151豚 寝息もぶひぃ
「笑えるかもしれないね……今、俺は全身全霊の力でキミを守っている……ただの人間が、大精霊を守るなんて可笑しな話だけどね……」
「アルトアンジュッ!! 今すぐ攻撃を―――ッ! 嘘ッ! この結界、中の音を遮断してるッ! ……音と振動の複写結界! アンタ、どこにそんな力がッ!!!」
「鈍いぜ……大精霊。さあて、それじゃあ、秘密の密談といこうか……!」
”傷が酷い。痛みを感じないのか、スロウ・デニング”
「……ははっ? 痛いに決まってるだろ……どんだけ血が出てると思ってんだよ。でも痛がってる場合じゃないだろ…………だって、これが俺の使命だ。
”スロウ・デニング―――、―――”
闇の精霊達の声には心が篭っている。
普段は姿も見せない彼らが必死に語りかけてくる。
なら信じないわけにはいかないよな。
魔法使いの証である
俺は精霊から愛されし
こんな俺が精霊の言葉を信じなくてどうするんだって話だよ。
「―――なるほど……それは、骨が折れそうだッ!」
「
「にゃああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ」
結界がえぐられ、隙間から俺の身体が次々と傷ついていく。
あいつが、荒れている。
そんな風の大精霊の姿を見て、俺は思う。
似合わねえ。
似合わねえぜ、アルトアンジュ。
お前はそこらへんのオークのガキンチョを追い回してる方が似合ってるって。
オークの里で沢山のモンスターと遊んでたお前の姿は随分楽しそうに見えたぞ。まあ、当のオークさん達には滅茶苦茶迷惑がられてたけどさ。
「闇の精霊はセンスのある魔法使いに力を貸せって言ってるでしょー! 火の精霊のように猪突猛進でもなく、水の精霊のようにおしとかやかでもなく、風の精霊のように気紛れでもなく、土の精霊のように生真面目でもなく、光の精霊のように偉ぶらないッ! 闇の精霊はただ、センスを見る! そこに善悪もなく、アタシ達は才能のみを見る! でも、でもね! 確かにコイツはセンスがある! 魔法使いとしては破格の才を持っている! それでも―――! それでも―――ッ!! ―――アタシの言うことを聞きなさい! 今すぐコイツに力を与えるのを止めて、この忌々しい結界を解除しなさい! そしたらアタシがアルトアンジュと話をつけてあげるからッッッ!」
「なあ―――闇の大精霊さん。そろそろ限界だから……お話しない……? まじでしんどいんですが……」
我を忘れている風の大精霊さんに真っ向から立ち向かう。
こんなに取り乱してるアルトアンジュを見たのは初めてっていうか、どんだけ闇の大精霊さんと仲が悪いんだよ……。
まあでもアニメの中の騒動って大半は大精霊同士の不仲が原因だしなー。
ドストルの闇の大精霊。ダリスの光の大精霊。サーキスタの水の大精霊。それにシューヤの火の大精霊。
唯一まともな大精霊って言えるのは火の大精霊さんぐらいか……。
いや、あれもバトルマニアだしなあ……。
「っチ! 一体何が望みなのっ! 何だって、いいわよっ!? この屈辱にかえるなら何だって聞いてやるわ!! さあ言いなさい! 世界が欲しい! 帝国の半分が欲しい!? ええ、何だってあげるわ! 人間に助けられるっていうこの恥辱に比べれば、何だって望みのアンタの望みを叶えてあげるわよッ!!」
ははは、やっぱり大精霊の中で一番プライドの高いナナトリージュ。
人間に守られるなんて耐えられないか。
……。
あれ。
今、何だってするって言ったよね?
