第11話 おおがらす

おおがらす 1

 ……どこか遠くから、音が聞こえてくる。


 音は次第に強く鋭くなり、それがアラームだと頭が理解してからも、俺は目を開ける気にはなれなかった。

 弱めに設定したエアコンの風が時々頬に触れる。重たく沈んでいこうとする体を叱りつけ、俺はようやくベッドから降りた。


『行方不明の――』


 のろのろと着替えを済ませて階段を下り、リビングへと入った途端とたんに聞こえてきた言葉に、びくりと顔を上げる。

 テレビでは、どこかの誰かが行方不明になったというニュースをやっていた。さらされた名前にも顔写真にも全く見覚えがないことに、不謹慎ふきんしんながらもほっとする。


「やーね、最近こういうの多くて。――あらタカ、今日は早いじゃない」


 それを見ながらぶつぶつ言っていたお袋が、こっちに気づいて振り返った。俺は曖昧な返事をして、そのまま洗面所に向かう。

 続いてのニュースです。立木真奈たちきまなさんが――抑揚のないニュースキャスターの声がそう告げたような気がして、慌てて冷たい水を顔面にぶちまけた。


「昨日のお祭りでね」


 テーブルにつくと、お袋が唐突にそんなことを言い出す。


「えっ」

由香ゆか向坂こうさかさんにばったり会ったんだって。……何よタカ、えって」

「あ――いやいや、何でもない。ごめん」

「向坂さんって、由香さんの同僚だった人だっけ?」

「そうそう。結婚して引っ越したんだけど、偶々たまたまこっちに戻ってきてたらしいの」


 両親はこちらの様子は気にせずに、共通の友人の話題で盛り上がっていた。濃い目に入れたインスタントコーヒーを飲み干しても、頭はちっともスッキリしてくれない。


 誰かが姿を消すのは、これで二度目。

 だからということもあるだろう。もうそんなことは起こりっこないと、どこかで油断があったから余計になのかもしれない。だけど何よりショックだったのは多分、普段冷静な和葉かずはさんと渡部わたべの態度。


 ――俺たちには、『魔法の鏡』がない。


 和葉さんが姿を消した時と違い、探す手がかりになる重要なものが欠けている。

 相変わらず立木からの連絡も全くない。それが、みんなの焦りを大きくしていた。


「……あのさ」


 二人の会話の途切れ目を狙い、話を切り出す。


「ちょっと、二、三日、友達の家に泊まって来たいんだけど」

「友達って? タケくん?」


 お袋がカフェオレを飲みながら言う。


「いや、渡部っていう、関高せきこうのヤツ」

「関高? あんたそんなとこに友達いるの?」

「うん……まあ」


 最初は嫌なヤツだと思ってたけど、いつの間にかそう呼んでもおかしくないような間柄あいだがらになっていた。

 不思議なきっかけで出会った和葉さんも――立木も。


「この前のテストの時も、勉強見てもらってさ」

「やけに結果が良かったのも、そのせいか」


 親父がテレビに視線を向けたままで言った。


「うん、すげー助かった。夏休みの宿題も結構あるから、色々相談しようと思って」


 俺はそう言って笑う。

 夏休みの宿題が結構あるのも本当。友達の家へ、色々相談しに行く。――そんなに間違ったことは言ってない。そうやって自分に言い聞かせて、湧き上がる動揺を抑える。


「いいんじゃないか。学生のうちはそういうのも楽しいしな」

「そうね。……危ないことしちゃダメよ」


 何だよそれ、小学生かよ。


「……うん」


 そう思いながらも俺は、素直に頷く。

 それはきっと嘘になるだろうから、心の中で、ごめんと謝りながら。


「行ってきます」


 昨日のうちに用意しておいた荷物を抱え、俺はリビングに一度顔を出してから、静かに玄関を出る。

 両親とも、ある程度のことを伝えておけば、そんなに突っ込んで聞いては来ないタイプだから、こういう時に助かる。

 一人、根掘り葉掘り、自分の気が済むまでとことん攻め込んでくるヤツがいるけど、まだ寝ているようだ。自転車を取りにいく時も恐る恐る上を見てみたが、部屋のカーテンは閉まったままだった。

 俺は一つ息を吐き、ペダルに体重をかける。

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