187豚 荒野に佇む―――全属性
「未来を変えるには覚悟が必要だ。大きな、大きな覚悟が。予想外の事態が起きてしまったら全ては俺の責任で、だからシューヤ。今お前が絶望に沈んでいるのも俺の責任なんだよ」
彼は知っている。
南方国家を纏め上げる四つの超大国。
北方に対抗するために作り上げられた同盟の盟主、騎士国家ダリスの弱小貴族。
ニュケルン領を束ねるべく教育を受けた貴族の少年の正体を。
アニメの中では主人公を気取った彼の正体知っている。
「アニメ版主人公、シューヤ・ニュケルン。熱血占師の正体は幼少期に命を捨ててダリスを救った子供の慣れの果て」
彼をアニメの中で主人公へと押し上げた事件は過去に起きたダリスの悲劇。
「ウィンドル領の汚染は隣接するニュケルン領、グレイトロード領にまで広まろうとしていたと言われている。けれどお前が火の大精霊の力を使い汚染を食い止めた。その結果、火の大精霊は弱体化し水晶の中に閉じ困る羽目になり」
少年の右手が魔法陣を確かめるように空をなぞる。
息は荒い。
だが、それも当然だ。
彼は今、命を削っている。
「お前は代償として―――」
少年にとって未来は確定したもの。
しかち、価値はある。
捻じ曲げる価値は、ある。
スロウ・デニングは確定された未来を知っているのだから。
しかし、多くの命が失われる。
ならば、今何をすべきか。
無数にも散らばる選択肢。
全てを解決するには、何が必要か?
「確かに俺は欲張りだったのかもしれないな。戦争を終わらせ、シューヤの問題を解決し、さらにウィンドル領の解放を一挙に達成するなんて強欲だ―――」
約束された未来を前にして、彼は足掻き続けた。
季節は秋。
スロウ・デニングが全てを知ってから、まだ半年も経っていない。
「だけどシューヤ。俺は約束するよ。アニメ版の偉大な主人公であるお前に誓う」
精霊はそんな彼に力を貸す。
これから力を貸してもらうのは土の精霊。
土の精霊は真面目な血を好むと言われている。
デニングの歴史が生み出した風の神童は土の精霊と最も相性が悪い。
けれど、土の精霊達は限りなく少年の味方だった。
「帝国躍進の原動力、ひれ伏す暴虐。ドストル三銃士の中でも際立つ力。派閥も持たず、たった一人で蛮族国家、北方の王とまで言われた魔人を降伏に導いた茨の英雄」
彼らは少年の頼みであれば別に供物が無くとも力を貸す心意気はあった。
彼らにしてみても地上にいる男の力は忌み嫌われるもの。
あれを消してくれるならば、協力は惜しまない。
だが、少年は血を与えることを選んだ。
少年は薄く笑い、もう一度見える筈の無い黒い空を見上げた。
地上で何が起きているか、彼は完全に把握していた。
「アニメの物語は四つの章に分けられていた。戦争が始まり、シューヤが覚醒する第一クール、帝国軍を指揮していた三銃士をシューヤが撃破する第二クール。シューヤの活躍で闇の大精霊に操られていた帝王が自我を取り戻す第三クール、そしてシューヤ、お前が火の大精霊から自分の命を取り戻す最終クール」
暗闇に毒されたダンジョンの中でスロウ・デニングは弧を描く。
指先を杖に見立てて、陣を描く。
結界の外では魔力のうねりが音を立て始める。
見えるハズの無い地上の様子が彼には見えているようだった。
火の大精霊の溢れる魔力が詰まったシューヤの身体。
今の精霊と一体化したシューヤ・ニュケルンを風の神童は感じることが出来た。
黒金の髪を持つ少年は目を開き、指先を刻まれた魔法陣の中心に伸ばす。
「これが俺の第一クール。俺が切り開く未来の
少年の中には確かな考えがあった。
それはアニメ考察における、一つの結論。
何故、ドストル最強の三銃士がわざわざダンジョン都市にまでやって来たか。
何故、ドライバック・シュタイベルトはユニバースへ向かうことを闇の大精霊に直接志願したのか。
答えを握っているからこそ、少年は古の魔王に会いに来た。
少年の思いは、確かに届いた。
”手出しは無用、アレは俺の獲物だ”
モンスターに擬態して遊んでいた古の魔王は少年に全てを任せることにした。
「シューヤ・ニュケルン。火の大精霊の使徒にして、命を燃やしダリスを守ったお前の偉業に誓うよ」
分厚い土の向こう側。
地上ではシューヤ・ニュケルンが巨大な石の上で三銃士を打ち倒すために詠唱を唱え始めた。
「戦争を始めよう」
シューヤ・ニュケルンの右腕が熱せられる。
