第8話 ガラスのひつぎ
ガラスのひつぎ 1
『何あれ? やばくね?』
若い男女の会話が聞こえる。
他にも笑い声や、ざわざわとした音が聞こえた。
「いつの間に撮られたんだろう」
PCを覗き込んで視聴すること何度目か。言葉と一緒にため息が出る。
しかしタイトルひでーな。『JKのストリートダンスがヤバすぎてモザイクかけたw』って、確かに顔にモザイク入ってるけどさ。
「でもさ、これってそんなに気にすることなのかな?」
俺は誰に向けるともなしに言う。
「確かに対処したほうがいい問題だとは思うけど、顔も隠れてるし、俺たちの声もよく聞こえないし、そこまで緊急性があるのかなって」
期末が終わった翌日。
今日くらいはゆっくりしたい、出来ればまだ寝ていたいというのが俺の正直な気持ちだ。
でも、ヤツはまだ難しい顔をしている。
「『ヘンゼルとグレーテル』は、何故お前を狙ったんだ?」
その視線は俺ではなく、
「何故って、邪魔だからって言ってただろ?」
「お前は黙ってろ。俺はこいつに聞いてるんだ」
「……ええ。どこで知ったかってことだよね」
彼女は頷き、記憶をたどるようにしながら話し始める。
「いきなり現れて、『お前が”いばら姫”だな』って言ってきた。だから
「いつもはこっちで調べてから仕掛けるもんね」
この前渡部が言っていたことが、ここに来て現実になってしまったということだ。
「お菓子の家の中では、意識を何とか保って、脱出の機会をうかがうので精一杯だった。携帯ももちろんつながらないし。本当、みんなが来てくれて助かった。ありがとう」
和葉さんの笑顔につられるように、場の空気が少しなごむ。
「……あいつら、俺たちのことも知ってたよな」
だが渡部は一人、PCの載っている事務机から離れ、応接セットの方へと移動した。
腰を下ろして足を組み、あごに手を当ててどこか遠くを眺めるようにする。
それがやけに
「ああ、そういえば」
俺もそこで、あの時言われたことを思い出す。
まるでこっちが戦う能力を持っていないのを知ってるかのような口ぶりだった。
「えっ? そうだったっけ?」
しかし立木は覚えていないらしく、首をかしげる。今日はしっかりとセットしたツインテールがふりん、と揺れた。
「お前らだけでどう戦うんだ? みたいなこと言ってただろ」
「えー? あのバカ兄妹のことは、キモイ髪型とゴスロリしか覚えてない」
もっと他にないのか。確かにそれが一番インパクトがある部分ではあったけどさ。
「まあとにかく兄貴のほうがそんなこと言って、だから渡部が策があるっつって、ドロップキックを――」
「ドロップキック?」
今度はそれが初耳な和葉さんが疑問の声を上げる。
「そんなことはどーでもいいんだよ!」
――そんな和やかな俺たちに、高校生探偵はぶちきれた。
「とにかく、あいつらはどこかで『いばら姫と仲間たち』のことを知って、どの程度かはわからんが調べて、それからこいつを襲った可能性があるってことだ!」
そして指をびしっと和葉さんに突きつける。
その勢いに、俺たち三人とも
しばらく何ともいえない空気が室内に漂っていたが、やがてそれにいたたまれなくなったのか、突きつけた指を静かにおろすと、ヤツは再び席に着いた。
「ああ、それで、この動画がそのきっかけかもしれないって、めっけちゃんは思うわけね?」
「そういうことだ」
立木の言葉には、
『めっけちゃん』呼びについては、もう反抗するのを諦めたらしい。
「それって、あいつらに『アメフラシ』の姿が見えたってことか?」
俺の問いには、首が横へと振られた。
「さぁ、どうだろうな。あいつらは二人でお菓子の家を制御していたようだから、それ以外の能力はないかもしれん。だとすると、他の誰かが情報を流したと考えたほうが良いのか……現場を目撃したとか、今回の件とは関係なく目をつけられていた可能性はあるが、ネットは誰が見てるか解らんからな。情報伝達のスピードも速い」
確かに身内だけの雑談のつもりで書いたことが誰かの目に留まり、炎上につながったというのはよく聞く話だ。
動画の再生数も結構行ってるから、視聴者の中に能力者がいたって変じゃないかもしれない。
「一応あれから投稿者名で検索してみたんだが、他のSNSの情報も出てきた。
坂上大のキャンパスは、あの動画が撮られたところからそんなに離れていない。学校帰りに俺たちを見かけて寄ってきたんだろうか。
動画はおばちゃんが話しかけてくる前で終わっているから、撮影者は早々に散ったグループのほうにいたのかもしれないが、その後の映像はカットされただけかもしれない。
結局のところ誰の顔もはっきりとは覚えてないのだから、同じことだった。
「確かめてみる必要がありそうね」
和葉さんの言葉に、俺たちは頷きを返した。
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