ふぅ……大口を開けてそう宣言する瞬間を待ってたんだよ。
俺は痛みを押しのけて、世界最高峰の魔法使いに向かって問いかける。
「交渉は成立だッ闇の大精霊―――キミが自由連邦に送り込んだ三銃士の一人、ドライバック・シュタイベルトに対して、俺は二つの契約を申し出るッ!」
「ドライバック……ッ!? ―――アンタ……何でそれをッ!」
死の大精霊の卵を探し出すための闇の魔道具を恐れ多くもナナトリージュの自室から盗み出した天下の大怪盗。
自由連邦を裏で支配している反逆ギルド所属の大怪盗さんを始末し、闇の魔道具を取り戻すために闇の大精霊さんは三銃士の一人を派遣した。
厄介すぎるナナトリージュの
ダンジョンの申し子、ドライバック・シュタイベルト。
「―――北方の英雄は南方にいらない! あいつの存在がどでかい戦争を引き起こすッ! だからナナトリージュッ!! キミは伝えるんだ! キミが伝えないといけないんだ! これはキミにしか出来ないことだ! 奴の育ての親として―――今からキミをダンジョン都市に連れて行く!」
「―――ちょっと待ちなさいッ! スローデニング、何で、アンタがそれを―――」
「そこでキミはアイツに伝えるんだ!! 北方に帰れ、と!!! お前の仕事は既に無く、死の大精霊の卵は既に確保したと!!!」
「―――ま、待ちなさい! 何で知ってるのよ! アタシがアイツの育ての親だって!!」
アイツの力は禍々しく、一度発動すれば亡者の気が済むまで収まらない無敵の力。
そして、自由連邦のダンジョン都市が持つ特性のためにアイツの力は暴走する。
本人の意思すら飛び越えて、アイツの力はどこまでも暴走する。
「にゃああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ」
「ああもううるせえなあ、風の大精霊さん!!!」
既に痛みは苦痛を凌駕し、死を呼び込んでいる。
ただの人間である俺が、風の大精霊の力を防ぎ切るなど出来るわけもない。
でもここまで押さえ込んでいるのはすげーことだと思うぜ。
「それが一つ目の願いだ! そして二つ目の願いは――――――アイツの力が暴走した場合、俺が止める! 手を出すなッッ!!!」
「な、何を言ってるの―――」
最後の力を振り絞って―――。
俺は―――小さな魔法使いに伝える。
「止められないッ……止められないんだよ! アイツは……暴走する……! アイツは暴走するんだ……! ドライバックは……S級リッチより……恐ろしいモンスターが……ダンジョン都市を……」
「―――アルトアンジュ! 攻撃を止めなさい!! っチ、まだ遮音は有効か! でも何でアンタがアイツの力を知ってるのよ! S級リッチなんて機密中の―――!」
「シューヤでも、あのギルドマスターでも、お前でも、あの火の大…………だから、闇の大精霊…………俺を連れていけ……ダンジョン都市ユニバースへ………いいか……俺を連れて行け……」
● ● ●
風の神童はぶっ倒れた。
結界を維持したまま、ぶっ倒れた。
血だらけの上半身を床に押し付け―――それでも彼は風の大精霊アルトアンジュから闇の大精霊を守り続けていた。
「……俺を、ユニバー……行け………」
もはや言葉になっていなかった。
ただ、うわ言のように呟き続けた。
「……いいか…………ユニバースへ……………連れて行け……俺を…………でないと………………救えな……………イツは……………………ら…………」
強力な結界を維持したまま、彼は闇の大精霊を守り続けた。
瞳に力なく、青白い顔のまま、それでも彼は命を削るかのように守り続けた。
そして、風の大精霊の魔力が底をつき攻撃が止んだ瞬間、闇の大精霊は結界を打ち破り、風の大精霊を拘束した。彼女の魔力は多少なりとも回復していた。
ぐちゃぐちゃになった室内から飛び込んでくる人間に気を配る程の余裕もあった。
「スロウ様ッッ!!!!!!!!!!!!!!」
「
少年に駆け寄ろうとしたシルバーの髪を持つ少女は固まり、憎憎しげに黒髪の小さな魔法使いを睨み付けた。彼女達はお互いが何者なのかをまだこの段階では知らなかった。
