第7話 眠り姫

眠り姫 1

和葉かずはさん、どう?」


 次の日、学校に着いてすぐ聞いてみた。

 俺にはなかったけど、もしかしたら立木たちきには連絡がいってるかもと思ったからだ。

 彼女は嫌そうに見ていた教科書から顔を上げる。それから、何ともいえない表情をした。


「体調は平気みたいなんだけどね、しばらく、動けないらしくて」

「動けない?」


 それって果たして平気っていうんだろうか。


「たぶん……お父さんじゃないかな」


 ああ、そういうことか。ぎゅっと苦しかった胸の辺りから力が抜ける。

 お父さんからしてみれば、大事な娘がふらふら出歩いた挙句あげく、倒れてしまったんだから思うところもあるだろう。

 俺に向けた態度も、あまり好意的とは言えなかったしな。


「とりあえず元気は元気みたいだし、あたしたちはあたしたちに出来ることをしない?」

「できることって?」


 何かあるのかと目を輝かせた俺に、立木は息と一緒に言葉を吐いた。


「期末の準備」


 ◇


『そもそもあたし、放課後に友達の家で一緒に勉強してることになってるもん』


 そうじゃなきゃ塾に通わされて『つむ』の相手なんて出来ないし、と立木は肩をすくめ、また教科書に視線を戻した。

 確かにそれも大事なことかもしれないけど……何か違うというか。世の中を守る活動だけに集中したいというか。


「はぁ」


 自然とため息が漏れる。


「やる気出ねー」


 でも勉強しないとヤバいだろうな。まあ、今までやる気出してたかというと、それも疑問なんだけれども。

 葛藤かっとうにじりじりと、ますます気力を奪われながら、俺は机に突っ伏す。


 ――そういえば。


 そこで本棚の片隅に差し込まれたものに目が留まり、そのまま釘付けになる。


 封筒、持って帰ってきてしまった。


 姿勢はそのままで、右手を伸ばしてみる。指先がぎりぎりのところで触れた。

 少し迷ってから、掴んだものを顔の真ん前まで引っ張ってくる。

 これ、封が閉じられてないんだよな。


「……ダメだろ」


 思わず声に出して言っていた。

 罠か、罠なのか。

 見てはいけないと思いながらも、俺は結局中を見てしまう。


「これ……」


 中に入っていたのは、沢山の写真だった。

 外国と思われる、絵本の世界みたいな町並みや、牧歌的な風景に雄大な自然、子供たちの笑顔――それに混じって、あの女の人が写っているものもある。

 病院に来た時のような派手な格好じゃなく、ジーンズに地味な色のジャケットというふうで、サングラスを外した人懐ひとなつっこい笑顔には、明るい魅力があった。


 俺はそこで、ようやく気づく。――この人、和葉さんに似てる。


 もし俺の想像が当たっているなら、倒れた和葉さんを心配して病室までやって来たことも納得がいった。

 だけど、すぐに帰ってしまったのは、忙しかったからなんだろうか。


 ――いや、立木はお父さんのことは知っていても、彼女のことは全く知らないようだったし、何か事情があるのかもしれない。


 色々考え始めると、そればかりに頭脳が使われてしまい、ますます勉強しようという気は遠のいていく。


「はぁ」


 また漏れた息に答えるかのように、スマホが軽やかな音を立てた。

 SNSのグループへの投稿だ。


<今度の日曜、家に来てもらえない?>


 フキダシの隣には、バラのアイコンが揺れている。和葉さんだ。

 立木から様子は聞いていても、文字だけとはいえ、こうやって直接本人の言葉が聞けると、やっぱりほっとする。

 イラストのバラも何となく元気そうに見えて、胸にあたたかいものが広がった。

 俺もすぐに<OK>と返信をする。言葉は本のアイコンと一緒に画面に現れ、それに続いて二つのアイコンも登場した。


「ん? 何だこのメガネ。――あっ」


 いつの間にかメンバーに渡部わたべがいるんですけど。<気が進まないが仕方ない>じゃねーよ。

 ま、俺も連絡先聞きそびれてたし、いいんだけど。色々助けてもらったのも事実だしさ。


 結局その日は一転、気持ちがやけに軽くなって、気もそぞろのまま一日を過ごした。

 いつものように姉貴にからかわれたり、勉強も少しは進めたような気もするが、あんまり覚えていない。


「よし」


 何がよしなのか自分でも良くわからないが、そんなことを呟きながら、俺は何度目かになる寝返りを打つ。

 楽しみで寝られなくなるというのは、久しぶりな気がした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る