第5話 がちょう番の娘

がちょう番の娘 1

<今日、顔出せなくなった。ごめん。プリンはドアの前に置いといたから>


 我ながら言い訳くさい文面だと思う。

 プリンを7階まで置きにいけるなら、声くらいかけたって大して変わらない。連絡して、取りにきてもらうことだって出来るだろう。


<了解>


 でも、しばらくして届いたのは、そんな返信だった。

 意外にあっさりとした内容。本当のところ、どう思われてるんだろうか。


 それを確かめる勇気は、俺にはなかった。


 ◇


 次の日学校に行っても、立木たちきになんて声をかけていいのかもわからなかった俺は、それまでがそうだったように、近くの席のやつらと話していた。

 こっそり様子を確認すると、向こうも今までがそうだったように、一人で本を読んでいる。

 それに少しだけほっとすると同時に、罪悪感とでもいうようなものが胸の中に広がっていく。


 和葉かずはさんを追いかけ『ラプンツェル』との戦いに巻き込まれ、『鉄のハンス』との対決を手伝い、『アメフラシ』の追跡には直接関わりもした。それで十分、やっていることの危険さを知ったつもりでいた。

 でも、俺たちが追ってるのは物語の登場人物ではなく、現実に存在する犯罪者で、『物語』がナイフや銃の代わりなんだってことを、渡部わたべに言われたことでようやく具体的にイメージできるようになったんだと思う。

 毎回勝たせてはくれないかもしれない。返り討ちにあうこともあるかもしれない。先手を打たれたり、報復されることだってあるかもしれない。

 それを理解した時、実感がやってきた。じわじわ、じわじわと恐くなってきてしまった。

 本当に今さらだと思うし、自分が情けなくはあるけど。


「もう期末かぁ」

「あたし全然勉強してない」


 そんな会話が、ふと耳に入ってくる。

 来週から高校に入って初の期末ということで、教室でもそういった話題がよく出るようになった。

 俺も中間はあんまり良くなかったし、少しは頑張んないと。やっぱ、学生だしな。

 でも二人とも、ああやって戦いながら、勉強もちゃんとしてるんだろうか。

 渡部は――うろうろしてるだけだから別かもしんないけど。

 結局また、そんなことばかりを考える。


「な、サクもいいだろ?」

「……ああ、うん」

「じゃあ、決まりな!」


 突然タケが話を振って来たので、反射的に頷いたら何かが決まってしまったようだ。

 何の話だったのか確認しようとすると、授業の開始を告げるチャイムが鳴り、教室の中が慌しくなった。

 席へと中々戻ろうとしない一部の連中も、入って来た数学担当のミカヅキさんに睨まれて着席する。

 俺も開きかけた口を閉じ、大人しく教壇の方を向いた。


「なあ、何が決まったって?」


 次の休み時間になり、隣へ向かって尋ねる。

 ミカヅキさんは物静かではあるが、妙な威圧感があるので、授業中に私語やメッセージのやり取りはしづらい。

 ちなみにミカヅキさんとは名字ではなく、顔の雰囲気からつけられた呼び名だ。

 タケは呆れたような顔で、俺を見た。


「聞いてなかったのかよ?」

「ごめん、ちょっと考え事しててさ」

「また?」


 そう言ってタケは俺の腕に目を向ける。今日は長袖じゃねーよ。


「みんなでカラオケ行こうって話になったんだよ。勉強も疲れるし、たまには息抜きもいいだろ?」

「ああ、そういうことか」


 つーか、みんな勉強してるんだろうか。

 してないように見えても、陰ではきっちりとしてたりするからな。

 そう思うと、少し焦る気持ちが生まれる。


「……行くよ」


 だけど結局、俺はそう答えた。

 どちみち勉強にも身が入んないなら、遊んでたって同じだろう。

 今はとにかく、何かで気を紛らわしたかった。


「立木さんも誘えば?」


 タケは周囲をはばかるようにして、小さな声で言う。


「いや……いいよ」


 気をつかってもらうのはありがたかったが、流石にそれは勘弁願いたい。


「そっか」


 タケは何か言いたそうにしていたが、俺が席を立つと引き止めはしなかった。

 特に用事があったわけじゃないけど、教室の外に出て、ぶらぶらとする。

 俺みたいに手持ち無沙汰ぶさたな様子のやつ、友達と雑談してるやつ、勉強熱心なやつ。

 みんな、小説とか漫画に出て来るような能力を持つ人間が実際にいるなんて、想像すらしてないんだろうな。

 それとも実は知っていて、何事なにごともないというふりをしてるんだろうか。

 そんなことを、ぼんやりと考えたりした。


 ◇


「ちょっとトイレ」


 前田まえだうるんだ目で熱唱しているところを悪かったが、俺は身振りを加えて言い、席を立った。

 ドアを閉めると急に耳を覆う音が小さくなり、同じような声があちこちの部屋から聞こえてくる。

 久々にカラオケに来て、歌は得意でもないけど大きな声を出したら、少しスッキリした気分になった。それだけでも来て良かったと思える。


 用を足し、部屋へと戻ろうとした時、ふと窓の外を見たら、下のほうで風に吹かれ、何かが飛んでるのが見えた。

 どうやら、紙みたいだ。

 それを追いかけているのは、制服を着た女の子だった。この近くに中学があったはずだから、そこに通っている子だろう。授業で使うものとか、もしかしたらテストだろうか。

 そのまま車道に出るんじゃないかとひやりとしたけど、その前に紙が地面へと落ちたので、ほっとする。

 女の子はそれを拾い、周囲をきょろきょろ見回しながら急いでカバンに入れ、早足で歩いていく。


 ――あ、やっぱテストだな。さては点数が悪かったか。


 ありがちといえばありがちな光景なのに、何故か俺は妙な違和感を覚えていた。


 ――いや、気のせいだよな、きっと。


 部屋に戻ると、前田と同じクラスの女子が、ちょっと前に流行ったアイドルの曲をフリつきで歌っていた。別に下手じゃないし、ダンスもちゃんとしてるのに、どこか可笑しくて、彼女が動くたびに笑いが起こる。

 俺もその輪にまた戻り、一緒に手を叩いて騒いだ。

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