荒野に佇む全属性:前編―――魔王

153豚 人知を超えた第六感【前編① sideシューヤ】

「アリシア、諦めろって。相手が悪すぎる、あれは俺たちじゃ手に負えない」

「諦めるですって!? 嫌ですわ! あれは大切な物なのですわ!」


 ダンジョン都市にやってきて、もう一ヶ月を超えて数週間。

 既に俺はC級冒険者への昇格クエストを達成し、現在はB級とC級の冒険者達とパーティを組みダンジョンに潜っている。

 熟練のおっさん冒険者達と一緒にダンジョンに潜る。

 いやあ、順調、順調。

 やっぱり経験豊富なおっさんはすごいね。


 ……順調の筈だったんだけど。


「大切なものって言ったってどうしようもないだろ……むしろあのモンスターがお前の杖に気を取られていることで助かってるんだぜ、俺たち」


 今はせっせと復旧に勤しんでいるだろう我らが母校。

 ダリスが大陸に誇る魔法学園にやってきた来客は古くから続くダリスの同盟国、水霊湖都サーキスタからの留学生だ。


 ダンジョン都市にやってきてから結構な時が過ぎ、F級からようやくE級冒険者に位を上げた水の魔法使い。

 あんまり頼りにならない治癒の癒し手が一人、俺たちのパーティには存在する。

 いや、頼りにならないなんて言うのはよそう。

 水の魔法使いは貴重だ。

 擦り傷を治すぐらいで疲れたと文句を言う奴だけど……我慢、我慢!

 

「シューヤ! こらシューヤ! あれは杖!!! 私の杖なんですのよ! 魔法使いである私が杖をなくしてこれからどうすればいいんですの!」


 あ、ちなみに俺はシューヤ・ニュケルン。

 ダリスのニュケルン男爵の嫡子、であり火の魔法使いシングルマスター

 最近うるさくなってきた水晶さんはダンジョン都市の宿に置いてきた。見てくれはどこにでもある薄汚れた水晶で金の匂いはしないから盗まれることはないだろう……きっと。


「どうすればいいって……新しいの買えばいいだろ、アリシア。杖が無くしたってあっちに伝えればいい。お前の立場なら幾らでもお小遣いはもらえるだろ。何たってお前の国は―――」

「―――シューヤ。口が過ぎますわよ」

「悪い。軽率だったな」


 クルッシュ魔法学園でアリシアと出会ってから一年と数ヶ月の時が過ぎた。

 短いとも長いともいえない時間を通じて、俺はようやく理解した。


 こいつは優秀だ。

 アリシアというサーキスタからの留学生はとっても優秀だ。

 確かに魔法は並かもしれないが、並でも充分だと俺は思う。


 アリシアは俺よりもよっぽど頭が良い。座学では学年で五本に入るとんでもない成績をいつも収めていたし、教員棟で先生の魔法研究の手伝いだってしていた。

 真面目に勉学を収めようとするその姿はダリスの学生が見習うべき姿だっていつも言われていたし、他の国からの留学生達の代表だって勤めている。

 それなのに、こいつはそんな自分に全く納得していないようだった。


 頑固で、一度決めたら覆さない、どうしもようもない意地っ張り。

 そういった性格はこいつと出会ってからすぐに分かった。何せ金持ちの癖に俺の借金を一の位まで覚えているような奴だからな。

 そして、俺はそんな優秀なアリシアの心の中にライバルとも言うべき存在がいることを知っている。


 一年を三つに分けた学期ごとに掲示板に張り出される成績。

 こいつは自分の成績を見るよりも先に、誰かの成績を食い入るように見つめていた。


「アリシア。俺だって自分の杖はすっごく大切に思ってる。でも、今の状況を考えろよ。あの強そうなモンスターがお前の杖に気を取られている。杖と命、どちらが大切かなんて比べるまでもない。命のほうがよっぽど大事だ」

「……くう、あの骸骨。何で私の杖に興味を持ってるんですの……」

「聞いてねえし」


 アリシアはいつも心の中の誰かさんと戦っていた。

 アリシアの中には追いつかなければいけない誰かさんの姿があるらしかった。

 借金を返済している間、奴隷扱いされながらも俺はアリシアの傍で意地っ張りなその姿を見続けて、アリシアの心の中に住んでいる誰かさんが何者なのか、考えるまでもなくわかってしまった。


 ―――学園史上最大の問題児、あのデニングから送り込まれたリアルオーク。

 俺は呆れた。

 あいつに追いつくなんて無理なのに。


「もしかしたらあのモンスター。生前は魔法使いだったのかもな。剣士っぽいから魔法剣士とかー……冗談だって。睨むなよ……」


 現在のクルッシュ魔法学園における学園唯一のデニング。

 ダリスの軍を預かるデニングの奴らは学園なんかにこやしない。

 昔はデニングの中でも落ちこぼれの烙印を押された奴らが学園に来てたらしいけれど……これまた昔の落ちこぼれ、現在のデニング公爵が戦場でその才能を開花させて暫くして、例え落ちこぼれであろうとデニングは学園にデニングのものを送らないことに決めたって言われている。


 騎士国家ダリスの盾と矛。

 盾が王室騎士ロイヤルナイトで矛がデニング。

 デニングは戦いを宿命付けられた風の一族であり、あそこに生まれた子供は12、3歳の頃にもなると真っ先に戦場に送られ、最前線で帝国の奴らと戦ってる。俺より年下のデニングが軍のおっさんどもを纏めてるって話を聞いたこともある。

 ひでー話だよな。

 デニングの奴らには嘘偽り無く―――自由が無い。

 

