてありがとうございますっ!」



 だから……分からないわ。

 ねぇ……どうして?

 豚のスロウの従者だったシャーロットさん?

 どうして貴女は……そんなに必死に魔法を使おうとするの?

 別にあいつと一緒にいるのなら……従者じゃなくってもいいんじゃないの?

 


 先ほどまでとは打って変わり繕ったようなぎこちない笑顔を見せる本人には決して言わないけれど、アリシアは今のシャーロットを見ているとそんな風に思ってしまうのだった。


「そうだシャーロットさん。ちょっと再建の様子を見にいきませんこと? ほら、私たちって日中はずっと森にいましたから全然学園の様子を知らないし、豚のスロウが言うにはもう再建の終わりも近いって話ですから」


 それに、そもそも?

 歴代最強とまで呼ばれた帝国の三銃士を退かせたあいつに相応しい従者など――この世に存在なんてするのだろうか、と。いっそのこと――を従者にした方がよっぽど絵になるんじゃないだろうか。まぁは意思が通じないから、何てどうだろう。……いるわけないか、伝説上の存在だし……あ、そういえば杖入らずノーワンドも伝説だった……。

 と、アリシア・ブラ・ディア・サーキスタは脳内で豚のスロウに相応しい従者選手権を勝手に開催するのであった。 

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