「―――私は、スロウ者の、、、従者で、、すッ。貴方こそ、一体何者なのですが――」
「へえ……従者ねえ……ならば、聞きなさい。コイツは私が蘇生する。闇の大精霊の名に掛けてコイツはアタシが治すと誓うわ」
「―――闇の、大精霊……?」
従者の目が信じられないものを見たというように細まっていく。
何故ならその言葉を吐く存在はただの女の子にしか見えないからだ。
けれど、長い黒髪をかき上げ
「従者。貴方が口答えする間にコイツが死に近づくと考えなさい」
重みがあった。
彼女はデニング公爵家で最高級の教育を受けていたため、主を助けるためには腕の良い水の魔法使いが数十人必要なことを瞬時に理解できた。
彼女はデニングの教育を恨んだ。ここまで主の状態を正確に把握出来てしまう自分が嫌だった。そして、魔法の素養が無い自分を呪った。
魔法使いで無ければ、国防のため戦場に出るデニングの従者は務まらない。
まさに今、実感した。
「スローデニングの従者。貴方は馬車を用意しなさい。金に糸目はつけないわ。この地で手に入れられる最高の馬車を用意しなさい」
「―――え」
長い黒髪の小さな魔法使いは言った。
その身から溢れる魔力、目には見えないけどゾッとする。
彼女は、いや、シャーロットは意味が分からなかった。薄暗い結界の中でスロウ・デニングがこの小さな魔法使いと何やら会話をしていたのは分かったが、その声は聞こえなかった。
「のろまね、いつもなら洗脳して動かしてるところだけど―――……今日は止めてあげる。またあのぐわんぐわんするのは嫌だから……さあ、従者! 働きなさい! アタシが何者だとか、主は助かるのかとか、そんなことよりもアタシの言うことを信じなさい! コイツは助ける! コイツは助かる! だって、このアタシが言ってるんだから……これ以上の信頼って多分無いわよ。ほら! 動く! 馬車よ馬車!」
「は、はい!」
小さいくせに有り得ない迫力、けれどこの子は敵じゃない。
味方とも思えないけど、女の子の言葉に嘘は無いとシャーロットの第六感が告げていた。
モンスターと意思を通わす皇国の姫。
その力がこの子にも当てはまっているかもしれないなんて、失礼なことをシャーロットは頭の隅で思い、そのまま廊下に出た。
主を踏まないように気をつけて、でも、見慣れた少年の横顔は何故か眠っているように穏やかだった。まるで自分が助かることが分かっているかのように、安らかだった。
「……ぶひぃ……ぶひぃお……おぶひ……」
あ、大丈夫だ。
シャーロットは確信した。だってそれはよく聞く彼の寝息だったから。
やばい、涙が出そうだ。いや、出た。沢山出てる。現在進行形で、嫌になるぐらい。
もう、本当にこの人は何なんだろう。
私を何度泣かせれば気が済むんだろうとシャーロットは思った。そういえば、今日は水竜にいきなり食べられたし……あれは本当に死んだかと思ったのだ。そんなことを思えば、何故かムカムカしてくるシャーロットなのであった―――。
「……ドライバックが暴走する? 確かにさっきコイツ。そう言ったわよね……。あの力が暴走なんてしたら帝国だって吹き飛ぶわよ……。まあいいわ、
血溜まりに倒れこんだ少年のズボンのポケットから、小さな紫色の斑点で彩られた卵が顔を見せていた。
少し前なら欲しくて欲しくて溜まらなかった逸品だけど―――
―――小さな魔法使いにとってはもはや死の大精霊の卵なんてものはただの玩具にしか見えず、そして少年の横顔を見て、ようやく小さな魔法使いは思い出した。
「アッ!!!」
それは十数年前の思い出だ。
帝国最強の三銃士。
それぞれが大陸でも類を得ない力を持ち、たった一人で小国であれば滅ぼせる程の力を持った異能の者達。本気でやり合えば闇の大精霊とて無傷で済まない最強の戦士と同等の才能を持った子供が生まれたとの噂を聞きつけた。
「……どこかで聞いた名前だと思ってた、どこかで見た外見だと思っていた―――! アタシの
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