130豚 火焔の戦い【VS A級冒険者】⑤

「意外とタフねえオークキング。今まで戦ったオークキングならもうとっくにやられていた筈だけど……。あら、そういえばこうやって一体一でオークキングと戦うのは初めての経験かもしれないわね~。貴方達はいつも配下のオークを闇雲に突っ込ませるだけだったから」

「あっちィィィィィ、あっちィィィィィィ。ぶっひィィィィィィィィィぃぃぃぃぃぃ」

「頑強な身体が仇になった感じね、でも見苦しいわね~。そろそろ楽になりたいと思ったかしら~?」


 ちょこまかと動き回り撹乱した上で突っ込んでくるオークキングは珍しいタイプであったが、似たようなモンスターなど幾らでも屠ってきた。

 それに万が一オークキングがこの身に迫るまで接近したとしても、A級冒険者には鍛え抜かれた剣技があった。

 焔剣フランベルジュを手に入れるまでは一本の剣を持ってダンジョンに潜っていたのだからその実力は折り紙付きだ。

 そう。A級冒険者、火炎浄炎アークフレアの力は完成されている。

 既に己の理想形を見つけ、弛まぬ努力によって最高の形に辿り着いている。

 故に彼は選ばれたのだ。

 冒険者ギルド南方本部ネメシスのギルドマスターによって、S級冒険者トップランナーへの挑戦を認められる特A級冒険者セカンドランナーの資格有り、と。


「ずるいぶっひィィィィィィィィ!! 風の剣士といい卑怯な奴ばっかぶっひィィィ!! ああああああ!!! あっちィィィィィぶっひィィィィィィ!!! 王冠が溶けたぶっひィィィィィィィィィ!!!!!」

「何なのよこのオークキング……うるさくて調子が狂っちゃうわね……」


 火だるまオークが叫び声を上げながら、岸辺を走り回っていた。

 余程身体が強靭なのかまだ深刻なダメージは受けていないらしい。

 だが初撃の火炎が直撃した左腕はもう使い物にならないだろう。さらにA級冒険者が持つ剣に対してあのオークに最大限の恐怖を植え付けることにも成功した。

 後はもう煮るなり焼くなり、A級冒険者のお好きな様に。


「どうやったら火が消えるぶっひィィィィィィィィィィ!!! 燃えるオークなんて嫌ぶひィィィィィ!!!」


 それでも叫びながら走り回って炎を消そうとする姿は余りにもホラー染みていた。

 今もまだ火柱を上げながら燃えているオークキングはバタバタと手足を動かし、そして止まった。

 何かを思いついたらしかった。


「これぶひィ―――ッ!!!」


 オークキングはジャブンと泉に頭から飛び込んだ。

 すると、当たり前のことだがオークキングの身体に執拗に纏わり付いていた火がジュウッと消える。

 火を消すのは水が一番。

 そんな単純なことに今、気付いたのだ。

 オークキングに進化したとはいえ、ブヒータもまた、まぬけなオークなのであった。



   ●   ●   ●



「水が気持ちいいぶひィ……」


 ブヒータはプカプカと泉の上に浮いていた。

 だが、死んでいるわけじゃない。


 水面の上に頭だけ出して、岸の上に立っているA級冒険者を睨みつけている。

 残念ながらブヒータご自慢の王冠は炎によって既に奇麗さっぱり燃え上がってしまっていた。


「なんまいだぶひィ……」


 ブヒータは心の中に住んでいるオークの神さまに感謝した。

 水の中にいればあの炎を吹き出す不思議な大剣の効果も届かない。

 本音を言えば、ブヒータとて死にたくはないのだった。

 命はとっても大事なのだ。


「おいらは頭も良い知的オークキングぶひぃ。どうぶひぃ、これなら火は効かないぶひぃ」

「まさかこんなことになるとは思わなかったわ……オークが生き汚いってのは知ってたけど……。じゃあ、これはいらないのね」


 A冒険者はブヒータに手に持つナイフを見せ付けた。

 ブヒータの相棒。

 ダリスで拾った何の変哲も無いナイフだ。

 身体に纏わり付いた炎を消すために走り回っていた際、ブヒータも気づかぬ間に落としてしまったらしい。

 A級冒険者はナイフを投げ飛ばし、大剣を振りぬいた。

 吹き出す炎によってブヒータのナイフは一瞬で燃え上がり、そのまま森の木々の中に飛んでいった。


「アッー! おいらのナイフがあああアアアアアア!!!!!!!」


 余りのショックにブヒータは泉の中にプクプクと沈んでいきそうになった。

 でも息が出来なくなるので再び頭だけを浮上させる。

 悲しくて涙が出そうになった。

 大切な相棒が燃えてしまった。

 もうサビサビで使い物にならないだろう。

 ショックを受けているらしいオークキングの様子を見てA級冒険者は―――


「それじゃあ先に目障りなあっちから攻略させてもらうわ―――火炎浄炎アークフレアッッッッ!」」


 巨大にそびえる大樹へ向かい―――大剣を振りかぶった。

 今までと明らかに違う、広範囲に広がる激しい炎。大自然の象徴、大樹ガットーを包み込まんとする程の熱量が放出されていく。


「ぶひィ!? あいつ何を……」


 ブヒータは泉の中をぷかぷか浮きながら見た。

 見ていることしか出来なかった。

 大樹ガットーの太い幹から生える巨大な枝に捕まり、A級冒険者を観察していた飛翔型モンスターが一斉に空に飛び立った。

 間違いなく魔王派に所属するモンスター達が逃げるように空を駆けてゆく。恐らくは厄介な侵入者が現れたことを街に報告へ行くのだろう。

 でもブヒータにとって大事なことはそんなことじゃなかった。


「ああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!!」


 飛び散る火花、舞い散る無数の葉。 

 燃えていく。

 燃え上がる大樹ガットーから始まり、炎の波が森の木々に燃え移る。

 森が燃えて行く。

 大自然が炎に包まれて行く。

 赤に彩られた世界がA級冒険者の手によって具現化されてしまった。

 泉の中にいても尋常じゃない熱光がブヒータの顔を明るく照らす。


「遊びは終わりぶっひィィイィイ!!!」


 泉の中から岸へ戻るために必死で犬かきをしながら、ブヒータは水面から顔だけ出してA級冒険者に向かって吠え立てる。

 締め付けられる痛みと共に、若きオークキングの左胸に刻まれた赤く紋章が力強く輝いていた。




 時を同じくして―――。

 ―――オークの里で可笑しな怪奇現象が発生した。

 大勢のオークがぶひー、ぶひーと突然起きたそれを前に慌てふためいていた。


「スローブが消えたぶひ! オークの魔法使いが消えたぶひー!」


 正確に何が起きたのかを把握していたのは、森の中からじっと彼の様子を観察していた茨の森の王スオンフォレストキングのみだった。

 大陸の北方を支配する巨大な帝国すらも最大の警戒を持って危険視する一匹のモンスター。

 冒険者ギルドからも手出しは厳禁であると指定された異端の存在。

 北方魔王フレンダは即座に立ち上がり、それの動きをワクワクしながら見つめていた。

 何だが楽しそうなことになるかもじゃ?

 しかし、そんな気持ちは一瞬で吹き飛んだ。


「―――はッ―――ウソじゃ―――ろッ―――ッ?」


 北方魔王フレンダの顔に浮かんだ愉悦は一秒と持たず、驚愕の色に染まった。

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