129豚 火焔の戦い【VS A級冒険者】④

 オークは弱い。

 雑魚雑魚へっぽこモンスターだ。


「あら~。やる気ぃ? 逃げてもいいのよ~オークキング? 私が今まで戦ったオークキングは戦うオーク達を残して途中で逃げ出す情けないやつもいたわよ~?」


 ブヒータはスローブに言われた通り、腕輪の色をもう一度確認する。

 やっぱり間違いない。

 綺麗な銀色だった。

 スローブの話ではA級冒険者、たった一人でダンジョンを攻略出来るとされる猛者。

 ダリスのダンジョンで可笑しな匂いを嗅いでぶっ飛んだ時、力量の差も見極められずあの風の剣士に特攻した。

 結果、惨敗した。

 この冒険者もあの風の剣士と同じぐらい強そうだった。


「…………ぶひィ」


 冷静に考えて自分の実力はこの冒険者に遠く及ばない。

 あんな重そうな大剣を剣を軽々と片手で持ち、嘲るように頭を僅かに傾けて自分を見つめる冒険者。

 モンスターばかりいる皇国の中で、人間でありながらも確かな存在感を放っている半裸の男。

 恐れも乱れも、僅かな隙も見当らない。


「へぇ~。B級モンスターともなれば力の差は分かるようね。まるっきり脳筋ってわけじゃないのは歓迎よ~? 中々骨のあるオークキングかと思ったけれど……足が震えているのは減点ポイントよ~?」


 どう足掻いても倒せそうにない。

 ならば自分に出来ることは何だろうとブヒータは考えた。

 既に囚われていた子供のオーク達は解放され、彼らにはオークの里の皆へ散り散りになって逃げるよう伝言を頼んである。


 オークの戦いは殆どが逃げの一手、後は奇襲がちょっとだけ。そして、たまに正々堂々向かい合う。

 だったら自分も彼らと同じように逃げるのが正しいのかもしれない、だってそれがオークの正しい生き方なのだから。


「……ぶひィ」


 でも違う。

 自分はただのオークじゃない。

 オークの里を預かるオークキングだ。

 左胸に刻まれた赤い紋章と頭の上に乗せた不恰好な王冠が、自分が何者なのかをはっきりと教えてくれる。

 そして、これから何をすべきなのかを―――。


「でも可笑しな話が聞こえたわね? さっきあなた達はオークの魔法使いを呼んで来た方がいいとか何とかって言ってたじゃない~。新しい変異種でも生まれたのかしら?」

「……オークの魔法使いは来ないぶっひィィィィィ!! お前なんかおいらで充分ぶっひィィィィィィィ!!!!!」


 人間が立ち寄れない奇跡の新天地。

 ダリスのウィンドル領と呼ばれる場所に自分は行けそうにないけれど、それでもここに楽しい楽園を築くことが出来た。

 オークの里の物語はおしまいだけど、沢山の思い出が頭の中に詰まってる。

 父ちゃん、おいら。

 オークキングとしては頑張った方だよねぶひィ?


 湖畔のほとりに佇む二つの命。

 一人は人間、一匹はモンスター。

 力の差は歴然だけど、やらねばやらぬ時がある。

 ―――この命を燃やし、あの冒険者の足止めに魂を捧げる。


「そう、オークの魔法使いは来ないのね、それはつまらないわけど、あれだけの規模のオークの村に行けば変異種なんてゴロゴロいるし、そのオークの魔法使いにも会えるでしょう。……じゃあ始めるとするわよ~? 安心なさい~? すぐに仲間も呼んであげるわ~」

「ぶっひィィィィィィィィィィ!!! おいらはオークキングのぶひィ!!!!! 最強のオークキングぶひィ!!!!!!」


 若きオークキングは冒険者に向かってナイフを構えた。

 ダリスで拾った名前も無いただのナイフだけど、今まで一緒に戦ってきた大事な相棒だった。


「それじゃあさようなら。勇ましいオークキング」

「さよならなのはお前の方ぶっひィィィィィ!!!!!!!」


 途端、冒険者が軽々と大剣を振るう。

 だけどブヒータは理解出来なかった。

 

「ぶひ?」


 この距離で?

 どうして?

 そこで剣を振っても意味なくないぶひィ?

 ―――しかし。

 振られた大剣の先。

 何も無い筈の空間に生み出されたのは炎だった。

 重なり合った炎の波が一直線に自分に迫ってきた。


「―――ぶえほえ?」


 さすがのブヒータも、固まざるを得ない程の衝撃だった。


 ”ちょっと待ってちょっと待ってお兄さん。そんなのってありぶひィ?”


 ブヒータの視界が一面、熱い炎で埋め尽くされる。

 火焔の戦いの、幕開けだった。

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