220豚 結論:放置

 俺は奴を監視するため、再建への協力と称してこのクルッシュ魔法学園に滞在することにしたのだが――。


「どこからどう見てもあれはシューヤ。シューヤに成り代わった火の大精霊さんがあんな流暢に平民とコミュニケーションが取れるわけないし」


 窓の向こうにちょっぴり顔を出し外を眺める。

 親方が指示を出す声、平民が喧嘩を始める声、作業人達に何かを売りつけようとしている商人の声。馴染み深い景色を異質な光景へと変化させている彼らの目的はクルッシュ魔法学園の再建だ。

 そして、そんな彼らの中で一心に注目を浴びている奴がいた。

 校舎の屋上から吊り下げられ、平民のおっさんに紛れて崩れた壁を補修している。シャツ一枚で必死になっているその姿を下から貴族の坊ちゃんが肉体労働するなんて驚きだなあ何て称賛を浴びているようだ。


「……精神汚染のかげりも無い。火の大精霊さんはシューヤと共に高みを目指すことにしたんだな」


 アニメの中では火の大精霊さんがシューヤの精神を乗っ取って暴れたり、たまにシューヤが自我を取り戻して暴れたりと散々な状況だったのだ。

 あれに比べれば、今のシューヤの行動はなんと爽やかで晴れやかなものか。

 俺がホッと一安心していると、補修作業が終わったのか地面に降り立ったシューヤの元へと駆け寄っていく者がいた。

 メイドだ。

 白いエプロンドレスを着たメイドだった。

 クルッシュ魔法学園が休校となることで俺たち生徒の生活をサポートしてくれるメイドの需要も無くなった。けれど彼らは金を稼ぐために学園に出稼ぎにきているのだ。学園の休校なんてとんでもない、家に帰っても仕事ないよ! ってことで学園に残って再建に手伝ってくれるメイドには一定の給金が払われることになったらしい。あのメイドも家に残らず、学園に残ってお手伝いすることを選んだようだ。

 別にそれ自体は何でもない。

 けれど。


「何でシューヤの汗を拭いてるんだよ……」


 アリシアの話によると黒龍襲撃の時にシューヤが命からがら助けた女の子らしい。俺が命懸けで街道超えを果たしている最中、あいつはメイドの女の子とフラグを構築していたらしい。

 アニメ版主人公、抜け目なさすぎるだろ。

 お前はフラグ建築士かよ。


 今も校舎の下でシューヤとメイドの子がいちゃついている。

 いや実際は違うのかもしれないけど、俺にはそれ以外の様子には見えなかった。

 だって、あの二人を周りの平民のおっさん達が手を叩いて囃し立ててるし。

 ……。

 ふざけんなシューヤ。

 何恥ずかしがって頬をかいてんだ、こら。


「くそっ、まだイチャイチャしてやがる…………俺はまだシャーロットとイチャイチャどころか何も出来てないんだぞ……原因はお前のせいだぞ……」

 

 お前の相方である筈のアリシアが何故かずっと俺の近くにいるからだ。

 今だってシャーロットと一緒に森の中へモンスター狩りに行っている。


「従者女子寮も女子寮もモンスターによってこっぴどく破壊されたから補修の対象になってる。学園にある寮で無傷だったのはこの男子寮だけだったのに……。」


 自慢じゃないが俺の部屋はかなり広い。寝室のベッドだって五人以上でも楽に寝れるぐらいの大きさで、シャーロット一人ぐらい俺の部屋で一緒に住むのは何の問題も無かったんだ。

 それをお前の相方であるアリシアがシャーロットとの同棲はあり得ないと言って、枕をもって俺の部屋にやってきたのはいつの日だったか。

 アリシア。

 男子寮二階、シューヤの部屋で一緒に寝ればいいじゃない。

 あいつの部屋だって一応貴族の個室だ。そんな広くないけどアリシアにベッドを渡して、シューヤは床で寝る。

 それでいいじゃないか。 

 お前らはお前らで一つ屋根の下。うん、何の問題も無いはずだ。

 だって、お前ら。恋人同士になる運命なんだぞ? 

 それを何でお前はアリシアを放置してんだよ。何でメイドといちゃついてるんだよ。何でアリシアが俺の部屋にいるんだ。

 


「ふざけんな、ふざけんなよシューヤ……」


 広いリビングの隅に置かれた巨大なベッド。

 男子寮四階にある隣の部屋。

 入居者がいない隣の部屋からわざわざ持ってきたベッドはシャーロットとアリシアの二人のためのベッドだ。激しく必要のないそれが俺一人になったリビングで存在感を強く強く主張している。

 

「ぁぁぁぁ間違いなくシャーロットとの仲を進展させるイベントだったろこれは……男女二人で一つ屋根の下みたいなイベントだよ……そういうのよくあるじゃん……だからわざわざクルッシュ魔法学園に戻ってきたのに……何なんだよ……神様は意地悪かよ……」


 おっと、いかんいかん。

 思わず途中で本音が漏れてしまった。

 ……ってあいつ、まだメイドといちゃついてやがる。

 あれは目に毒だ、出来るだけ視界に入らないよう遠ざけておくのが一番だろう。


 こうして――俺はシューヤを放置することに決めたのだった。

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