 だから俺はクルッシュ魔法学園入学当初はびびったもんだよ。

 あのデニングが俺と同学年になる、しかも魔法実技に関しては歴代最高得点を叩き出した化け物って噂。

 実際に入学してみると座学でも先生に教えることは無いと匙を投げられた天才児。


 だけど、噂通り最悪の問題児でもあった。

 あいつが起こした事件は数えることすら馬鹿らしい。

 学園の誰もが恐れ、ダリスの堕ちた神童と係わり合いになることを避けていた。

 クルッシュ魔法学園の異端児、堕ちた神童、ダリスの恥部、リアルオーク、デニングの生き恥等、様々な愛称を持っていたあいつはけれど、ある日を境に変わったらしい。

 ダイエットから始まり、先生方に話しかけるようになったり、平民に魔法を教えだり、以前のあいつとは比べ物にならない変わりっぷり。


 そして恐らく。

 あの従者さんを除いて、その変化に誰よりも早く気付いたのはアリシアだ。

 目つきが変わったとか言ってあいつ、暫くデニングのストーカーをしてたしな。

 あれはちょっとひいたわ。


「魔法使いなら尚更悪趣味ですわ……。死んでまで生きることにしがみ付こうとうするなんて……魔法使いの風上にも置けませんわ……」


 そして、あの事件だ。

 クルッシュ魔法学園を襲撃したモンスターと傭兵達のひと悶着。

 どこからか学園に運び込まれていた香水と校舎をぶっ壊してあわや大惨事を引き起こしかけた傭兵の存在。

 あれらは帝国の仕業だとか違うとか様々な噂が飛び交っているけれど、真実は分からない。今も調査中なんだ。


 ああ、そうだ。 

 あいつの話だ。

 そして、あいつはドラゴンを撃墜した。

 南方では滅多に現れないドラゴンを撃墜して……あいつは消えた。

 ドラゴンスレイヤーとしての栄誉、学園を救った救世主として全てを誇るでもなく、あいつは消えた。


 本当に何を考えているんだが、下級貴族の俺には公爵家生まれの大貴族の考えてることは分からんねー。

 けどそんなあいつを探すためにマルディーニ枢機卿がダリス王室の名で大陸南方各国に手配書何てもんを配りに配った。俺も自由連邦に来るまでに何枚見たか分からない程。まあそんだけダリス王室が本気であいつを探してるって話。


 さて、ここで話はアリシアとデニングの関係性に舞い戻る。

 風の導きウィンド・ガイダンスを頑なに守るダリスの大貴族、デニング公爵家とサーキスタの王族や貴族の関係は―――ちと、複雑なんだ。


「おいシューヤの坊主。ちょっとそこの嬢ちゃんを黙らせてくれねーか。E級冒険者なんてお荷物を連れてきてやったのはこんな場面でぺちゃくちゃお喋りさせてやるためじゃねーぞ」

「す、すみません……。こいつこんなダンジョンは初めてって言うか……杖が取られたんでてんぱってるっていうか……」


 どすの利いた声でおっさん冒険者に注意される。


 確かにその通り、現実逃避をしている場合ではなかったな。

 俺たちは暗いダンジョンの穴倉の中。巨大な石の下で身を掲げ、向こうに見える巨大な骸骨剣士から必死に隠れているのだ。


「いいか、アリシアの嬢ちゃん。お前の杖を奪ったあの骸骨剣士。あれはこのダンジョンのダンジョンマスターだ。こんな上層階に出てくるなんて驚きだが……あれには冒険者ギルドから討伐禁止令が出ている。ここダンジョン都市ユニバースではダンジョンマスターを生かすことで、ダンジョンの崩壊を管理しているってわけだ。まあどっちにしろ俺たちにはあのダンジョンマスターを倒せる程の戦力を持っていないからそこらへんはどーでもいい」

「……」

「アリシアの嬢ちゃん。別にお前が死にたがりなのは構わないが、俺たちを巻き込むのは止めてくれ。嬢ちゃんが杖を取り戻そうとすれば、あのダンジョンマスターは俺たちを殲滅にかかるだろう。ゾンビ系のモンスターは執念深いからな、それにダンジョンマスターともなれば尚更だ。それにいいか? ここまでやってきたのは嬢ちゃんが連れていけと望んだからだ」

「……」

「幸運なことにそろそろ朝がくる、あいつはすぐにダンジョンコアがある最下層に戻るだろう。隙を見計らって撤退する」

「そんな……私の杖……」

「魔法使いなら予備を持ってるのが常識だ。予備の杖も無いなんて冒険者としては失格もいいところ、それでも、どうしても嬢ちゃんがあの杖が必要だって言うのなら―――」


 俺たちの視線の先には暗い中で、おどろおどろしい唸り声をあげる巨大な骸骨剣士の後姿。

 あいつはダンジョン都市ユニバースの周りに散らばるダンジョンの一つ、C級ダンジョン「理想の墓場」のダンジョンマスター。

 全く、ついてない。

 あいつは何だって上層までやってきたってんだ。

 俺たちを見つけると何故かアリシアが持つ杖に執着しだして、訳がわからない。


「―――クエストとして冒険者ギルドに依頼を出せ。ちょうどいいことにこの町には今、特A級冒険者セカンドランナーが数人滞在している。あのダンジョンマスターを討伐せずに杖を奪い取れる奴って言ったら……雷魔法ライトニング戦斧アーノルド火炎浄炎アークフレア、それに極道のパーティや……まあ、そこらは自分で調べろや。嬢ちゃんも一応は、冒険者なんだろ?」

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