第4話 語り手

語り手 1

「……私、心当こころあたりがある」


 薄暗い帰り道で、和葉かずはさんはぽつりと言った。

 俺の首筋が汗ばんだのは、湿気と気温のせいばかりではないはずだ。


「さっきのいばらの動き、私がコントロールしたものじゃなかったから」

「どういう意味?」


 立木たちきたずねると、和葉さんは言葉を探すように少しだまった。

 俺は何と口を挟んでいいのかもわからずに、様子を見守っている。


「正確には、私のしようとしていた範囲を超えた動きだった。『アメフラシ』を囲い込もうと茨を動かしたんだけれど、あの数を一度に、あんなに整然と動かすことは、今の私には出来ない」

「えっ、だって」


 見守るつもりだったのに、思わず声を出してしまう。

 二人の目が一度にこちらを向き、慌てて口をつぐんだが、そのまま何事なにごともなかったように話が進む――とはいかなかったので、仕方なく言葉を続けた。


「『ラプンツェル』の時だってあんなふうに――」

「だからきっと、そういうことなのよ」

「そ、そういうことって?」


 和葉さんの反応は予想外に早く、戸惑ってしまう。

 次に続く言葉は、俺の気持ちをさらに揺さぶった。


「たかやくんが、やったってこと」

「俺が?」

「そう。――多分」

「どうやって?」

「それは……わからないけど」


 和葉さん自身も何だか煮え切らない表情を浮かべ、言葉を選ぶように慎重に発していく。


「たかやくんが直接やったのではなくて、多分、私の力を増幅したのだと思う」

「ぞ、増幅?」


 益々ますますわからなかった。俺は何もした覚えがなかったからだ。

 ただ、何とかなれとか、頑張れとか――。


「……あ」


 もしかしたら、そういうことなのか?


「何かわかってんなら、さっさと言いなよ」


 立木がそう言って、持っていた鏡で小突いて来る。

 俺は思い当たったことを、二人に話してみた。もうこれで終わりにしたいとか、疲れたとかの部分は伏せたが。

 真剣に耳を傾けていた和葉さんは、納得したように頷く。


「願いや祈りも、強い意志を伴う行為だわ」

「『かた』……か」


 立木も呟き、それから何かを思いついたように鏡を叩いた。

 さっきからそれはそんな雑な扱いでいいのか。


「語り手って、物語を面白く出来るでしょ? だから、めっけちゃんがそう呼んでたのかも」

「きっとそうだね。『つむ』とはまた別の形の能力者……それなら、今までのことも納得がいく」


 二人はすっきりしたような顔をして、こっちを見る。

 いまいちピンとこないっていうのは正直まだあったけど、俺自身、急に目の前が開けたような気がした。


 ◇


「どうしたタカ。いいことでもあった?」


 そろそろ寝ようかとトイレに行き、二階の部屋へと戻る途中で声をかけられた俺は、はっと顔を上げる。

 階段を上がった先には、大学生にしては子供っぽいキャラのがらがプリントされたパジャマ姿の姉貴が陣取り、にやにやとこちらを見ていた。

 風呂あがりのようで、顔は紅潮し、頭にはタオルを巻いている。


「い、いや別に」


 やばい。これは獲物を見つけたという目だ。絶対ロクなことがない。

 さっさと部屋へと向かおうとした俺の前に、姉貴は華麗な横滑りで移動する。


「彼女でもできたのかなー? ……なんて」


 くっ。さりげなく首を傾げてみましたと見せかけて、俺の視界に入り込んでプレッシャーを与えつつ、さらに通路をふさぐ流石のテクニック。


「で、出来るわけないじゃん」


 俺は精一杯、何気ないふうを装いながら、体を半回転捻り、逆側から突破を試みた。


「うんうん、でもさ、タケくんがね」


 姉貴は今度は後ろ向きのまま、俺の前まで移動してくる。

 しかしその動きで頭のタオルがほどけ、はらりと落ちた。


 ――チャンス!


 俺はタオルをキャッチするのに気をとられていた姉貴の隣を、滑り込むようにして通り抜ける。


「お、おやすみ!」

「あっタカ、逃げるな!」


 そして姉貴の声にも振り返らずに、急いで自室の扉へと向かい、中へと入った。

 閉じたドアの外でぐちぐち言っている声が聞こえるが、それは無視する。


 ああ、びっくりした。でも、何とか乗り切った。


 それにしてもタケのやつ、余計なことを。

 姉貴の耳に入ったとなれば、これから根掘ねほ葉掘はほり聞かれたり、色々弄られたりするのは必至ひっしだろう。

 本当のことならまだしも――いや、本当だとしてもいやだが、理由が理由だけにどう誤魔化ごまかしたらいいのか悩むところだ。

 急にずっしり重くなったように感じる体を引きずり、俺はそのままベッドへと潜り込む。


 でも少し経つと、浮かんでくるのは心配事よりも、今日起きた出来事で。

 すると今度はまた気分が軽くなってくるから不思議だ。

 自分の能力のことや、自分に出来ることが少しでもわかったということは、二人と一緒に活動する意味や、居場所が与えられた気がして、やっぱり嬉しかった。

 想像していた能力とは、少し違ったけど。


 ――そうだ。明日はあの渡部わたべっていう男に会いに行って、話を聞いてみよう。


 そのアイディアに、気持ちはさらに高揚こうようしていく。

 俺は、和葉さんや立木の能力を増幅し、二人の活躍を陰で支える自分の姿を思い描きながら、いつの間にか眠りの中へと引きずり込まれて行った。

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