186豚 「アニメ版豚公爵(ブラックマウス)」

 彼女は知らない。

 シューヤ・ニュケルンを主人公としたアニメの中でスロウ・デニングが何者であったのか。

 皇国の姫を生涯守ると風の大精霊に守ると誓った願いと勝るとも劣らない誓いが存在した。

 戦場に生きるデニングとして生まれた者の宿命だった。

 

「なあアリシア。どうしてお前、豚公爵をあんなに目の敵にするんだ?」

「ねえシューヤ。何度も言ってますけど、その話題は二度としないで」


 何故、大人気アニメ「シューヤ・マリオネット」の中で豚公爵が偉大な人気を誇ったのか。

 神出鬼没な出現地帯と有り得ない出現地帯。

 彼がアニメの裏で守っていたのは皇国の姫だけではなかった。

 彼は水都の姫に対する気持ちを捨ててはいなかった。


 アニメ版豚公爵、スロウ・デニング。

 またの名を黒鼠ブラックマウス、光を捨てたデニング公爵家三男である。


   ●   ●   ●


『南方に進軍していたベイリア公直属部隊が全滅しました! 首謀者は例の黒鼠ブラックマウスかと思われます!』

『ええい何者だァ黒鼠ブラックマウス! 何故尻尾が掴めない! 奴の正体を掴むために帝国がどれだけの金を払っていると思っているのだァ!』


 これから俺はシャーロットを守るための豚になる。

 俺の婚約者であったという事実が君を不愉快な気分にさせるに違いない。

 悪いとは思うけれど、もう決めたことだ。

 アリシア・ブラ・ディア・サーキスタ。

 俺は君を選ばず、シャーロットを選んだ。

 始まりは彼女に対する同情だった、それは否定しない。

 だけどもしかしてどこかで運命がずれていれば、俺が君を選ぶ未来もあっただろう。

 人生は一度きりだ。

 俺は風の大精霊に言われるがまま、シャーロット・リリィ・ヒュージャックを守るために手段を選ばないことを選んだ。

 

「なあアリシア。お前ってあの傭兵に目の敵にされてるよな。気をつけろよ」

「ねえシューヤ、きっと嫉妬よ。多分、あの傭兵。本当の正体はおばさんですわ」


 向こうでダリスの英雄、シューヤ・ニュケルンと話しているアリシアの姿が見えた。

 今覚えばあの時が俺の人生の中で一番楽しかったかもしれない。

 俺とお前、シャーロットやシルバやクラウドがいた。

 多分、あの時が俺の人生において最高に楽しい時間だった。

 魔法が上手くなりたいって喚くお前と、魔法が使いたいってしょげるシャーロット。


『ようやくお出ましとはッ! だけどやっと正体を掴んだよ黒鼠ブラックマウス! まさかデニングの風が帝国が追い求める襲撃者だとは考えもしなかった! けれどどうしてこの場所に来たのか解せないねッ! この場は帝国直轄の地下闘技場! 闇に近しい者しか知らない暗部の―――』


 そういえばアリシア。

 お前は俺によくサーキスタに纏わる色々な話をしてくれたな。

 中でも一つ印象に残っている話があるんだ。

 何とっても美しいサーキスタの都には綺麗に整備され、中でもアリシアが住んでいた王宮はいつでもピカピカ。

 そんなサーキスタの王宮に住み着いた一匹の鼠がいた。

 白いそいつはホワイトマウスなんて呼ばれていて、水霊王宮で目にしたら縁起がいいなんて可愛がられていたらしい。


『―――へえ、私を殺すって? 舐められたものだね! だけどアンタは逃げられないよッ! アンタは殺しすぎた! ここがアンタの墓場となる! アンタは追い詰められた鼠さ! 逃げられるもんなら逃げてみなッ!!! 黒鼠ブラックマウス! スロウ・デニング!』


 なあアリシア。

 俺はいつもお前を見て、不思議に思っていることがある。

 お前があの杖を使い続けている。

 俺がちょっとだけ細工をしてやった杖を、今でも使い続けている。

 でもアリシア。

 お前は俺のことが大嫌いな筈だろう?

 なのにどうしてあの杖を使っているんだ?


「なあアリシア。お前を目の敵にしていたあの傭兵のことだけどさ」

「ねえシューヤ。貴方、どうして私が嫌いな話題を出すんですの?」

「これは秘密の話なんだけど……この前マルディーニ枢機卿に聞いたんだよ。北方の地下組織が運営していた基地が壊滅したって……そこにはあの傭兵もいたらしいぞ」


 俺は影だ。

 ノーフェイスと同じような闇の住人で―――。

 ―――俺が黒鼠ブラックマウスだ。

 アリシア、お前が言っていた水都王宮に住み着いた白鼠ホワイトマウスとは対極の存在だ。

 白鼠ホワイトマウスは見つけた者に幸運を与えるというけれど―――。

 ―――俺は正体を知った者に制裁を与える黒鼠ブラックマウスだ。

 世界でたった一人きり。

 友もいらない、愛も知らない、でも恋だけは知ることが出来た。

 これ以上は求めない。


「え? 本当ですの?」

 

 アリシア・ブラ・ディア・サーキスタ。

 もう君を追い求める傭兵はこの世にいない。

 だから心行くまで安心すればいい。

 だけど、こんなご時勢だ。

 何が起きても可笑しくない。

 でも、もし追い詰められたらその杖に埋め込んだ石を使えばいい。

 うちの宝物庫からお前のために盗み出したマジックアイテムだ。


「実行犯は黒鼠ブラックマウスって言われてる暗殺者で、帝国が血眼で追ってるんだってよ。物騒だよなあ」


 今の俺ならばデニングの魔石をシャーロットに与えるだろう。 

 でもあの時の俺は悩みもせずアリシアに渡した。

 楽しかったあの日々を曇らせるような事態は御免だ。

 北方との戦争が長期化の気配を見せ、予測出来ない行動をする奴らが多すぎる。

 これ以上の気苦労を抱えると俺が潰れる。

 もし未来でも分かるのならば―――あの傭兵のように行動に移す前に叩けるけれど。

 そんなことは夢物語。

 未来が分かるなんて、あの古の魔王のような御伽噺のような話に違いなく。


「シューヤ。今、何て―――」


 ……。

 お別れだ水都の姫。

 ……。

 しっかりと守れよシューヤ・ニュケルン。

 お前なら……やれるさ。

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