語り手 2

「めっけちゃん? 関高せきこうの生徒だよ。確か」


 そして迎えた次の日。

 そう立木たちきから聞いた俺は、早速放課後、渡部わたべを尋ねてみることにした。

 関高というのは全国でも有数の進学校で、自由な校風で知られる学校だ。制服もあるが、私服で通っている生徒が多いと聞く。

 あいつ、いかにも頭よさげだったし、何だか妙に納得してしまった。


 俺の高校の最寄り駅から、電車を乗り継いで5駅、それから徒歩で10分強。

 俺のアタマでは関高なんて全くかすりもしないレベルだし、出来るだけ近くの公立にしようということになっていたので、見学に来たこともない。校門から少し離れたところで足を止め、生い茂る緑に囲まれた、ちょっとボロ――歴史とおもむきを感じさせる校舎を眺めた。


 しかし、立木の情報を元にここまで来てはみたものの、手掛かりは渡部という名字だけで、学年もクラスもわかんないんじゃなぁ。

 そもそも、まだ学校に残ってるんだろうか。

 俺は困ってしまい、立木に電話をかけてみることにした。

 コール音を聞きながら、つながるのを待つ。

 つーか、最初から頼むか、一緒について来てもらえば良かったんじゃないだろうか。

 気持ちばかりが先走って、冷静に考えられてなかったかもしれない。


『何か用?』


 しばらくして、立木が出た。

 第一声がそれってひどくないか。


「ああっと……今大丈夫?」

『ヒマだからいいけど。で、何か用?』

「渡部の居場所、わかんないかな?」

『ああ、めっけちゃんに会いに行ったのか』

「うん。今、関高の校門近く」

『えー、めんどくさい。もう関高にいるなら自分で探しなよ』

「探せないから頼んでるんだろ」

『……じゃあ、プリン買ってきて』

「プリン?」

『関高の近くに美味しい店があるから。よろしく』

「わかったよ」

『決まりね。ちょっと待ってて、かけ直すから』


 そして一旦通話が切れ、しばらくしてから着信がある。


『まだ校内にいるみたい。昇降口みたいなとこにいるから、そのうち出て来るんじゃない?』

「サンキュ。それじゃ――」

『プリンよろしくね!』


 こっちの言葉は聞きもせず、プリンのことを強調してから、通話が切られた。

 今昇降口にいるなら、すぐに出て来るだろう。

 俺はほっとして、ゆったりと待つ。


 ――こと30分。


 まだ渡部は出てこない。さっきの情報はなんだったんだ。それとも出てきたのに見落としたんだろうか。

 もう一度、立木に聞いてみようかどうか迷っていると、見覚えのある姿が校門から出て来るのが目に入る。

 日の光を反射するフチなし眼鏡に、服はこの前と同じようなシャツとパンツ、革靴だった。

 制服っぽくはないから、私服なんだろうが、若くして成功したどっかの社長かなんかは、服装で迷う時間がもったいないから同じ服を沢山持っていると言ってた気がする。

 あれか、俺もデキる奴だアピールか。将来有望だぞってことなのか。

 期待や不安や待ちくたびれたことやプリンとかで早くも疲れてきてしまった俺は、心の中で渡部に当たり始めていた。


 もしかしたらそれが表情や仕草に出ていたのだろうか。

 近づく俺の姿を一瞥いちべつすると、渡部はそのまま何も見なかったかのように、校門を出て右手、こちらとは逆の方角に歩き始めた。

 俺は歩く速度を速め、その背中を追いかける。


「あのっ」


 しかし、ヤツは振り向きもしない。


「すいません。ちょっと」


 少し声のトーンを上げてみたが、同じことだった。

 代わりに、すれ違ったサラリーマンが振り返ったので、俺は慌てて頭を下げる。

 この前は思わせぶりなセリフを残していきながら、徹底的にスルーするつもりなんだろうか。


「渡部!」


 今度は名前を呼んだ。それでも反応は返ってこない。


「おい、渡部ってば!」


 呼びかけを繰り返す度に、ヤツの歩くスピードは上がって行く。

 ――と思ったら走り出した。


「な、ちょっと待てって!」


 急いで追いかけるが、始めは流す程度だった走りは、次第に本気になっていく。それに合わせ、俺の足にも力がこもった。

 それほど広くはない塀際へいぎわの歩道を、俺たちは人の間を縫うように駆け抜けて行く。すれ違った人たちは、皆驚いた顔でこっちを見ていた。


「渡部!」


 俺が何度呼びかけても答えず、走る速度もゆるめない。

 何なんだよ、一体。


「めっけちゃん!」

「そんな呼び方をするなと――」


 その名で呼んだ途端とたん、ぴたりと渡部は立ち止まって振り返り、きっと俺をにらみつける。

 そして――俺たちはそのまま激突した。

 上下がひっくり返った感覚と共に、衝撃が体に走る。


「ってぇ……」


 俺は打った腰をさすりながら起き上がった。昨日もこんなことがあったような。

 渡部はずり下がった眼鏡を直しながら立ち、服についた汚れを払っている。


「何で逃げるんだよ!」


 俺が文句を言うと、ヤツはあからさまにいやそうな顔をした。


「お前こそ、いきなり何なんだ。学校まで押しかけてきやがって」


 まあ……それは確かに嫌かもしれない。

 でも、他にこいつと連絡取る方法が思い浮かばなかったんだよな。


「妙な噂にでもなったらどうする」


 一体、何の噂を警戒してるんだ。


「別に他のガッコの友達がたずねてきたって変じゃないだろ?」

「友達じゃないだろうが」

「それは、そうかもしれないけど」

「俺は孤高ここうの存在として誰ともつるまず過ごしているんだ。お前みたいなのと同類だと思われるのは迷惑だ」


 いや、ぼっち自慢されても。

 そんなやり取りをしながらも、結局は何となく一緒に歩いている俺たち。

 どこに向かっているのかはわからなかったが、やがて目の前に、小さな白い建物が見えてきた。


「あっ」


 屋根の上に乗っかっている鶏と卵のオブジェを見て声を上げた俺を、渡部が不審げに見る。


「いや、立木にプリン買ってきてくれって頼まれてたからさ」

「俺の居場所を教える代わりにか?」

「ははは……」


 お察しの通りです。

 どうしようか困っていると、渡部がぼそっと言った。


「買って来いよ」

「だって――」

「逃げたりはしない。そんなことをしても、また見つけられて追いかけ回されたらかなわんからな。さっさと終わりにしたい」


 俺は腕を組み、渡部とプリン屋を交互に見る。

 大きな窓から見える明るい店内は、多くの客で賑わっていた。


「あっ、イートインもあるじゃん」

「誰が行くか!」


 だが、その名案は一蹴いっしゅうされてしまう。

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