赤く、赤く、満身創痍を振り絞って、最後の力を唱えるために。
「北方と南方の戦争ではなく。俺とお前の、二人きりの戦争を」
火の大精霊の使徒は最後の力を振り絞り、魔法を搾り出す。
「ドストル帝国最強の三銃士、お前の敵は俺だ」
同時にダリスに生まれた風の神童。
スロウ・デニングは閉じられた瞼を静かに開いた。
既に彼の周りにはモンスターの影も形もない。
「だから―――邪魔者は排除する」
少年は火の使徒より僅かに早く、振り上げていた右腕を振り下ろした。
起動の合図は往々にして、突然なものだ。
少なくとも、地上にいる者たちにとっては晴天の霹靂である。
何故なら。
「―――
突然自身が立っている大地が崩れ落ちるなど、予想出来る者はこの世にいない。
● ● ●
豚公爵は、いや俺は16歳。
クルッシュ魔法学園に入学して一年が立ち、既に俺の悪評は学内に留まらず他国にまで知れ渡っていた。
けれど、そんなことどうだっていい。
「シャーロット。今更だけど……おはよう」
俺の従者、シャーロット。
いや、滅亡した皇国のお姫様プリンセスシャーロット・リリィ・ヒュージャック。
「お、おはようございます。スロウ様」
ぺこりと頭を下げる君を目にして。
アニメの中では成し遂げられなかったけど。
俺は君に相応しい男になるよと、心の中で固く誓った。
● ● ●
豚公爵は、いや俺は16歳。
クルッシュ魔法学園を旅立ちようやく一ヶ月が過ぎた。
既に俺の悪評は国内に留まらず、何の因果か指名手配までされてやがる。
けれど、そんなことどうだっていい。
「―――戦争は起こらない。これが俺の第一クールの成果だ」
崩れ落ちる土砂の瓦礫と共に
目を見開き、メチャクチャビビッてる。
本当に笑えるくらい、ビビッてやがる。
くそ。
何でシューヤ、お前なんだよ。
これは可愛い女の子が落ちて来るシーンだろ!!
どうしてお前なんだよ! いい加減にしろ!
「ッ!!!」
このままではシューヤが死んでしまうので、俺は何とかあいつを抱きとめた。
クソ!
そんな理解出来ないみたいな表情で俺を見るんじゃねえ!
俺だってこんなことやりたくねえんだよ!!!
「……シューヤ。こんな状況だけど、おはよう。もう声出せるだろ?」
「え、え、え、? あ、あれ? 何で、声が出るんだ? あああああ!? デニング!? 何でお前がここに!?」
「主人公だからだよ。あのね、俺が主人公なの。シューヤ、お前じゃなくてね、俺なの。アンダースタン?」
「シューヤ? 俺が? シューヤ・ニュケルン? ち、ちがう!! 俺はシューヤ・ニュケルンじゃない!! シューヤはもう死んだ!! うわああああああああああ。やめろおお、俺はああああああ誰だああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ」
だあ、もううるせーなあ!
「俺は人形だあああああああ! シューヤじゃないシューヤじゃない! 俺は、ただの―――」
「混乱するのは分かるけど、お前はなんと言おうとシューヤだよ。でもとりあえず―――」
「シューヤは死んだ! シューヤは死んだ!
「少しだけ―――眠っとけ?」
無詠唱で発動される風の魔法がシューヤ・ニュケルンを眠りへと誘う。
だがそれは、開幕の証であった。
ぽっかりと開いた穴の上から、崖のように切り立った大地の端で二人の少年を見つめる者がいた。
幽鬼のように無表情の男が、突如出来た深淵の奥底で空を見上げる少年を見下ろしていた。
黒金が入り混じる髪を持った少年の姿に三銃士は見覚えがあった。
「おい、何でそんなナチュラルに人を見下してんだよ。リッチの支配から抜け出せもしない雑魚雑魚三銃士。悲劇のヒロイン気取りの半人半魔。北方で最強ぼっちのドライバック・シュタイベルトってさ、お前のことでいいんだよな?」
少年の言葉が見事に男の弱点を打ち抜いた。
「あ。俺の名前は豚公爵。いっとくけど、南方で豚公爵って言えば知らない奴は居ないほどの有名人だからな? まあ、悪い意味だけど。そう考えればここに北方の嫌われ者と南方の嫌われ者が揃っちゃったわけだ」
男の顔がぐにゃりと歪む。
スロウ・デニングを主人公にした第一クールのラストに相応しい―――
「―――赤毛を渡せ、
「―――渡さねーよ、
―――戦争の幕開けである。
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