眠り姫 2

「父がね、最近良く来るの。心配要らないって言ってるんだけど」


 集まった俺たちに飲み物を出しながら、和葉かずはさんはため息をつく。

 日曜日。俺たちは午前中から『事務所』へとやってきていた。今日は渡部わたべも加わり、ソファーは全部埋まっている。


「あぁ……いただきます」


 俺は中途半端に相槌あいづちを打ってから、飲み物を手に取った。

 あんなことがあったんだから、心配するなといっても無理な気もする。

 だけどそもそも和葉さんたち――今は俺も含め、やってること自体が危険なことであり、それを言えないという和葉さんの気持ちも、もっともなわけで。

 そう思ったら、何も言えなくなってしまい。

 俺はちらと和葉さんの様子を窺う。やつれた顔でもしてたらと不安だったけど、顔色も良く、かえって前より元気そうに見える。もしかしたらゆっくり休めたからなのかもしれない。


「それで、今日は何の集まり?」


 立木たちきがストローを咥えつつ、渡部を横目で見てから言った。

 ここにいることに、未だにすげー違和感がある。

 本人も居心地が悪いのか、ひたすらドリンクを飲み続け、もうすでに半分以上なくなっていた。こいつもなんで来たんだろうか。


「活動再開するのは、もう少し休んでからでもいいと思うんだけど……」

「……うん、そうね。それは、また考えようと思う」


 和葉さんは曖昧な笑みを浮かべ、頷いた。

 俺も同意見だが、事情を知らない周囲からも、散々小言を言われているのかもしれない。


「今日は、もう一つ目的があって」

「目的って?」

「二人とも、もう期末でしょ? 勉強会をしようと思ったの」

「あっ」

「何だよ『あっ』って。まさか忘れてたとか?」

「う、ううん。そんなことないけど……」


 俺が笑いながら言うと、立木は慌てたように手を振る。

 まあ俺も、出来れば忘れたかったけどな。でも、頭にこびりついて離れてはくれない。


 ――テストを乗り切る能力とかがあればいいのに。


 そんなことを考え、ため息をつくと、渡部がじろりとこちらを見た。


「まさか、テストを乗り切る能力でもあればいいのに、とか思ってないだろうな?」

「まっ――まさかぁ」


 心の中を読まれた気分になり、俺は嫌な汗をかきながら乾いた笑い声を立てる。

 こいつはこういう時だけ口挟んできやがって。ドリンクだけ飲んでろ。


 ――いや、本当に読まれてないよな? まさかな。


 能力者の存在を知ってしまったことで、あながちありえない話ではないと思えてくるから恐い。


「ああ、でも今日、なんにも持ってきてないんだけど」


 俺は渡部から視線を逸らし、さっさと話題を変える。

 いつもは学校帰りのことが多いから、教科書も全部の教科ではなくても持っているが、流石に休みの日まで持ち歩こうとは思わない。


「問題ない」


 そこで自信たっぷりな声を上げたのは、またしても渡部だった。


「お前らの高校のテスト範囲はリサーチ済みだ」

「はぁ」


 そんなことまで。――っていうか何故直接聞かないのか。


関高せきこうの期末はもう終わってるから、協力をお願いしたの。私のところも終わったから」

「へぇ」


 俺の口からは先ほどから気が抜けたような声しか出てこない。

 渡部のドヤ顔を目の端がとらえたが、気づかないフリをしておいた。


「大丈夫だったの? 体」

「体調はすぐに戻ったから。しばらく父の監視下だったのもあって、勉強には集中できたしね」


 和葉さんは言って、クスリと笑う。


「ところで、和葉さんって学校どこ?」

三ヶ原女子みがはらじょし


 うわ、こっちもエリート。

 普段なら驚き、素直に「すごい」の一言でも言えたと思うが、何だか流れ的に頑なになっている自分がいた。

 それもこれも渡部がここにいるせいだ。

 しかし、ヤツはぶらぶらしてるだけだからともかくとして、勉強ちゃんとしながら『つむ』とも戦ってたら、休む暇がないような気がする。


「じゃあ、早速始めましょうか」


 和葉さんが言って手を叩いたので、何となくもやもやしたものを抱えたまま、俺たちは勉強会へと突入することになった。




 俺と立木は、二人が用意してくれたテキストや問題集を黙々もくもくいていく。

 市販の物にはどの問題をやればいいかしるしがついていたり、自作と思われるプリントまであった。


「……あの、終わりました」


 一通り埋めた解答用紙を渡すと、渡部が答え合わせをする。ヤツが眉間にしわを寄せたのを見て、俺は思わず唾を飲み込んだ。

 渡部は用意してあった課題の中からいくつかを見繕みつくろうと、俺の目の前にどん、と置く。


 ――また増えた。


 断層のように積み上がっていくそれを見て、自然とため息が漏れる。

 それが耳に届いたのか、舌打ちが返ってきた。


「何か文句あんのか? さっさとやれよ」

「い、いや……はい」


 視線の鋭さに耐えかね、俺は慌てて机に目を戻す。

 最近段々馴染んで来てたから忘れてたけど、そもそもコイツはこんな感じのヤツだった。優しく教えてもらおうと思ったのが間違いだった。


「和葉さん、少し休憩しない?」


 その時、立木の声が聞こえたので、俺は下を向いたまま目だけ動かし、そちらを見る。

 和葉さんは穏やかな顔のまま、優しく言った。


「さっき休憩したばかりじゃない」

「でも……ちょっとだけだし? ただ休むだけじゃなく、お菓子とか食べながらゆっくりしたいし」

「じゃあ、もう少しやろう? これ解いてから」


 そうして、そこそこ厚みのある問題集が置かれる。


「中間もあまり良くなかったから、期末はもう少し頑張ったほうがいいと思うの」

「でもでもっ! あれでもマシなほうだったんだって! お友だちのおかげねって、お母さんも言ってたし」


 必死で抵抗を試みる立木。この短時間で、ずいぶんげっそりしたように見える。


「それなら、もっと良くなったら、もっと喜んでもらえるよね」


 さらに積まれる問題に、抵抗は無理と悟ったのか、ついに立木は口を閉ざした。


「――てっ!」


 そこで頭に痛みが走り、俺はてっぺんをさすりながら床を見る。そこには半開きになったポケット辞典。


「よそ見してんじゃねぇよ」

「はい、すいません」


 俺は急いで問題に取り掛かる。

 ――勉強会の話が出た途端、立木が無口になったのはこういうことか。


 何だか、踏み入れてはいけない領域に足を踏み入れてしまった気がする俺だった。

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